第25話 憧れるものと嫉妬するもの
夕方
白と灰色を基調としたズボンとシャツに、バーガンディー色のベスト、そしてそれらを覆うやたら襟のでかいコート。貴族男性の服ってググったら真っ先に出てきそうなスタイルである。
履き慣れないロングブーツで木の板でできた床をカツカツと鳴らせて、庭にある馬車に向かった。
庭にはエリゼさんとリンゼさんが礼儀正しく立って待機している。
「晴翔様、その服、とてもお似合いでございます」
「ありがとうございます」
大人しいリンゼさんが口を開いて俺の姿を褒める。それに続く形で子供っぽいエリゼさんがほくそ笑んで話す。
「アリスお嬢様の旦那様にふさわしい外見です!あっ!まだ結婚はされてませんでしたね……あはは、ごめんなさい」
「い、いいえ」
普通ここは大人しいリンゼさんが突っ込むところだが、何も言ってこいないあたり、無言の圧力をかけていることがわかる。
アニエスさんもメイドさんたちも表面上はあまり口には出さないが、結婚という言葉が出たら、俺の顔に穴が開くほど見つめるのだ。食事中にアニエスさんが綺麗な婚約指輪を発見したとか言って俺をチラチラ見たりと、うん……ちょっと露骨すぎません?
まあ、もちろんそのつもりでお付き合いさせていただいているわけだが、まだ俺は認められていない。
この世の人たちから
だから、今回のパーティーは謎だらけのメディチ家の絶世の美女であるアリスの男の存在を世に知らしめるきっかけになると、シエスタメイド長が教えてくれた。
馬車でしばし待っていると、ドアから青いドレス姿のアリスが現れた。前回のパーティーで着ていたドレスとは違う類のもので、花を基調とした宝石や模様が散りばめられている。だけど、その煌びやかな装飾は、彼女の美貌に勝ることはない。メイド二人を引き連れてここにやってきたアリスは、頬を桜色に染めて俺の顔を捉える。
「アリス、綺麗だ」
「……晴翔も素敵……もう、ハイクラスの冒険者じゃなくて立派な貴族ね」
「……俺は爵位をまだ持ってないけどな」
「まだ……ね、ふふ」
「っ!と、とりあえず、馬車に乗ろう!」
「ええ」
と言って、俺はアリスの手を握り、背中を抑えて馬車に入れて俺も中に入ってドアを閉める。
因みにカロルとアニエスさんは別の用事があるとのことだ。
その様子を満足げに見つめたエリゼさんとリンゼさんが踏むと頷き、運転席に座った。
「いってらっしゃいませ!」
「いってらっしゃいませ!」
アリスと一緒にきた二人のメイドに見送られながらエリゼさんの隣にいるリンゼさんが手綱を引く。
X X X
俺たちは特に話を交わすことなく、お互いの息遣いと、視線だけを感じ取り、目があったら笑うだけだった。
やがて王宮に到着した俺たちは、馬車から降り立って、パーティー会場へと足を運ぶ。
X X X
パーティー会場につながる廊下
周りには貴族と思しき男女が煌びやかな服装を身にまとい、談話している。だけど、俺たちの存在に気がつくや否やピタッと声が止む。そして、ヒソヒソとつぶやき始めた。
「ね、見て見て!アリス様が殿方と一緒に歩いているわ!」
「え、本当だ!なんだか異国風の顔立ちなんだけど、ラオデキヤ王国出身の人じゃないのかな?」
「ラオデキヤの貴族男性だとアリス様のお眼鏡にかなわないからね〜」
「ね〜」
女性たちは羨望の眼差しを向けながらキャッキャワイワイ大はしゃぎである。
それに対して、男性陣は
「な、なんだあの男は!?」
「あ、アリスお嬢様が男と!?」
「クッソ!うらやまけしからん!」
「あの顔は、見たことがないね」
嫉妬の視線を出し惜しみぜず送り続けている。
まあ、考えてみれば当たり前だ。アリスはリンスタ公爵の爵位を持つもので、この国の中で最も美しいとされる女の子だ。
