第26話 狩人は自分の獲物を侮辱するものを許さない

 交響楽団の演奏が終わったパーティー会場で、彼が放った言葉によってこちらに注目が集まる。


 ベルン王も顰めっ面で俺たちの絡みを見ていた。


「私は大丈夫よ」

「もし、僕がお相手ならアリスお嬢様が躓くことはなかったと思います」


 アリスの冷め切った視線を受けてもアランはこともなげに作り笑いする。だが、彼は一瞬、俺を睥睨する。


 金髪の髪、そこそこイケメンだが、体は鍛えられていない。

 

 俺は殺気を放つアランという男を一瞥してからアリスに問うた。


「アリス。こいつ、誰?」

「……この男は……」


 俺の質問に対してアリスが答えようとしたが、アランが語気を荒げて突っ込んでくる。


「こいつと言った?貴様、マンチェスター伯爵家の次男であるこのアラン様に向かってどういう口の聞き方だ?」

「伯爵?」


 眉間に皺を寄せて、キッと睨んでくるアランに俺は小首を傾げる。


 確か、伯爵は公爵より下だったよな。アニエスさんのレクチャーによれば、王侯公爵>公爵>侯爵>伯爵のはず。


 つまり、この男の一族は、リンスター公爵位を有しているメディチ家より二段も下で、さらに彼は爵位を引き継がない次男坊。


 伯爵家の人間の魔法能力は高くてクラス4。

 

 ちなみにここラオデキヤ王国はクラスがものを言う国だ。だから爵位を持ってないクラス5であっても、爵位を持っているクラス3、4よりかは立場は上だ。


 そんな結論を導き出した俺は、無礼極まりない男に向かって自己紹介を始める。


「俺の名は鷹取晴翔。遠い国からやってきた元軍人で、クラス5の召喚魔術師だ。お前のクラスを教えろ」

「っ!クラス5の召喚魔術師だと!?」


 アランが目を見開いて、一歩後ずさる。


「す、すげ……軍人だったのにクラス5の召喚魔術師!?」

「百戦錬磨の魔法剣士とかだと思ったのに……」

「優秀な身体能力に魔法的才能……この二つを兼ね備えた男だからこそ、アリスお嬢様のお眼鏡に叶ったわけね……凄いわ」


 アランは周りからのざわめきが気に障るのか、思いっきり頭を左右にふり、俺に挑発するような口振りで言う。


「ステータス見せろ!言葉だけだと信用できない!」

「お前が先に見せろ」

「っ!」


 俺は今まで体育会系の漢たちとずっと一緒に訓練を受けたり仕事をしてきた。なので、アランの威嚇するような言葉遣いなんぞ、俺からしてみれば、単なる犬の鳴き声程度だ。

 

 俺の堂々とした態度に戸惑ったか、顔を引き攣らせるアラン。そこへアリスが言葉を添えた。


「晴翔、彼はクラス4の土魔法使いよ。もともとクラス3だったけど、一体どういう方法でクラス4になったのかしら?」


 と言ったアリスが腕を組んでアランにものすごく冷たい視線を送っている。


 その視線を自分への好意と受け取ったのか、アランが胸を反らして怪気炎を上げる。


「アリスお嬢様……この王国の無能な連中は、僕の優秀さをわからないのです。僕くらいの才能だと問題なくクラス5になれますが、無能どもが僕の魔法的才能に嫉妬してレベル5になれないように仕向けているだけですよ!」


 その言葉を聞いたベルン王と他の貴族が眉根を顰めてアランを睥睨する。だが、ベルン王が手をあげて何もしないようにと合図した。なので、周りの人たちはアランの失礼な言動に待ったをかけることなく静観している。


 静かになったパーティー会場。アランは気持ち悪い笑みを浮かべて続ける。


「だから、僕だけがアリスお嬢様を守れます。その男なんかより僕の方がもっと……」


 メディチ家を襲撃した男たちが見せた目と同じだ。


 血が騒ぐ。


 これで、はっきりした。

 

 この男は排除しないといけない危険人物である。


「あら、そう思っていたのね……なら……」


 そう言ってからアリスが突然、俺のシャツの襟を思いっきり引っ張って、






 キスをした。


「っ!」







「「な、何?!?!?!!?!?!?!?」」

 

 パーティー会場にいたみんなが驚きの声を発した。もちろん、俺も結構驚いている。人前でこんなことするなんて……アリスらしくない。







 いや、この死んでいる目は実にアリスらしい。アリスが俺にだけ向けるなんでもかんでも吸い込むようなネチネチとした視線。


 キスが終わり、アリスはご馳走様と言わんばかりにちゅるっと糸を引いている唾を飲み込んで、アランに向き直る。

  

