第19話 獲物は迷い、そして悟る

 あの夢のような日から一日が過ぎて、朝となった。


 俺はいつもの宿のベッドで横になった状態で昨日の出来事に思いを馳せてみる。


『晴翔様は晴翔様です。私に……私たちにをしても晴翔様という存在が変わることはありませんわ。悲しい過去を持っていて、私たちを守ってくれた晴翔様は晴翔様です』


 俺の心の奥底にあるドス黒い何かを抜き取るような彼女の声音を聞いて俺の心は動いた。そしてアニエスさんはそんな俺の全てを受け止めてくれた。


 暖かさ。


 これを感じたのはいつぶりだろう。俺は一人っ子だったので、両親の愛を独占してきた。お父さんとお母さんは俺の全てを受け入れてくれて、いつでもどこにいても、俺を優しく抱きしめてくれた。


 アニエスさんもそうだ。


 彼女の顔に嘘と偽りなどなく、その華奢で美しい体で、俺の全てを包み込んでくれた。


 そしてアリスとカロルも……


『ずっと待っているから』

『ずっと待っていますわ』


 両親から感じた暖かさだけではない。


 もっと暗くて重い何かを感じる。考えるだけでも恐ろしい謎の感情。それがあの3人の目に宿っていた。


 けど、それは決して、自分の私利私欲を満たすためのものではなく、詐欺師のような狡っからい考えから導き出されたものでもない。


 あれは一体なんだったんだろう。


「……」


 俺は、自分に気持ちよさと温もりをくれたアニエスさんに、そして俺を必要としているアリスとカロルに幸せになってほしいと思っている。俺と似たような過去を持っているから。だから、彼女らが幸せを掴むために俺が使われるのならそれはとても名誉あることで、喜ばしいことだ。もちろん使用人も含めて。


 だから俺は1週間後に俺の故郷(日本)の料理をご馳走するとベッドでアニエスさんに伝えた。すると、アニエスさんは目を光らせて、「作るならこの屋敷を思う存分使ってもいいですわよ」と言ってくれたので、流れで結局3人の母娘だけでなく、屋敷にいる使用人の分も作ることにした。もちろん、メディチ家の料理人を俺につけるというお墨付きまでもらったので、結構大掛かりな野外パーティーになりそうだ。

  

 謎の集団に襲われ、ひどいことをされかけた使用人たち。彼女らは俺に親切に接してくれた。だから日本の美味しい料理を食べて幸せになってほしいものだ。


「はあ……」


 そしてアニエスさんからのもう一つの提案。


 それは、


 アリスとの交際。


 特殊部隊の俺は上官の娘とお見合いを数回させられた。もちろん、俺の方からやんわりと断ったので、結婚には至らなかった。


 そもそも恋愛にはあまり興味がなかったし、付き合おうとすれば、両親の死がフラッシュバックして気が進まなかった。


 けれど、あの3美女は……


「……朝っぱらから考えすぎだ」


 そう呟いてから俺は起きて、朝ごはんを食べてから王都にあるギルド会館へと向かう。


 今日も依頼らしき依頼はあまり見えない。主に雑魚モンスターの討伐依頼とか、クラス1〜4の冒険者たちが好みそうな案件だけだ。


「あら!晴翔さん!おはようございます!」

「ルアさん、おはようございます」


 いつもここで案内係をしてくれるルアさんが俺に挨拶をしてきた。


「すみませんね、今日は晴翔様が受けそうな難しい依頼はございません」

「い、いいえ。謝らなくていいですよ。それほどこの国が平和ってことだから」

「そうですね。これも晴翔様のおかげです!」

「ははは……」


 俺は照れ笑いを浮かべてから、咳払いを数回して次の話題を切り出す。


「ところで、一つ聞きたいことがあります」

「え?なんでしょうか?」

「メディチ家について教えて欲しいです」


 そう。俺はメディチ家についての情報をあまり持ってない。俺はここにきてまだ日が浅いのだ。だから、ざっくりとした全体像が掴みたい。昨日は聞ける雰囲気ではなかったから。


