第18話 赤色青色緑色の糸は獲物を正確に捉えていた
アリスとカロルは黄昏色の空を見上げながら噴水近くの芝生で仲良く横になっている。
「空が綺麗ですわね……」
「ええ。とっても綺麗だわ」
ワイン色のドレスと青色のドレスを身に纏っている彼女たち。だけど、彼女らの顔には若干の動揺がある。
「ママとお兄様……うまく話がまとまればいいんですけど……」
「晴翔は私たちと同じだから……きっと……」
「私たちと……同じ……本当に……これは運命としか言いようがない出会いですわ」
「ええ。間違いないわ。だって、晴翔は、私たちと同じ目をしていたから」
「そうですわ。本人はまだ気づいてないと思いますけど、お兄様のブラウン色の瞳の奥底にあるのは……」
「何かを渇望するドス黒い感情」
「お兄様の渇望と欲求……」
「他の汚くて悍ましい貴族男性とは格が違うその尊い姿……」
「本当に素敵ですわ……」
暮れなずむ斜陽は彼女たちの輪郭を照らし、その美しい顔のラインは赤色に染まる。
鼓動は、晴翔への想いと共に加速していく。
「本当に悔しいわ」
「え?なにがですの?」
「貴族としての威厳を保たなければならないなんて……」
「アリスお姉様はリンスター公爵という爵位を継ぐメディチ家の長女ですからね……」
「気持ち悪くて吐き気がする他の男性ならまだしも……晴翔にまで……もし、晴翔が他の女のところへ行ったら……私……私……」
今すぐ処女を晴翔に捧げたい。彼の女になりたい。晴翔の子を産んで、ラオデキヤ王国にいる全ての人に自分は晴翔のものだと大声で叫びたい。
けれど、そんな平民の女がするような真似はとてもじゃないができない。だから晴翔は痺れを切らして他の女のところに行くのではないのかと、アリスは危惧しているのだ。彼はとても優れていて強くて優しい。きっと他の女たちがほっとかない。
カロルはそんな自分の姉の大きいマシュマロに飛びつく。
「カロル!?」
「大丈夫ですの」
「……なんで?」
「だって、私たちが重い愛でお兄様を永遠に抜け出せなくなるようにすればいいんですから」
カロルのルビーのような瞳が光る。そんな奇特な妹のピンク色の頭を優しく撫で撫でしてからアリスは目を光らせて口を開く。
「カロル……そうね。あなたのこんな積極的な態度……毎度のことながら感心させられるわ」
「私は火の魔法使いですから」
「ふふっ……」
そう微笑みながらカロルを優しく抱きしめるアリス。ずっと理想の男が現れることを夢見ていた。だけど、現実の男と自分達が思い描く男じゃ乖離がありすぎてジレンマを抱えていた。この矛盾は蟠りを産んだ。そしてその蟠りは次第に大きくなって、一つの大きなドス黒い塊と化した。
彼女らは心の中で密かに決める。
このドス黒い何かを晴翔に全部注ぐと。
そう思っていると、晴翔が建物から出て姿を現した。
彼の目は、
催眠にでもかかったかのように生気がない。あの目には見覚えがある。自分達が晴翔の格好いいところを思い出すときにする目。
そう思って二人はほくそ笑んで、急遽立ち上がり、晴翔のところへと小走りに歩く。
「あら、晴翔、どこへ行くのかしら?」
「そろそろ帰ろうと思ってな」
「晴翔様……本当に行っちゃうんですの?」
二人は瞬きすらせず、晴翔をじーっと見つめたまま、表情を一切変えない。そんな彼女らを見て晴翔は
「また来るよ。今日は俺のために素敵なパーティーを用意してくれたから、今度は俺がご馳走する。カロルはタコ焼き食べたことあるよね?」
「あ、はい!タコあき……本当に素敵でしたわ」
「今度はタコ焼き以外の料理を作るよ。この噴水周りを使っていいとアニエスさんから許可をもらったんだ。だから、ここで俺の故郷の料理、食べてほしい」
晴翔の話を聞いた美人姉妹は目を丸くして、お互いを見つめ合う。そして、自分の母のような妖艶な表情を浮かべて、晴翔を捉えた。
「晴翔の作るもの……」
「晴翔様が作るもの……」
「?」
「とおおおおおおおおっても食べてみたいわ」
「とおおおおおおおおっても食べてみたいですわ」
「っ!」
