猫に癒されたいと入った店。なぜか猫耳カチューシャのメイドさんに懐かれました。

美原風香

第1話 猫カフェかと思ったら……

「おかえりなさいませ、ご主人様!」


 俺——初音結城はつねゆうきは目の前の光景に固まった。


 ヒラヒラの黒いワンピース、真っ白なエプロン、レース付きのカチューシャをつけた黒髪ゆるふわボブの女の子がお辞儀をしている。


 しかも同じ格好の女の子たちが店内のいたるところに。


 彼女いない歴=年齢(二十三歳)の俺には刺激的すぎる光景だ。


 加えて客は男ばかり。


 しかも。


「ちちんぷいぷい、おいしくなぁれ!」


 至る所から聞こえて来る甘い掛け声。


 ここがなんのお店であるかなんて一目瞭然だろう。

 だが、信じたくない。すっっっっごく信じたくない!


 ドサッ。


「ご、ご主人様!?」


 俺は持っていたカバンをその場に落として店の外に駆け出した。どうしても確かめなければいけない。それは……


maidメイド cafeカフェCATSキャッツ〉】


 店前の看板を見て呆然とする。看板には大きな黒猫が描かれ、そこにしっかりとアルファベットで『maid cafe』と書かれていた。


「ご、ご主人様、いかが致しましたか? 入っていかれるのでは……」

「ねぇ、ひとつ訊いてもいい?」

「は、はい!」


 追いかけてきた店員さん(メイドさんなんて認めないぞ……)に、一縷の望みをかけて訊く。看板が間違っているという、そんな奇跡を願って。


「ここって猫カフェだよね?」

「いいえ、メイドカフェです」


「なんでこうなるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」


 俺の叫びが響き渡った。




 ***




「ご主人様、ここは一度入店したら一つ注文するまで出ちゃいけないのですよ?」


 そんなルールあるわけないだろと思いながらも、掴まれた腕を振りほどくことができずに渋々店内に入る。


 俺は猫カフェに来たかっただけなのに……なかなか男一人では入りづらい場所だけど、社畜の俺には癒しが必要だったんだ。三ヶ月ぶりの休日だぞ。癒しくらい求めてもいいだろ!


 それで勇気を出して入ろうとしたんだ、結城だけn……なんでもない。


 なのにそこがメイドカフェだったなんて。


 死んだ目をしていると席に案内される。一面がピンクと白でできた可愛らしい空間。

 そこには黒と白の猫耳カチューシャをつけている金髪ロングの女の子が……ん? 猫耳カチューシャ?


「ご主人様、本日はこの子がお世話させていただきます」

「レイナと申します。よ、よろしくお願いします……にゃん」


 にゃんの破壊力半端ねぇ……

 恥ずかしそうに猫ポーズをしている様子なんて、もう、うん、言葉が出ない。


 ジーパンとTシャツ、黒縁メガネとかいう無難な格好で来てしまった自分が恨めしい。これならスーツとコンタクトを……!


 だが、そんなことを思った俺とは裏腹に、黒髪のメイドさんが慌てた様子を見せる。


「ご、ご主人さま、申し訳ございません! この子は入ったばかりで……ほら、恥ずかしがってないでちゃんと挨拶なさい!」

「す、すみません……」


 黒髪のメイドさん怖い……! いいんだよ、可愛いければ全て良しなんだから!


 叫びたくてしょうがないのを必死に我慢していると、レイナさんがもじもじしながら上目遣いで可愛らしい声を発する。


「ご、ごめんなさい、ご主人様……許してほしいにゃん……」

「っ……!」


 俺、今日死ぬのだろうか? これは社畜の俺を哀れんで神様が見せてくれた最後の夢なんだろうか?


 半ば放心状態でいると、怒っていると勘違いしたのかレイナさんが目に涙を浮かべる。


「ご、ごめんなさいにゃん……許してほしいにゃん……なんでもす……」

「ストーップ!」

「え?」


 待って、この子今何を言おうとした!? 男にそんなこと言っちゃダメだよ!?

 え、俺がおかしい? いや何もおかしくないはずだ!


「スーーーーハーーーー」


 一回深く深呼吸をする。メイドさん二人に見つめられて少し恥ずかしくなるが、これだけは言わなければ……! 


 じゃないとこの可憐なメイドさんがいつか危ない目に遭う気がする! そんなことになったら俺は自分を責めてしまうだろうからな。


 レイナさんの目をまっすぐに見つめると、意を決して口を開く。


「レイナさん、男に『なんでもする』なんて絶対言っちゃダメですよ。レイナさんが仕事で言っているつもりでも、男は勘違いする生き物ですからね」

「は、はい……?」


 明らかにわかっていなさそうに首をかしげる彼女に俺は苦笑するしかない。


「男は勘違いする生き物ですから、『なんでもする』なんて言ってしまったら信じられないような要求をしてくる人もいるかもしれません。レイナさんは可愛いんですから、気をつけないと食べられちゃいますよ?」

「はぅ!? か、可愛い!?」


 ん? 俺が反応してほしいのはそっちじゃないんだが……

 だが、顔を真っ赤にして照れている彼女が可愛すぎて、話そうとしていることが飛ぶ。


「はっ、ごめんなさい! え、えっと、なんの話でしたっけ……?」


 うん、慌てている様子も、にゃんって語尾を忘れている様子も可愛い。だから黒髪のメイドさんは睨まないであげて……!


 睨まれてシュンとしたレイナさんに向かって、俺は安心させるように微笑みながらなんとか話の続きを思い出す。


「そ、そうです、レイナさんみたいに可愛い人が『なんでもする』なんて言ってしまったら悪い男に食べられちゃうという話です」

「た、食べられちゃう!?」


 ようやく一番反応してほしいところに反応してくれた。

 目を見開いて体を震わせる彼女。子猫みたいでマジ可愛い。


 って、違う違う、今はそんなこと思っている場合じゃない!


 わざと怖い顔を作って声も低くする。こういうのは迫力が大事なのだ。


「そうです、食べられちゃいます。ですから……」

「そ、そんなぁ……」


 気がつけば、レイナさんのブラウンの瞳に涙が。

 あ、あれ、待って、泣かせるつもりは……


「食べられたくないよぉ……」

「え、いや、これはたとえで……!」

「うぐっ、ぐすんっ、やだ……」


 ポロポロと涙をこぼすレイナさんに俺は戸惑うしかない。


 なんでこうなった!?







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