第22話 獲物は狩人をヤキモキさせる

「い、いや……いくらなんでも一緒に寝るのは……」


 風呂上がりのいい香りを漂わせるアリスとカロル。なので、俺は一歩引いて二人を交互に見つめる。すると、アリスが腰までかかるピンク色の髪を手で掻き上げて一歩近づいてきた。そして頬を少し赤く染めて気恥ずかしそうに言う。


「カロルが付いているから大丈夫よ」

「え?」


 要領を得ない彼女の返事に俺が怪訝そうに視線で問うたが、アリスは何も言わずに、俺の目をジーッと見つめ続ける。


 ていうか、俺と一緒に寝ることを指摘したわけだが、どうしてカロルが出てくるんだろう。


 高鳴る鼓動をなんとか落ち着かせるために、息を吸って吐くことを繰り返してから俺は再度口を開いた。


「とにかく、男女一緒に寝るのは、その……色々まずいから、各々の部屋で寝た方が……」


 俺は手をぶんぶん振って、二人を返そうとしたが、カロルが急に俺に近づいて上目遣いしてくる。


「晴翔お兄様と一緒の方が安全だからきたのに……」

「っ!」


 なぜだか知らないが、カロルの言葉が俺の心に突き刺さるように俺を動揺させた。


 カロルは肩までかかるピンク色の髪を揺らして潤んだルビー色の瞳で俺を見つめてきた。


 かわいい仕草と、重い視線。この相反する表情が俺の心を掻き乱している。


 カロルが俺に求めること、アリスが俺に求めること、アニエスさんが俺に願うこと。

 

 ぽっかりと空いた俺の心が要求すること……

 

 少しずつ鮮明になっていく気がしてきた。


「……いいよ」

「え?」

「え?」

「カロルの言う通り、一緒の方がだからな」

「っ!」

「っ!」


 俺の言葉を聞いた二人は急に腰をくねらせ、体をひくつかせる。


「どうした?」


 その様子がちょっとおかしかったので、俺が続きを促すと、二人が明るい表情で返事をした。


「なんでもないわ」

「なんでもありませんわ」


 二人は並んで笑顔を浮かべるが、異なる色の瞳は俺を正確に捉えている。


 と、いうわけで、現在、天蓋付きのベッドには俺たち3人が横になっている。上から俯瞰したら、真ん中に俺、右にアリス、左にカロル。


「……」


 これは眠れる訳が無い。不安がるカロルの言葉を聞いて二人を部屋に入れたが、やっぱり、落ち着かない。なんせここラオデキヤ王国における最も美しい姉妹だからな。


 それに、二人は公爵家の御子女だ。かてて加えて、この屋敷に男性はいない。だからこの状況はアリスにとってもカロルにとっても違和感たっぷりのシチュエーションのはず。二人を傷つけるような真似をしてはならない。


 そう思いつつ、俺は首を左に回して、カロルの方をそれとなく見てみる。


「ん……」

「寝るの早いな」


 カロルは気持ちよさそうな寝息を立てて寝でいる。ほっぺたを突いてやりたいほど平穏な表情のまま。

 

 俺の心配しすぎなのか。それとも、カロルはもともとこういう子なのか。頭が混乱してきた。


 この流れだとアリスも……


 と、思った俺は首をアリスの方に回した。

 

 すると、そこには、


 青色の瞳がカロルの顔を捉えている。夜ということもあって、彼女は神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 俺はそんな美しいアリスを見て少し驚いたので、顔を引き攣らせる。


「カロルがこんなに早く眠りにつくなんて……驚いたわ。これは奇跡よ」

「もともとこんな子じゃないのか?」

「ええ。ずっと不眠症で、頻繁に私の部屋にやってきて、一緒に寝るの」

「な、なるほど」


 俺は再度左の方に顔を回してカロルを見てみる。


「……」


 本当に気持ちよく寝ているな。


「ふふっ、かわいい私のカロル」


 後ろからアリスが自分の妹に愛の言葉をかけてきた。その声音を聞いた瞬間、今までの緊張が解けるように力が抜けてきた。なので、俺は再びアリスの方に視線を送ってみる。


 すると、


「っ!」


 アリスが横向きのまま上半身を起こして妹を見ているおかげで、その豊満で巨大な二つのマシュマロが重力によって垂れ下がっている光景が俺の目に入った。

 

