第10話 ぎこちなさは、むしろ獲物を引き寄せる
X X X
「よし!あとはお金を入れる箱をこっちに……」
汚れてもいい作業服を着た俺はいつもの場所に屋台を出し、タコ焼きを売るための準備に取り掛かる。
前回の経験を生かして幾つかの工夫をしてみた。まずは決済システム。
ここは日本みたいに券売機やなんちゃらペイが存在しないので、メソという貨幣による支払いしかできない。なので、小さな箱を置いたわけだが……
「治安のいい日本ならすりとかあまりないと思うんだが、ここはな……」
厳つい冒険者が屯したり謎の集団が貴族の屋敷を襲撃するなど、この国の治安はそんなによくなさそうだ。
改めて平和な日本がどれほどいい国だったのか思い知った瞬間である。
あと、他にもいろんな微調整を加えたので、前回と比べたら、効率良くタコ焼きが作れる気がした。
「始めようか」
そう呟いてから俺は熱くなったタコ焼き器に生地を流し込む。
すると、遠くから地味なドレスを身にまとい、ハット帽子を被った女の子がこちらにやってくる。
早速お客様の到来ってわけか。
俺が口角を微かに吊り上げ、タコ焼きピックを動かしていると、その少女は俺の目の前で止まる。
帽子のせいで顔は見えないが柔らかそうな長いピンク色の髪と隠しきれない巨大な胸と細い腰。
おそらく平民の中でもすごく上品な女子の部類に入る人だろう。
と、
うん?
この甘い香りと雰囲気……
まさか
「そ、そのタコあきというものを、お一つ、お願いしてもいいかしら?」
そう言って、その少女は頭を上げて俺を見つめる。
陶器のように綺麗な肌と美しい目鼻立ち。そして海より深い丸っこい青い瞳。
「ど、どうして?」
俺の前に現れたのは、平民っぽい服装をしたアリスだった。
「あなたにまた会いたかったから……」
乙女のように恥じらうアリスの瞳は揺れ動いているが、俺を必死に捉えようとしている。
戸惑っている俺は、なんてこちゃと口を半開きにして周りを見渡した。すると、カロルを護衛していたメイドたちが今度は平民の服装をして、遠いところから俺たちにキラキラとした視線を送りながら見守っていた。俺たちをまるで娘息子とでも思っているのか、とても温かくて優しくて切ない表情を向けているのだ。
「そ、そうか……でもここは危ない。アリスは公爵家の長女だろ?もっと安全な場所に……」
ん……今日は臨時休養にしといた方がいいかな。せっかく準備したのに……と、俺が苦笑いを浮かべていると、アリスが目をはたと見開いて返事をする。
「いいえ。ごしゅっ……晴翔様に迷惑をかけるわけにはいかないわ。だから……私は……」
言いあぐねるアリスに俺が固唾を飲んで続きを視線で促すと、彼女は何かを決心したのか、その美しい目を俺に向けて
「あなたを助ける!」
「た、助ける!?」
X X X
「おお!にいさんよ!ずっと待ってたぜ!あの時からこのタコ焼きの味が忘れられなくてよ!毎日やってくれればいいのに」
「お口に合って何よりです。今はテスト期間みたいなものでして、今のところは週に2〜3回ほどになると思います」
「そっか……アツアツ!ん……王都に店を出したら大繁盛間違いなしだと思うよ。こんな美味しいところはあまり知られたくないんだけどね」
「そんなに評価してくれるなんて……本当にありがとうございます」
「代金は、この美しいねえさんに払えばいいよね?」
「はい。そうでございます」
人たちで溢れかえるこの屋台に先日出会った厳つい冒険者の二人がまたやってきてくれた。
顔付きこそ完全にヤクザだが、根はいい人のようだ。
「それにしても、にいさん、こんなに綺麗な奥さんがいたのか?やっぱりいい男にはいい女がやってくるもんだぜ!」
「お、奥さん!?」
奥さんという言葉を聞くや否や、俺の横でお金の管理をしてくれるアリスが飛びはねるようにびっくりする。そして二人の冒険者を睨め付けてきた。
「な、なんだ……この目は……尋常じゃない」
「にいさん……ちょっと怖い奥さんだね。尻に敷かれたりしないか?」
「あ、この子は俺の妻ではありません。知り合いです」
「そ、そうだったのか?」
「ずっとにいさんに熱い視線を向けたからきっと新婚だと思ったけど……」
「何か言いましたか?」
「な、なんでもないや!俺たちまたくるからよ!」
「じゃね!」
「は、はい……」
そう言って、タコ焼きを美味しく食べながら厳つい二人の男は去っていく。
俺を助けたいと言ったアリスと押し寄せてくる人たち。なので俺は流れで会計の仕事を彼女にお願いした。すると、彼女は目をキラキラさせて頷いてくれて今に至るわけである。俺の隣にいると彼女をいつでも守れる。と言う考えが9割ほどだった。