もし、俺とアリスが日本の街中を歩いていても同じ視線を浴びることだろう。だから問題ないのだ。
一つを除けば。
俺に殺意を向けてくる金髪の男。
X X X
「この度は、我が王室主催のパーティーにお集まりいただき誠に感謝する!。このパーティーを通して、王族と貴族の関係を強め、ラオデキヤ王国をもっと繁栄させるためのきっかけになればそれに勝る喜びはない。さあ、思う存分楽しんでくれ」
「すごい……ベルン国王陛下が直接司会を務められるなんて……」
「どうりで今回は王族が多いはずだ」
「今回こそ王族の方を捕まえて玉の輿に……うへへへ」
奢侈品、贅沢品が溢れかえる王宮のパーティー会場。
ちなみにあの壇上で司会を務めている人はベルン王。礼儀正しい言葉遣いで、権威的ではないところから多くの貴族から支持されているとのことだ。外見は40代の男性だが、威厳があって力強い。
だが、あの王も、話している途中、こちらをチラチラ見たり、他の貴族や王族も俺たちの存在を結構気にしているようだった。
俺という存在が彼らに認識されていく。冒険者として上級モンスターを狩ったり、タコ焼きを売ったりしていたが、
彼ら彼女らの脳に俺という人間の情報が刷り込まれていく。
そんなことを思いつつアリスの顔を見てみる。
アリスは
得意げな顔で俺をずっと見つめていた。周りの有象無象など気にも留めずに、俺の瞳に向ける真っ直ぐな視線。
その美しさについ見惚れてしまっていると、聴き心地良いクラシック音楽が流れる。
アリスは突然俺の手を握った。
「ジェントルマン、一曲踊ってくださいませんこと?」
「俺、あまりうまくないんだ」
「ふふっ、知ってる」
「……」
踊り方はアニエスさんが部屋で直接教えてくれている。なのである程度、身についてはいるが、周りからしてみれば素人のように映るのだろう。
ダンスタイムが始まった。
予想通り、俺の踊り方はぎこちない。だけど、アリスが俺に合わせてくれている。おかげで目立つ失敗はないが、ちょっと申し訳ない。
「晴翔」
「?」
「力抜いて」
「あ、ああ」
「晴翔は私の恋人だから、もっと堂々と振る舞いなさい」
「それ、余計プレッシャーになるんだが」
「そうね、リンスター公爵の爵位を継ぐ私と踊っているものね」
「……」
「でも、晴翔には権利があるの」
「権利か……」
「ええ。晴翔だけが持っている権利。それほど晴翔という男は強くて優しいの。だから絶対逃がさないわ」
「……俺もアリスを絶対守る」
「っ!」
アリスが突然ステップを踏み外して躓く。俺は条件反射的にアリスを抱きかかえた。そしてアリスも咄嗟に俺を腰に腕を回して、色っぽい息を吐く。アリスの極上のマシュマロの感触を余すことなく感じていると、周りが騒然とした。
「きゃ!格好いい!」
「私もあんなふうに守られたいわ!」
「クッソ!羨ましい!」
「アリスお嬢様の体に触れるなんて……くう!」
相変わらず女性陣は羨望の眼差しを、男性陣は恨みの視線を送ってくる。
「怪我はないか?」
「ええ、大丈夫よ」
「よかった」
「……今まで一度も失敗したことなかったのに、ちょっと悔しいね」
そうアリスは頬を膨らませて俺を睨んでいる。
それと同時に音楽は聞こえなくなった。
それと同時に俺がずっと気にしている金髪の男が急に近づいてきた。
殺意を帯びた視線を俺に向けてから、彼はアリスに声をかける。
「アリスお嬢様、お体は大丈夫ですか?あの男のぎこちないリードでその大事なお体に傷がついたら、このアラン、とても悲しいです」
追記
ラスボス登場!
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