 これは、気を引き締めなくては……


 月光によって光るアリスの白い肌と青い瞳は、この世のものではないという錯覚に陥るほど美しい。


 俺が戸惑っていると、俺の気持ちを察したのか、ふふっと笑んで、仰向けになるアリス。


「晴翔」

「何?」

「一つ、聞いていいかしら?」

「う、うん。いいよ」

「なんで、あの時、私たちを救った後、正体を明かさずに去ったの?」

「それは……」


 俺は一旦切って、小さく息をついた。別に大した意味があるわけではないが、アリスにその理由を言うのはちょっと憚れる。だけど、俺は言わなければならない。そう決めたから。


「関わりを持つことにどれだけの意味があるのか分からなかったから」

「……もしかして晴翔の過去と関係があるのかしら」

「あ、ああ。そうかもな」

「お母様から聞いたわ。晴翔の過去……」


 この間、ベッドでアニエスさんから「娘たちに晴翔様の過去を話してもいいですか」と聞いたので俺はOKした。だから、アリスが俺の過去を知っていることはおかしいことではない。


 だから俺は続ける。


「きっと関わったら、また居なくなってしまう。そんなネガティブな考えがずっと浮かんでいたから」

「そう……晴翔がそう思うのはある意味当たり前よ」


 心配そうな声でアリスが言うと、色っぽくため息をついた。そしてまた口を開く。


「今もそう思うかしら?」

「……今はわからない。アリスたちと関わってからは、何がなんだかわからなくなった」

「……そう」

「ああ」


 俺が錯綜とした面持ちで息を吐くと、頬から柔らかい感触が感じられた。アリスの細い手。それを確認した俺はアリスの方にまた向き直った。


 アリスは、女神のように誰かを慈しむ表情で俺を見つめる。


 深海より深い瞳。


「優しい晴翔が守ってくれたよ。私の純潔。私たちの笑顔。そして私たちの幸せ。そして、私は今ここにいるわ。晴翔が守ったから!」

「っ!」


 汚れを知らない子供のように微笑んでいるが、その目は俺の瞳を離さない。そしてアリスは自分の両手で俺の手を掴み、自分の胸の真ん中に持って行った。柔らかいマシュマロと細くて美しい手は俺の手に極上の快楽と安らぎを与える。


「だから、私、晴翔を喜ばせたかったの……幸せにしたかったの……

「……」

「でも、晴翔は私たちを救って突然いなくなった。なんの見返りも要求せずに……まるでお父様みたいに……」

「アリス……」

「だから……切なくて……私、悲しかった」


 アリスは、泣いている。美しいクリスタルのような涙がアリスの白い頬を伝い枕を濡らす。


 俺は愚か者だ。

 

 異世界だからと言い訳にして、過去を言い訳にしてアリスたちに寂しい思いをさせしまった。


 アリスとカロルとアニエスさんが俺に何を求めているのか……そして俺は彼女らに何を満たしてあげればいいのか。


 今のアリスの顔を見て、俺は確信した。


 だから俺は、アリスの胸から手を離して口を開く。


「とりあえず落ち着こう。今の俺はアリスのそばにいる。夜が明けても、いなくなったりはしない」


 俺はそう伝えると、アリスは安堵のため息をついて、にっこり笑う。


「ふふ……同じ朝を迎えるのね」

「……」

「わかったわ」


 アリスはそう言って仰向けになった。


「なんだか私、眠くなったわ。久々に気持ちよく寝れそう」

「そうか、それはよかった」

「ふふ」


 そう言われた俺も急に睡魔が差してきた。隣には美人姉妹がいるのに、不思議と瞼が重くなり、視界がだんだんと霞んでいく。ここを照らしているのは月光と、サイドテーブルで二輪のバラを照らしている蝋燭の光だけ。


