第20話 再び現れた獲物を逃すまいと狩人たちは攻める
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俺はタコ焼きとお好み焼きと焼きそばの材料を王都の大きな市場でいっぱい買ってからメディチ家にやってきた。ちょっと粉っぽい感じがしなくもないけど、俺の大好きな日本のソウルフードを楽しんでもらいたいというのが今回の食事会におけるテーマだ。
俺はあのパーティー以来、数回メディチ家に行って、料理係と打ち合わせなどを行った。結果、お好み焼きと焼きそばはメディチ家の料理人が作り、タコ焼きは俺が作ることとなった。これは余談だが、俺が召喚した醤油を目にした料理人たちは物珍しそうにそれを味わってみたり原料はなんですかと聞いてきたりと、反響が大きかった。日本人にとって醤油はなくてはならない材料だが、異世界の方々からしてみれば初めて見る不思議な黒い液体のように見えたのだろう。
ちなみに俺がメディチ家に行った時に、あの3美女はいなかった。アニエスさんは事業の件で忙しいらしく、アリスとカロルも勉強やら授業やらで遊べる時間が限られていると使用人たちが言ってくれた。つまり、あの美人母娘は俺のために貴重な時間を割いてくれたというわけだ。それだけでも本当にありがたい。
とにかく今日はタコ焼きをいっぱい作る予定なので作業服姿で屋台一式を持ったままメディチ家に立っているわけだ。
「どうぞ」
「は、はい」
門番の人が門を開けてくれた。こんなに瀟洒で大きい邸宅に自由に出入りできるという感覚にはいまだに慣れない。
気が遠くなるほどの道をひたすら進むと、噴水が出てきた。そこには多くの使用人たちが簡易テーブルや椅子などをセットしており、真ん中には異彩を放つ動きやすいドレス姿の3人がいる。
うち赤い瞳を持つ美少女が俺にものすごい勢いで駆け寄ってくる。
「お兄様!!!!!!!!」
「か、カロル!?」
カロルは俺の体にダイブするように飛び込んできては、俺を腰周りを抱きしめて顔を俺のお腹に擦り付ける。
「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様……」
「ひ、久しぶりだな」
「ずっと待っておりましたわ……」
すっと頭を上げて上目遣いするカロルは、正直に言って可愛い。
「晴翔お兄様……今日は私の目を逸らすことなく見てくれますわね……」
「……」
「お兄様の目と顔……とっても魅力的で、私もずっと見てみたくなっちゃいますの」
「っ!……」
やばい……カロルの胸が俺のお腹に当たって……どうしてこんなに柔らかいんだ……それに視線が……
俺が戸惑っていると、アリスがこちらにたたたっと小走りに走ってきた。
ふう……アリスがカロルをひっぺがすためにやってきてくれたのか。この構図はちょっとまずいから助かる。
だが、アリスは、俺の手を自分の胸にくっつけた。
「っ!?」
……なんだか二人の態度がこの前とはちょっと違うような気がする。もっと攻めるような……
「晴翔」
「は、はいっ」
思わず敬語で返してしまった。
「また来てくれたのね」
「あ、ああ」
「ありがとう。とても嬉しいわ。私、胸がドキドキするの。伝わる?」
「……」
カロルは相変わらず自分の体をくっつけていて、俺の手はアリスのでっかいマシュマロに……絶対手に力を入れてはダメだ。ていうか、数十人のメイドたちがここにいるのに、俺にこんなことしてもいいのか?
そう思って、周りを見回してみたが、メイドたちは……
なんで目を光らせてんの?
公爵家の娘だよね?
リンスター公爵位は王族を除けば一番高い爵位だよね?
