「私の好きな人は佐藤くんです」そんな噂が流れた学年一の美少女と佐藤くんの俺はだんだんと距離が縮まっていた
零
1章
第1話 噂
『私の好きな人は佐藤くんです』
そんな噂が学校に広まるのに時間はそうかからなかった。
クラスで女子の話題になってからは、人から人へ一日で学年全体に広まっていた。聞いた話によれば土日で噂が拡散して学校で話題になったと言う感じらしい。
普通、そこら辺の生徒Aに好きな人ができたという噂が出できてもここまで急速には広まらないだろう。
けれど彼女、
「なぁ、どう思う?」
そんな噂が流れてから約半日。昼休みをのんびり過ごしていると前の席に座る友人、
大輝は茶髪で陽キャだ。俺みたいなやつと付き合いがあるのは中学から一緒だからだった。もし中学も一緒じゃなければ一生話さなかっただろう。
ちなみにイケメンで結構モテる。
「どう思うって?」
「姫路だよ。わかってんだろ?」
「あ〜、その話ね」
もうこんな話をしているクラスメイトを何人も見ている俺からすると何が面白いのかよくわからない。
ただ、あの姫路さんに好きな人がいるってだけの話だ。
「そういうの本当に興味ないのな」
「まぁね。大体噂でしょ?」
そう、これは噂なのだ。本人がみんなの前で宣言したわけでもないし、直接聞いたわけでもない。
まずそれが真実かどうかもわからないのに何故騒げるのか俺にはわからなかった。そしてあれだけの美少女、俺には縁のない話だ。
「そうなんだけどな〜。学校一とも言われる美少女だぜ? ちょっとは気にならね?」
「別に。もし本当だとしても俺みたいなやつには関係ないでしょ。大輝ならありえるけど」
「残念ながらそれはないんだよな〜。だってあいつの好きな人は『佐藤くん』なんだから」
そう、大輝の苗字は浅野。そもそも選択肢に入っていなかった。
そして今回の噂がここまで広がった原因もその四文字だと思っている。
ただ好きな人がいる、という噂なら「あの姫路さんにもいるのか〜」って感じで終わっているはずだ。けれど今回はかなり限定的だ。なぜなら『佐藤くん』、つまり苗字が佐藤という人の誰か。
こんな噂が学校に流れたら高校生が食いつかないわけがない。
女子はあり得そうな佐藤くんを探したり、みんなで推測したり。男子はほとんどの生徒が落胆し一部の佐藤くんだけが歓喜した。
そもそもこの学校の人かもわからないのにそこまで騒げるのも俺にはわからなかった。
「そうらしいね」
「お前はなんでそんな淡白なのかねぇ」
「さっきも言ったでしょ。ただの噂だし俺には関係のない話だからだ」
「そうじゃなくてさ」
「うん?」
「お前も佐藤だろって話」
「……はぁ」
そう、俺の名前は
確かに事実としては噂の佐藤くんに入っているが、さっきも言った通り関係のない話だ。俺は地味な生徒、対して姫路さんは学校一とも言われるほどの美少女。人の好みはそれぞれだがそう言われるほどに彼女は可愛いということだ。
そんな姫路さんの噂が流れてからたまにこうやってクラスメイトが佐藤だけどどう思う? とか聞いてくる。
まだ半日しか経ってないのに何回も聞かれたからこの質問にもため息がでる。
「ため息か……。じゃあ朗報だ。さっきただの噂って言ってただろ? あれガチだぞ」
俺のため息を聞いた大輝はニヤニヤしながらそんなことを言ってくる。
「なんで断言できるんだ?」
「直接聞いた」
「はぁ……。ちょっと尊敬する」
よく、噂の渦中の人間に聞けるなって思う。でも、大輝は陽キャだ。実際、普通に姫路さんと話しているし本当に聞いてきたのだろう。
でも、それも結局人伝の噂にしか過ぎない。俺が直接聞いたわけではない。
「どうだ? ちょっとはドキドキするか?」
「しないわ」
「つまんねーなー。あんなに可愛いんだぞ?」
そう言って大輝が向いた方に視線を向ける。
そこにはクラスメイトの女子と話している姫路さんがいた。楽しそうに笑う彼女は確かに惚れそうなくらい可愛かった。綺麗なセミロングの髪、大きくぱっちり二重の目、鼻はすんと高く肌は雪原のように白かった。