晴翔は体をびくつかせて少し後ずさる。けれど、二人の姉妹は逃すまいと、一歩前進した。
アリスが晴翔の手を握って、自分のお腹の方に持って行った。
「アリス!こ、これは……」
「私は晴翔を助けたいの。どんなことでも」
晴翔が戸惑っていると、妹のカロルも晴翔の片方の手を掴んで自分の柔肉の方へ持って行った。
「カロル!?」
「お兄様……」
「え?」
「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様……」
「これは一体……」
「食事をした際、妹みたいな存在が居ればいいと言ってましたわね?」
「あ、ああ……」
「妹なら、ここにいますわ」
「カロルが……俺の妹?」
「はい。もちろん、血は混ざってないので好都……残念ですが、私もずっとお兄様が欲しかったですの……」
「なるほど。そういう意味だったか。だとしたら別にお兄様って呼んでいいよ。様で呼ばわれるのはちょっと恥ずかしいけど」
「お兄様……晴翔お兄様……はあ……」
そう言ってカロルは、口角を吊り上げて、晴翔の手首を握っている自分の手に力をもっと入れる。まるで自分の体の一部にしようとするように。
だけど、二人は名残惜しそうに晴翔の手を離した。が、二人は宝石より美しい瞳から発せられる眼光を向けて晴翔をロック続ける。
そして二人は同時に口を開いた。
「ずっと待っているから」
「ずっと待っていますわ」
二人は魔法を使っているわけではない。しかし、外見、仕草、言葉、視線、香り、重い愛はがあわさって晴翔を絡めとる。
「ああ。絶対また来る」
晴翔から返事を聞いた二人は甘美なる吐息を漏らし、優しく微笑む。彼の言葉と目が二人に確信を持たせた。
晴翔の後ろ姿を見る二人の姿は恋する乙女のそれと似ているが、どこかドス黒い何かを孕んでいるようにも見える。
そんな二人に後ろから誰かが声をかけてきた。
「アリス、カロル」
名前を呼ばれた二人ははたと目を見開いて、振り向く。すると、そこには、少し上気した自分達の美しい母が立っている。
「晴翔様は、アリスと、カロルを幸せに出来る男ですわ。だから」
一旦切って、呼吸を整えるアニエス。そんな彼女をみて二人の娘は固唾を飲む。
「公爵家の娘だからといって、してもらうことばかり考えてはなりませんわよ。理想の男がいれば、身動きが取れなくなるまで絡め取って、愛を捧げるのです。蕩けるほどの愛を……」
「はい、お母様」
「はい、ママ」
3人の美人母娘は、すでに居なくなって晴翔が通った道に視線を送る。彼はもういないが、この3美女が放った赤色青色緑色の糸は、彼を体を正確に捉えていた。
「アリス、カロル、部屋に戻って紅茶でも飲みながら晴翔様の話をしましょう」
「はい……私、お兄様のこともっと知りたいですわ」
「一緒に過ごした時間はほんの僅かだけれど、これからはたっぷりとご主人様のことを知っていくから……」
身長も性格も、言葉遣いも、瞳の色も違うけど、
この母娘が彼に向ける重い愛は同じ形をしていて、
彼を徐々に締め付けようとする。
だけど、彼に迷惑をかけてはならない。ただ単に自分達の心を彼にぶつけるのは無粋というものだ。
彼を「自分達の愛」という小さくて深くてドス黒い
そんなことを考えながら、三美女は瀟洒な邸宅の中に入った。
その様子を遠いところから見つめていたシエスタというメイド長は、密かに呟く。
「間も無く王室主催のパーティーが開かれるけど、晴翔様が冒険者としてでなく、アリスお嬢様の婚約者として参加できればいいのに……」
そう心配そうに呟いてから、やがて闘志を燃やし、握り拳を作るシエスタメイド長もまた煌びやかな邸宅の中に入った。
X X X
「ははは……間も無く王室主催パーティーが開かれる。そこで、僕の強さと優秀さをみんなに見せつけて、リンスター公爵の爵位とあの美しい女を……ははは!この力さえあれば……僕はクラス5なんかよりも強くなれる!」
追記
熱いのおお
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