俺が混乱していると、後ろからアニエスさんが俺の肩に自分の腕を回して、色っぽい声を発する。
「ずっとここに泊まっていれば、こんなに重たいもの持ち込まなくても済むのに……なんだか苦労させてたみたいで、申し訳ありませんわ」
「っ!い、いいえ……迷惑をかけるわけには」
「迷惑だなんて……とんでもない。晴翔様のための部屋は既に用意してありますわよ。明日は用事とかありますか?」
「い、いいえ……これっといった用事は……」
「あら、そう?」
こんなに至近距離だと色々と思い出してしまいそうだから、ちょっと離れてほしいんだけど……
3人の香りに酔ってしまいそう。
「今日はとっても楽しみですわ……ふふっ」
「っ!」
「ええ。そうよ。今日は楽しい夜になりそう」
「お兄様……カロルはずっとこの日を待っていましたの……」
そう言って美人母娘はすっと俺から離れた。
そして
「みなさん!今日は晴翔様が作られる料理を思う存分堪能しましょうね!」
アニエスさんが大声で周りの使用人に言った。
「「はい〜」」
すると、60〜70人ほどのメイドたちが嬉しそな表情で返事した。
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「な、なにこれ!?丸っこくて可愛い上に超おいしんですけど!?外はパリッと中はジュワッと……アツ!」
「この分厚いパイも美味しいわ……甘くて旨くて……最っ高」
「麺料理も美味しいよ!ん!癖になる味だわ……」
メイドたちは幸せそうに目を瞑ってタコ焼きとお好み焼きと焼きそばを食べている。
俺はというと、神経を尖らせてものすごいスピードでタコ焼きを作っているところである。俺の隣でお好み焼きと焼きそばを作っている料理人たちも興味深げに出来上がった料理を見て、談話を交わしたりしながら作業に当たっている。
日本の美味しさが異世界にも通用する事実に気持ちが高揚する。絶え間なくお変わりを要求するメイドたち。そして一度も作ったことのない料理に挑む料理人の闘志。
タコ焼き器と鉄板の周りには長蛇の列ができていた。
そして俺はお客を捌くようにメイドたちや使用人たちを捌いていく。気づけば、周りにはお腹がくちくなり、満足げにお腹をさするメイドの姿が結構見える。
その光景を見て喜びと安堵のため息をついていたら、美人姉妹がやってきた。
「おかわりか?」
「うん。タコ焼きをお願いできるかしら」
「私はお好み焼きが大好きですわ!」
「すぐ用意するね」
と、俺は紙皿にタコ焼きを数個入れてソースをかけ、最後にはネギと鰹節を……お好み焼きは隣にいる料理人が作っている。
やがて出来上がったものを渡すと、アリスとカロルは口角を微かに吊り上げて満足げに頷く。そしてカロルは鼻歌を歌いながら、アニエスさんのいるテーブルに戻る。だけど、アリスは、足を動かせずに俺をじっと見つめてる。
「晴翔の国にはこんなに美味しい料理があるのね」
「あ、ああ……他にも色々あるけど、この三つが俺の大好物だよ」
「とても素敵だわ。どれも美味しいけど、私はこのタコあきが大好きなの」
「タコ焼きだけどな……」
「そ、そう?」
「まあ、どっちでもいいよ」
俺は自嘲気味に言って、タコ焼きピックで小気味よくタコ焼きを回す。結構な量を作っていたので、おかわりを頼みにくる使用人はなく、現在、タコ焼き器を隔てて俺とアリスが向かい合っている。そして美味しく焼けたタコ焼きを別のところに移してから腕で汗を拭った。アリスはまた俺をじーっと見つめている。
「どうした?」
「……晴翔の国のことをもっと知りたいわ」
「俺の国?」
「ええ。遠いところでしょ?」
「ああ……」
「……別に言いたくなければ言わなくて構わないの。そ、その……辛い過去があるから」
「ううん。いいよ。俺は今でも俺の国が好きだ」
「そ、そう?」
日本……いろんな思い出があって、いろんな経験をしてきた国。
「平和な国だよ。ここみたいに貴族とか平民とかクラスとか存在しない」
「そ、そうなの?身分制度とクラス制度が存在しない国は……聞いたことがないわ」
「遠い国だからな……」
「いつか機会があれば、行ってみたいね」
「うん……アリスが街中歩いたら、絶対ナンパされまくりなんだろうな……」
「ナンパ?」
「い、いや……なんでもない。まあ、なんだ。もし機会があれば一緒に行くのもありかもな」