「それは認めるけど、そんな噂に左右されたくないって話だ」
「左様でございますか。でも、俺はワンチャンあると思うけどな」
俺が噂を信じないのがつまらなかったのかそう言って大輝は携帯に目を向けた。
つまらなくて申し訳ない。けれど、俺はそのくらい噂が嫌いだった
「あれ〜? 何の話をしているの? もしかして自分も佐藤だからあの噂の人物だとでも思ってるの?」
俺たちが会話をやめた時、目の前で煽りのような声をあげた男子がいた。
「どうしたんだよ。二人目の佐藤くん」
すぐに返事をしたのは俺ではなく大輝だった。なんだか楽しそうな顔をしている。
その視線の先にいたのが大輝が言った佐藤、佐藤和希さとうかずきだった。そう、このクラスにはまだ佐藤がいた。
彼は髪をかき上げてカッコつけながらこちらを見下している。彼は、テニス部に所属していてよく試合に勝ったとクラスメイトに自慢している。本当かどうかはわからない。
まぁ一言で表せばナルシストだ。
「二人目? なんでそこの響也くんが一人目みたいな言い方なんだい? あんな噂が流れてしかも佐藤くんときたら僕しかいないでしょ」
つまり、自分が噂の佐藤くんであり、付き合うのは自分だと言いたいのだろう。
別にどっちでもいい。黙って見過ごそうと思っていると大輝が口を開いた。
「あのさぁ、佐藤って何人いると思ってんの? 日本で一番多いんだぜ?」
そう、佐藤は日本で一番多い苗字だ。この学校にもたくさんいる。そのため誰かを特定できず噂が広まったわけだ。
「はぁ……。だからこのクラスの佐藤で僕より姫路さんに似合う人いないって話だよ」
やれやれといったように肩をすくめている。
話を聞いてないのはお前だろ……。頭が悪いのだろうか、多分そうだ。
「だーかーらー、誰がこのクラス、学校の佐藤くんだって言ったんだって話だぞ?」
「そ、それは……」
佐藤和希は少し口籠ると昼休み終了のチャイムがなった。
ちょうどよかったのだろう、すぐに口を開いた。
「あ、チャイムが鳴ってしまったね。この話はまた今度にしよう」
そう口にすると、早歩きで自分の席へ戻っていった。
なんだあいつ……。クソダサい。
「や〜変なやつに絡まれたな〜」
そんな大輝の顔はすごく楽しそうだった。
「じゃあなんでそんなに楽しそうなんだ?」
「あぁいう奴からかうのおもしれーだろ。大して姫路と関わりもないのにイキってるの」
「見てるのはな……」
関わりか……。確かに関わりもないのにいきってるのは面白い。
そして実は俺は……姫路さんとの関わりがないわけではなかった。
ーーーー
放課後、ホームルームを終えた俺は図書室にきていた。
なぜ図書室かというと委員の仕事だからだ。一年生の頃から図書委員をやっていて二年生になっても継続している。
担当は月・水・金だ。多いようにも感じるだろう。実際多い。その理由はこの学校の校風と関係していた。
この学校は文武両道。スポーツも勉強もしましょうねと言われる高校だ。もちろん強制ではない。
しかし、この学校はしっかり部活動も強い。公立なのにスポーツだけでこの学校に決める生徒もかなりいるくらいだ。
そのため、委員会をして当番決めをしようとなった時にみんな部活で行けないという話になった。平日毎日やってる鬼畜高校だから仕方がない。それで、部活をやってない人でなんとか当番を回せるように作ったのが今のローテーションだった。
今日は月曜日なので俺の日だ。本当はもう一人いるけどサボっている。
それだけ部活が盛んな学校だからそもそも図書室なんて誰も利用しない。だから仕事は座っているだけだ。
俺はカウンターに入り、床にカバンを置いてから椅子にどっかり座った。
「はぁ〜〜」
うちの図書室にはエアコンが付いている。そのため夏でも快適だ。
実際、今は六月でジリジリと暑さを感じる。もう十六時を回っているけどまだ日差しが強い。日差しから逃げるためにカウンター近くの窓のカーテンを閉めていると図書室の扉が開いた。
「いや〜やっぱここは涼しいね〜」