X X X


 朝


 朝日が差し込む広いベッドに二人の美少女が寝ている。


「ん……」


 アリスは目が覚めた。そして自分の隣を見てみる。


「いない!?」


 彼の姿が見えない。


「晴翔……晴翔!どこ!?どこにいるの!?」


 起き抜けの気だるさは吹っ飛んでしまい、アリスの顔は絶望の色を帯びている。まるで、あの時のように……


「いや……晴翔がいない世界はいや!」


 息を荒げて晴翔を探すアリス。


「晴翔……晴翔!」


 その瞬間、ドアが開かれた。


 そして


「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!??!?!?!」


 そこには晴翔が立っていた。


 特殊部隊の制服を身に纏っている彼の姿はアリスに衝撃を与えた。いつも、冒険者の服や作業用服しか着ない彼が、一度も見たことのない格好いい紺色の服装をしている。


「アリス……」

「晴翔!」

 

 アリスは口を半開きにしたまま、ベッドから降りた。その様子を確認した晴翔はアリスに近づき、意を決したようにふむと頷く。それから口を開いた。


「アニエスさんも、カロルも、そしてアリスも守ってあげる」

「い、今なんて……」





「俺が守る。全部守るから……俺の全てかけて」


「っ!!!!!」


 アリスは、開いた自分の口を隠すべく両手を口に添えようとするが、晴翔はそれを許さない。


「だから、付き合ってほしい」


 もちろん、返事は


「はい!喜んで!」


 そして二人は距離を縮めて優しく抱き合う。


 アリスは今の晴翔を見て思う。


 この男、超格好いいと。


 ドス黒い何かが身体中を駆け巡りアリスの目に集まる。生気がない目のアリスは、晴翔の目を凝視して、そのドス黒い感情を晴翔にした。だけど、いくら注ぎ込んでも、溢れるばかりで、一部が彼女の頭、胸を伝い、に集まる。



 ちゅっ



「んにゃ……パパと晴翔兄様は仲良しですわね……えへへ」


 寝言を言うカロル。


 そして、


「あらあら……とっても素敵ですわね……晴翔様の姿……ふふ、今度開かれる王室主催パーティーが待ち遠しいわ」

「晴翔様すごい!格好良すぎる!」

「エリゼ、大声出したら聞こえるよ」


 二人の様子を見つめるアニエスとリンぜとエリゼ。


 その様子をメイド長であるシエスタが一瞥して口角を微かに吊り上げる。そしてアニエスに問うた。


「アニエス様、一つ質問させていただいてもよろしいですか?」

「なに?」

「もし、晴翔様がアリスお嬢様とカロルお嬢様の美しさに我慢出来ず、その……そういうことになったらどうなさるおつもりでしたか?」

「そうね……」


 アニエスは天井を見上げてしばし考えごとをする。何を考えるのかは分からないが、彼女の頬はほんのり赤く上気していた。


 そして色っぽく言葉を吐く。


「それもかも知れませんわね。晴翔様を私たちのドス黒い坩堝にに閉じ込める口実が出来ちゃうから……」

「……」

「でも、晴翔様はそう簡単にハマる方ではありません。だからアリスとカロルの心を余計ヤキモキさせているんですわ。ふふ、あの男、逃してはなりません。私が今まで見てきた殿方の中で、晴翔様を凌ぐものは夫以外存在しません。みんな彼の足元にも及ばない獣だらけ」


 そう意味深な発言をするアニエスに3人のメイドは頷く。


X X X


「アリスお嬢様……あなたに似合う男はこのアランしかいないんですよ。あの美しい体と美貌は、僕が独り占めしないといけません。圧倒的力を手に入れた僕に平伏すのです。そして、僕の強さを無視して、僕にクラス5ではなくクラス4のレッテルを貼り続けてきたクソ王国に裁きの鉄槌を下すのです。はは……あははは!!!!!!」





追記


次回は現代兵器がいっぱい出てきます!

 

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