「一緒ね……だったら……私をちゃんと守ってくれるの?」
「そうだね。アリス一人だと心配だから守ってあげる」
「っ!」
「?」
アリスは急に体をびくつかせて手に持っているタコ焼きを落としてしまった。
「アリス?どうした?」
「い、いいえ。なんでもないの。ごめんなさい。せっかく作ってくれたタコあきを……」
「気にしなくてもいいよ。それよりも体は大丈夫か?」
「うん……」
俺は早速アリスの方に移動いて、彼女の体を確認してみる。動きやすい高級ドレスを身に纏っている彼女は、
艶かしい視線を俺に向けていた。
俺はずっと彼女の瞳と視線に圧倒されていた。だけど今回の美しい青い瞳の奥底には、
弱さが宿っているようにも見える。
『その貴族の娘とやらが、あんたに何を求めているのかをちゃんと把握して、満たしてあげればいいんじゃないかい?』
ガタイのいい冒険者の言葉が蘇ってきた。なぜ蘇ってきたのかは分からない。もどかしさに俺が唇を弱く噛んでいると、アリスは口を開く。
「タコあき……またお願いできるかしら?」
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メイドたちの助けもあり、後片付けはあっという間に終わった。ついさっきまでは、ワイワイしながら美味しく日本の料理を多くの人たちが食べていたのに、こうやって静かになった噴水周辺を見渡すと、なんだか虚しくなる。
「ふ……」
ため息とも単なる息ともつかない空気を吐くと、急に、宙に浮くような感じがしてきた。
「晴翔様」
「アニエスさん……」
ドレス姿のアニエスさんは、またあの視線を俺に向けてきた。
「今日の食事、とっても美味しかったですわ。やっぱり晴翔様の作ったものすごいですね」
「お口にあって嬉しいです」
「ちゃんとした店を王都あたりに出したら大繁盛間違いなしですわ。後でじっくり話がしたいですね」
「っ!」
背筋がゾワッとする声音……それにいい香り……
「どうかしたんですか?」
「い、いいえ……なんでもありません」
「ペロリ……これは何かある時の味ですわ!」
「なんの味ですかそれって……」
「まあ、晴翔様は私たちと使用人たちのために頑張ってくれましたから、疲れて当然です。いくら細マッチョの男らしい体の殿様でも、休憩が必要ですわよ」
「……」
確かに、ちょっと疲れたかもしらない。ここのところずっとこの食事会の準備で時間を費やしたもんな。
「だから、今日は泊まってください」
「……」
なんだか急にどっと疲れが出てきた。
アニエスさんはそんな俺の瞳をじっと凝視している。
「もう夜遅いんですし、ここなら大浴場もあって、最上級のベッドもあります。きっと晴翔様の疲れも取れると思いますわ……」
アニエスさんの提案に俺は
「そうですね。それじゃ……お言葉に甘えて」
「ふふ……いい選択です」
アニエスさんは意味深な表情でそう言ってから急に後ろの屋敷がある方に振り向いた。
「アリス!カロル!晴翔様、今日ここに泊まるから気をつけてくださいね〜」
「っ!」
「っ!」
アニエスさんの声を聞いた二人の姉妹は、噴水から現れて小走りにこちらに走ってきた。
「お兄様……本当に泊まるんですの!?」
「ああ、なるべく迷惑をかけないように注意する」
「迷惑だなんて……むしろ大歓迎ですわ!うへへ……じゅるり」
「カロル……殿方の前でよだれを垂らすのはメディチ家の次女としてあるまじき行為ですわ」
「あ、ご、ごめんなさい!ママ……お兄様も……」
カロルがぺこりと頭を下げて俺とアニエスさんに謝罪する。
「い、いや、気にしなくてもいいよ。むしろ妹みたいで可愛かった」
「っ!」
「あらあら……晴翔様はやっぱりお優しいですわね。他の貴族とは違って……ふふっ」
カロルがまた吸い込むような視線を送ってきた。息を荒げていて、必死に何かを我慢する表情……
どうしたのと言おうとしたが、アリスが突然、俺の胸に手を当ててきた。
「晴翔……嬉しい……」
「っ!」
また深海の奥底に取り込もうとする視線と瞳。
すると、俺の後ろの回り込んだアニエスさんが声をかけてくる。
「晴翔様、ここを我が家だと思ってください」
追記
なかなか攻めますな
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