けれど、アリスは公爵家の長女だ。こんな小汚い屋台の仕事には向いてないはず。と思ったが、ぎこちなくはあるが頑張ってくれている。だが、男たちから代金を受け取った際に見せる表情には鬼気迫るものがあった。
そんなこんなでタコ焼きを作り、売り、また作りを繰り返していくと、用意した材料はそこを尽き、完売となった。
今日もものすごい反応だった。まさかこんなにあっという間に売り切れるとは……
俺は余韻に浸かるようにため息をついていると、アリスが小銭がいっぱい入っている箱を俺に見せる。
「5万6000メソよ」
「あ、ありがとう。お疲れ様」
「……」
俺が労いの言葉をかけてあげたが、アリスの表情は暗い。俺は気になり、口を開く。
「どうした?」
「私……あなたに迷惑をかけてしまったわ……男たちを睨んだり、あまりうまくできなかったの……だから、私はあなたの役に立てなかった……来るべきでは無かった。自分のことばかり考えて……ごめんなさい」
唇を噛み締めて頭を下げるアリス。
俺に会うために公爵という爵位を継ぐ高貴な身分であるにも関わらず、平民の服装でここにやってきてくれた。
別に気にしなくてもいいのに……俺のことは忘れて幸せに生きていてほしいのに……そんな考えを今までしてきたつもりだが、今日、アリスが見せてくれた行動によって一つ気付かされた。
彼女らの好意を受け取らないことこそ傲慢であると。
こんなに俺のことを想ってくれているのに知らないふりをするのは、かえって彼女らを傷つけることに繋がるのではないだろうか。
そんなことを考えながら俺は、彼女がくれた箱の中から5000メソを取り出し、それを悲しんでいるアリスに渡した。
「え?」
「受け取ってくれ。バイト代だ」
「私……もらえる資格など」
「アリスは上手くやってくれた。おかげで俺はタコ焼き作りに専念することができたよ」
「……」
アリスは躊躇っているが、俺はアリスの手の上に5000メソを乗っけてやった。柔らかい感触。同じ指なのに、どうして俺とアリスでこんなに違うんだろう。
だが俺はこの柔らかい感触を堪能してはならない。ちゃんと俺の気持ちを告げるのだ。
と、考えた俺は彼女から手を離し、澄み渡る青い瞳を捉え、口を開く。
「来てくれて本当にありがとう。公爵家の令嬢がこんな格好で俺に会いに来てくれるなんて……嬉しい」
「晴翔様……」
「晴翔でいいよ。様付けは、ちょっと恥ずかしいから」
「……晴翔」
「うん……」
彼女は目尻に微かに残っている涙を拭い、俺に向かって、明るい表情を見せる。
「あなたを家にお招きしたいの。メディチ家の名に恥じないパーティーを用意するわ。晴翔のためのパーティーを」
「い、いいよ。別にそこまでやらなくても」
「いいえ……私、晴翔を喜ばせたいの」
「……」
吸い込まれてしまいそうな青い瞳。下手したら深海まで引き込まれそうな謎の迫力。
この瞳は俺はドス黒い何かを優しくなぞるのだった。
「じゃ、お言葉に甘えて……お邪魔させてもらう」
「う、うん!」
さっき見せた物々しい視線は鳴りを潜め、今や完全にただの女の子だ。
本当によかった。あの時見せた絶望の表情じゃなくて……
俺が安堵していると、アリスが急にモジモジしながら口をもにゅらせる。
「そ、その……今のうちに日程を決めた方が……」
その瞬間、
警報がなった。
「緊急事態!緊急事態!大量のアンデットモンスターが現れました。魔法が使えない平民は大至急避難施設に移動してください!冒険者の方々はギルド会館に来て、緊急クエストを受けてください!繰り返します!緊急事態……」
「なんだ?」
「アンデットモンスター!?この国にアンデットモンスターが現れるのはあり得ないわ!どうして……」
アンデットモンスターは死んだモンスターがなんらかの理由によって活動を再開する存在。
「アリス、アンデットモンスターは強いか?」
「ええ。種類によるけど、クラス3以上じゃないと、まともに戦えないわ。それが大量となると……」
「そうか……じゃ、行ってくる」
「どこに?」
「モンスターを狩に」
「……私も行くわ」
「アリス……」
「私はクラス5の魔法使いよ。今度こそ、晴翔の役に立つ!」
まるで、メラメラと青い炎が燃え盛るようなオーラを漂わせる彼女に俺は何も返すことができない。
アリスはずっとこの世界で生きていた。つまり、いろんな情報を知っているはずだ。それに彼女はクラス5。
アリスを信じてみよう。
「ああ。俺を助けてくれ」
そう行って俺は屋台をそのままほったらかしにした状態で、足早に歩く。
「ええ。晴翔をずっと助けるわ」
後ろから、何かが聞こえた気がして、後ろを振り向くと、アリスが俺についてきた。
追記
異世界モノだからやっぱり戦闘シーンは大事ですよね
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