 そして、





「晴翔は私と私の大切な人たちを守ってくれたの。だから、その汚い口で私の男を貶さないで。貴方の全てが気に入らないわ。身の程を弁えなさい。じゃないと、から」

「あ、アリスお嬢様……そ、そんな……」


 アリスに素気無くあしらわれてしゅんとするアラン。


 だが、


 次第に彼の顔には怒りが戻っていき、その震える手を俺に向けて声を発する。


「鷹取晴翔!貴様に決闘を申し込む!」

 

X X X



魔法石と松明が照らす王室闘技場

 

「す、すごいね……まさか、こんなことになるなんて……」

「アランのやつ、ずっとメディチ家に執着していたもんね。下心丸見えで身の程知らずにも程がある」

「相手はレベル5の召喚魔術師だぞ!」

「ズルでもしない限り勝てないだろ」

「いや、俺たちはまだあの鷹取晴翔という男について何もわかっちゃいない。あの男がどれほど強いのか、アリス様に相応しい男なのか、この決闘を通して分かるようなるだろう」


 まあ、結論から言うと、俺はアランの半強制的な提案を受け入れ、決闘をすることとなった。


 アリスは俺が戦う理由はないと言ってくれたが、アランが俺に向ける殺気とアリスに向ける嫌な視線を見ていると、やっぱりこの男は排除しておかないといけない。


 と、いうわけで、王室主催のパーティーは急遽中止となり、招かれた貴族や王族はこぞって王宮の近くにある広い闘技場の観客席に座っている。


 常識的に考えたら、自分達が用意いたパーティーを台無しにしたアランを追い出してもいいと思うが、王族とその関係者らは特に俺たちを止めたりはしない。俺に悪意のある視線をこそ送ったりはしないが、ベルン王はずっと俺に試すような視線を向け続けている。


 ここまで移動する途中、アランについての情報をアリスから聞いた。


 要約すると下記の通りである。


・彼は良からぬ方法でクラス4になった可能性が高い

・彼の一族は不正な方法で財産を蓄積している可能性が高い

・傲慢で図々しい


 つまり、表面上は爽やかなイケメンを装っているが、その中身は、度し難いクズであるわけだ。


 今までしつこく絡んできたけど、適当にスルーしてやり過ごしたが、俺のことを悪く言うアランにいよいよ堪忍袋がブチギレたらしい。


 俺のために怒ってくれるアリス。


 だから、俺はアリスに応えなければならない。アリスが本気になって怒るほどの男である事をここにいるみんなに見せつけるのだ。

 

 と、言うわけで、俺は闘技場のグラウンドに立っている。


「貴様に勝って、アリスお嬢様にふさわしい男は僕だけであることを証明してやろう」

「……」


 ラオデキヤ王国における決闘。


 言うなれば、相手がギブアップするか、戦闘不能になるまで戦い続ける。だけど、魔法使いが少ないこの国において、魔法使い同士で命を奪う行為は固く禁じられている。


 俺は冒険者として幾つかのクエストをこなしてきた。なので、クラス3、クラス4がどれほどの能力を持っているのかも把握済みである。


「それじゃ行くぞ!はあああ!」


 アランは詠唱なしで、ものすごい数の小さなゴーレムを召喚した。


「う、うそ!詠唱なしだと!?」

「詠唱なしは、クラス5になるための条件の一つ……」

「あいつ、最近まで、呪文を唱えないと魔法が使えなかったのに……」

「何が起きているんだ!?」

「しかもものすごい数……レベル4でも流石にこんなに多くは召喚できないはずだが……」


 アランの行動に外野がざわついている。


 だが、俺は我が道を行くのみだ。


 俺は今着ている服を召喚魔法で消して、いつもの戦闘服に着替えた。


「な、なんだ……あんな服、一度も見たことがない形だ!」

「頭には丸い兜をかぶっているぞ!」

「なんだかよくわからないけど、すっごく強そう!」

 

 貴族と王族が俺の戦闘服姿を見て、不思議そうに感想をつぶやいた。


 服装の次は武器だな。


 だが、


 一つ重大な事実がある。


 何かというと、ここは圧倒的に俺が不利ということ。


 銃や対戦車ミサイルなどを使ったら、破片が飛び散って、観客の方に直撃してしまう。


 あいつに勝つことも大事だが、負傷者が出ないことも重要である。


 この二つの条件を満たすためにはどうすればいいのか……


 そう考えていると、


「行け!ミニゴーレム」

 

「「グオオオ!!」」


 アランは俺に考える時間をくれずに、小さなミニゴーレムたちを俺の方に向かわせる。


「ミニゴーレムよ、お前らに命令を与えよう。あの男を殺せ!!」

「何!?」


 魔法使い同士での殺戮行為は禁止されているはずだ。なのに……


「「オオオオオオ」」


 ものすごい数のミニゴーレムの手は形をかえ、ナイフや鉄槌といった人を殺せる殺傷武器になった。


「アリスお嬢様の唇を奪うなんて……貴様……許さん!絶対許さん!死を持って償え!!」






追記


 ラスボス(?)くん、なかなか頑張ってくれてますな

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