 彼女らの家を襲撃した謎の男たちが呟いた情報だけだとやっぱり物足りない。


「ん……メディチ家のことですね」

「はい」


 少し考え込むルアさん。だが、やがて畏敬の念を抱くように憧れの視線を明後日の方に向けて口を開く。


「一言で言うと、すごい家系です。当主を勤めているアニエス様はここラオデキヤ王国でもっとも権威ある公爵とも言えるリンスター公爵の爵位を持っているんですよ。その上は王族公爵位になりますから、王族を除けば、一番頂点に君臨する人ですね」

「そ、そんなに凄い人だったのか……」

「はい!旦那さんがお亡くなりになりましたので、今は独り身ですが、その聡明さと美しさで、多くの事業を手掛けていて、ものすごい資産家でもあるんですよ」

「……」

「それだけではありません。アニエス様の御子女であられるアリスお嬢様とカロルお嬢様の容姿はとても美しく、国内だけでなく国外の有力者からプロポーズをされまくるとか」

「そ、そうですか……」

「でも、プロポーズを受けてもことごとく断るので、多くの殿方の心をヤキモキさせていますね。謎に包まれた一族です」

「うん……」

「ところで、どうしてメディチ家のことを?」

 

 案内係のルアさんは小首を傾げて俺に問うてくる。


「こ、ここにきてまだ日が浅いので色々と勉強してみようかと……」

「あはは、そうですね。確かに晴翔様は名前といい、外観といい、少し変わったところがありますから。黒髪にブラウン色の瞳、それに異国風の顔立ち。それにものすごくお強いんですからきっとモテモテじゃないんですか?ふふっ」

「い、いいえ。それじゃ失礼します」

「はい!またのお越しをお待ちしております!」


 他の冒険者たちに見送られながら俺は外に出た。


「予想通り、凄い人たちだったな」


 と、深々とため息をついて、苦笑いを浮かべる俺であった。


X X X



「どうぞ!美味しいタコ焼きですよ」

「うわああ!ありがとうお兄ちゃん!だこあき!これが噂のだこあき!」

「タコ焼きですが……」

「ん……アツアツっ……ん……おいひい……だこあき……だこあき超美味しい!」

「……」


 住宅街と繁華街のちょうど真ん中に設けられた屋台で、子供がいかにも美味しそうにタコ焼きを頬張っている。


「あの……この上で踊っている薄い紙屑みたいなものはなんですか?」

「……それは鰹節というものです」

「かつ?ぶし?ん……暇つぶし?」

「……」


 みたいな感じで、俺はお客を捌いていく。だけど、あの母娘の姿はずっと俺の尾を引いていた。


「今日もあっという間に完売か」


 材料を結構用意したにもかかわらず、お客がものすごい勢いで押し寄せてきたため、予定より1時間も早く終わった。


 あとは俺用のタコ焼きを食べてから撤収しようか。


 と思った瞬間、


「おい!にいさんよ!」

「こっちこっち!」


 いつも俺のタコ焼きを買ってくれる心優しい(ヤクザっぽい)冒険者二人が大きな酒瓶とイカ焼き数本を持って俺を呼んでいる。


「?」


X X X


「キャ!タコ焼きとイカ焼きとビールは最高の組み合わせなだ!」

「これは……素晴らしい!前にも言ったが王都で店出したら絶対売れまくると思うぜい!」

「ははは……」


 俺は冒険者二人に誘われたので、片付けを終えベンチに座っている。こんなノリは悪くない。ちなみに俺が真ん中だ。


「ところで、どうして誘ってくれましたか?」


 と言ってイカ焼きを一口噛んだ。


 すると体の細い方の冒険者が口を開く。


「にいさんがいつもと違ったからな」

「違う?」

「俺たちが注文した時もずっと明後日の方向を見てたしよ」

「きょ、今日もきてくれましたか?全然気づきませんでした。すみません」

「なに〜俺たちの仲じゃねーか。気にすんな」

「ありがとうございます」

 

