第2話 メニューの名前
「大丈夫?」
「う、うん……急に泣いちゃってごめんなさい……にゃん」
数分後、俺たちの間には気まずい雰囲気が漂っていた。
黒髪のメイドさんは他のお客さんの相手をしに行ってしまったので今は二人きり。レイナさんの目元にはうっすら朱が差している。
ちなみに急に泣き出した理由を聞いたところ、
「食べられちゃうって聞いて、ぐすん、怖かった……」
とのこと。
うん、ごめんよ、リアルに食べられることを想像するとは思わなかったんだ……。
必死に誤解を解いてようやく泣き止んだのがついさっきのこと。
周りから「女の子を泣かせたひどい奴」という目で見られていたたまれなかったのは言うまでもない。
「大丈夫だよ。俺も説明下手でごめんね」
「ううん。泣いてしまって、は、恥ずかしいにゃん……」
顔を背ける彼女。耳まで真っ赤になっていて可愛い。
と、ずっと気になっていたことを思い出した。
「レイナさんって何歳?」
「え?」
「いや、若く見えるから大丈夫なのかなぁって……」
十五、六歳くらいにしか見えないのだが、こんなところで働いてて大丈夫なのだろうか?
俺の問いに彼女はむぅと頬を膨らませる。
「わ、私は十八歳ですっ!」
「十八!?」
口をポカンと開けてしまう。百五十cmもないであろう小柄な身長と幼く見える言動に引っ張られて、全然十八歳に見えないっ……!
「信じてないでしょっ! にゃー!!」
俺の表情を見て威嚇するように鳴くが……
「うん、可愛い」
「あぅっ……」
全然怖くない。美少女は何をしても可愛いらしい。
俺の言葉にレイナさんはまた顔を真っ赤にさせた。
なんでこんなに可愛いを言われ慣れていないのか気になるが、訊くわけにもいかない。あくまで店員と客なのだから、プライベートなことに立ち入るのはマナー違反だ。
代わりにメニューを手に取る。
だが……
「どうかしましたかにゃん?」
見て三秒でメニューを置いた俺にレイナさんが首を傾げる。
「ちょっと俺には敷居が高かったから……」
「敷居が高い……?」
俺の言葉にレイナさんがメニューを開く。
「これはラブハートオムレツ。これはにゃんにゃんパフェ。こっちはハートフルスパゲッティ」
「うん」
「普通ですよ?」
「普通じゃないよ!?」
口に出すのをためらわれるような恥ずかしい名前ばかりで、頼めるわけがない。
ただの社畜、しかもメイドカフェ初心者にはハードルが高いのである。
遠い目をしていると、レイナさんがおろおろしだず。
「で、でも当店はワンオーダー制なのでっ……」
「マジか……」
思わず頭をかかえる。え、こんな恥ずかしい名前を口に出して言わなきゃダメなの?
ぜっっっったい嫌なんだが!?
ウンウン唸りながら考えること数十秒。俺は名案を思いつく。
「レイナさんのオススメがいいな」
「わ、私のオススメ?」
「うん。レイナさんのオススメが食べたいな」
目を丸くしているレイナさんに笑みを向ける。
そう、オススメって言えばメニュー名を言わなくて済む! 俺ってば天才!
内心ホッとしていると、レイナさんが笑みを浮かべる。
「わかりました。少々お待ちくださいね。あ、にゃん」
思い出したように付け加えた最後のにゃんに思わず笑ってしまう。
「わ、笑わないでください!」
「ごめんごめん」
「もうっ」
ちょっと怒ったように口を尖らせながらキッチンの方に向かう彼女を見送って、俺はようやく一息ついた。
「疲れた……食べたらすぐ帰ろう……」
だが、そうもいかないのが世の中らしい。
オススメを頼んだことでさらなる困難が待ち受けていることを、この時の俺は知らなかった。
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