図書室の中に人がいることを気にしてない声量でそんなことを言うのは姫路さんだ。
手をパタパタと仰ぎながら俺の隣の椅子に座ってきた。
「図書室の中では静かにしていただけますか」
「硬いこと言うなよ〜。どうせ誰も入ってこないしいいでしょ? 響也」
ウインクしながら椅子をくるくると回して自分も回っている。スカートが捲れそうなのでやめていただきたい。
「まぁそうだけど。それにしても今日は来るのが早いな」
一年生の途中から急に図書室に通い始めた姫路さんは大体ホームルームが終わってから二十分後くらいに来る。多分友達とかと話してからきているんだろう。
でも、今日はまだ十分も経ってない。
「あ〜、みんなすごい話しかけてくるから逃げちゃった。いや〜人気者は大変だな〜」
「だったら家に帰ればいいのに」
「それは一人で仕事してる響也が可哀想だからだよ」
ここに来ている理由はこれらしい。俺は一回も頼んだことがないんだけどな……。ある日、たまたま図書室を訪れた彼女が俺に気を遣ってこうやってきてくれていることになっている。本当の理由は知らない。
けれど、嫌ではなかった。図書室では大体一人だったし彼女との話は楽しい。それに姫路さんが勝手に来るので仕方がない。
「いや、寂しいとか言ったことないけど」
「まぁまぁいいじゃん! こんな美少女と喋れるなんて特権だぞ〜」
肩に拳をぐりぐりと当ててくる。こんなことされたら大体の男はイチコロだろう。いくら姫路さんのことを好きではなくてもドキドキする。
だから今体が熱くなってるのは仕方がない。まぁここ涼しいから平気だけど。
自分でも美少女だとわかってるならこんなことをしない方がいいと思うけどな……。
「ちょっと迷惑なくらいだ。あ、誰かに特権譲る」
「ダメだよ〜。譲渡禁止〜」
「わかったわかった」
俺は姫路さんから離れるように本棚に向かった。ボディタッチが多いから逃げてきた。適当に本棚を整理しようと思ったけどそもそも乱れてなかった。
適当に整理するふりをしているとカウンターから声が届く。
「ねぇ〜気にならないの〜?」
「気になるって何が?」
本棚に手をかけながら返す。
「噂のこと」
自分からその話題に触れてくるとは思わなかった。女子はそういう噂について言及してほしくないのだと思っていた。
僕には関係のないことだけど気にならないことはない。俺も高校生だから教えてくれるなら知りたかった。
俺は目を姫路さんの方へ向けて言った。
「誰か教えてくれるの?」
「それはダメ〜」
椅子の上で背もたれに前向きで寄りかかっている姫路さんは手をバツの形にしている。
「じゃあそもそもその噂は本当なの?」
「本当だよ」
「ふ〜ん」
噂は本当らしい。噂じゃなくて事実に変わったなら相手が誰かも気になってくる。俺だってそこら辺の高校生と一緒だからな。
でも、教えてくれないらしいのでこれ以上聞いても無駄だろう。
「え〜あんまり興味ない感じ〜? 佐藤くんなのに」
「佐藤なんていっぱいいるし、俺よりかっこいい奴だって山ほどいるでしょ」
「別にかっこいい人を好きになるとは限らないじゃ〜ん」
確かにそうだ。恋愛においては容姿を重要視する人もいるけど相手の人間性をみる人も多い。
けど、そのどちらにおいても俺は長所がない。
「うんやっぱり俺はないな。それにこんな話している時点で相手は俺じゃないでしょ」
「そういう理屈で考えるのきら〜い」
ふんと顔をそらされてしまった。いつもこんな感じなんだけどな。
「ほら、嫌いじゃん」
「違うし! 嫌いだったらこんなとこ来てないし」
「じゃあなんで来てるの?」
「えーっと、それは……その……」
なぜかちょっと顔が赤くなっている? いやカーテンの隙間からの日差しでそう見えるだけか。
ちょっと俯いていた彼女は顔を上げて言った。
「秘密だよ。ほら、秘密のある女って惹かれない?」
「そんなこと隠されても惹かれないわ」
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