 細い体の冒険者が紙コップにあるビールを一気飲みしてぷはっと勢いよく息を吐く。そしたら今度は、ガタイのいい冒険者がトーンダウンした声音でいう。


「この間も浮かない顔してたし、何かあったんじゃないか?」

「それは……」

「まあ、言いたくなければ言わんでいいさ」

「……」


 そう言われた俺は手に持っている紙コップにあるビールを少し飲んだ。


「美味しい」

「だろ?俺の大好物でね」

「この世界のお酒は美味しいですね」

「この世界?」

「あ、いいえ。なんでもありません」

「……」


 俺が適当にはぐらかすとガタイのいい冒険者が心配そうに俺の顔を見る。


 それから、頭を下げて、話し始めた。


「俺らとあんたはなんの繋がりもね。名前も知らないしクラスも知らない。それに年齢だってわからん」

「……」


 まあ、言われてみればそうだな。と、思った瞬間、ガタイのいい冒険者が顔を上げて俺にサムズアップした。


「だからこそ、言えることもあるんじゃないの?」

「ああ……」


 言われてみれば……


 というわけで、俺は個人情報を隠して、ざっくりといった感じで俺の悩みのタネを説明した。


「ふむふむ……要するに、爵位を持ってないにいさんが、貴族の娘と交際するようにと先方から言われたけど、どうすればいいのか、それが知りたいわけか」

「そうです」


 冒険者二人は、俺の話を聞いて、スッとベンチから立ち上がる。


 そして、



「アホか!」

「アホか!」

「え?」

「にいさんよ!逆玉!逆玉だぞ!こんな千載一遇のチャンス、逃したら一生後悔するぜ!」

「あんた!最近、ずっと冴えない顔しとったから心配してたのに……そんなことで頭悩ませたのか!?」

「い、いや……俺はこの世界のことは……」

「はあ?」

「はあ?」

「いえ、なんでもありません」

 

 俺は二人の勢いに押されて謝ると、二人は鼻息を荒げて俺を睨んできた。だが、やがて何かを思いついたのか、プスッと笑って口を開く。


「まあ、なんだ、にいさんはタコ焼きという実に美味いものを作れる男だ。あと、これは俺の個人的見解にすぎないが、にいさんって、結構強いだろ?」

「そ、それは……」


 俺が答えあぐねていると、ガタイのいい男が言葉をかける。


「あんたは、俺が今まで見てきた若造の中でピカイチだ。タコ焼きを売る時の言動といい、オーラといい、きっと理由があるから貴族から交際を申し込まれたんだろうよ」

「……」

「その貴族の娘とやらが、あんたに何を求めているのかをちゃんと把握して、満たしてあげればいいんじゃないかい?」

「……何を求めているのかをちゃんと把握して、満たしてあげる」

「ああ、それならきっと上手くいくさ」


 ガタイの大きい冒険者は、俺の背中を軽く叩いてくれた。そしたら、体が細い冒険者がお調子者のように話す。


「お前は、理論だけはパーフェクトだけど、結果が全然伴わないんだよな〜ひひひ」

「な、なんだと!?てめえ!!せっかく格好つけようとしてたのによ!」

「うわっこわっ!」


 体が細い冒険者は逃げ出す。ガタイの大きい冒険者は「このやろう」とか「ぶっ殺すぞ」とかいいながら追いかけた。顔が怖いから余計迫力あるな。


 俺は走り回る二人を見て、


 思わず吹いてしまった。


「ぷふっ!」


「?」

「?」


 俺が必死に笑いを堪える姿を見て、二人は止まって、キョトンと小首をかしげる。


「いや……申し訳ございません。二人を見て笑ったわけじゃありませんから。ただ……心がスッキリしました。ありがとうございます」

「あ、ああ。元気を取り戻したようで何よだな」

「よかったな。あんた、もしあの貴族の娘と上手くいけば、奢れよ。俺の授業料は高いんだぜ」

「ははは……わかりました。では、俺はこれで失礼します」


 と、俺は丁重に頭を下げて、屋台一式を持って宿に向かう。


 やっぱり日本も異世界も人間は人間だ。


 これからは、この異世界に集中しよう。


 そして……体一つしか持ってない俺だが、メディチ家の人たちに集中しよう。


「来週の食事会……楽しみだな」





追記


次回から2回戦行きますw

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