第6話 砂漠に雨が降ると、あっという間に洪水となる

 夜中、ゴージャスな邸宅の中に、馬車が入っていく。時間的にそろそろ眠るタイミングではあるが、このメディチ家に仕えるメイド長であるシエスタは大急ぎで、馬車から降り、ラオデキヤ王国における絶世の美女たちを探す。


「アニエス様!!!アリスお嬢様!!!カロルお嬢様!!!」


 一方、その絶世の美女たちはというと、母であるアニエスの部屋でお茶を飲んでいた。


「なかなか見つかりませんわね……」


 と言ったのは、可愛いイチゴが刺繍されている高級寝巻きを着た妹カロル。肩までかかる髪を細くて白い指で掻き揚げ、もどかしい気持ちが宿っている赤い瞳を二人に向ける。


 すると、妹の手を優しく握り込んだアリスが、その整った顔と綺麗な青い目を向けて、優しく抱きしめる。


「アリスお姉様……」

「シエスタが頑張って探しているわ。だから、いつか……」

 

 姉に身を委ねる妹。その光景を申し訳なさそうに見つめる母。


 3人はこの部屋で酷い目にあった。同時にここであのお方に救われた。嫌な記憶と嬉しい記憶。あの日以来、彼女らはあのお方のことで頭がいっぱいだ。


 彼との繋がりを感じられる唯一の場所がここである。


 なので、母のアニエスと姉のアリスと妹のカロルは、夜な夜なこの部屋に集まって、お茶を飲みながら、あのお方について思いを馳せるようになった。


 あの強さと優しさ、そして性的欲求を満たすために送る視線ではなく、凍りついた心の芯を溶かしてくれる純粋な笑顔。

 

 その姿を想像するたびに浮かんでくるのは、




 あのお方にまたお会いしたいという希望



 けれど、彼は彼女らを救ってから忽然こつぜんと姿を消した。なんの見返りも要求せず、驕らず、ふんぞりかえらず。


 今までの男は、なんとかこのメディチ家の美女とお近づきになりたくて、ハエのようにあの手この手で割り込んできた。もちろん、彼女らはそれらの男の下心を全部把握しているので、非常に冷たくあしらってことごとく断ってきた。


 そんな男の汚い根性をよく知っているからこそあのお方の存在は、


 


 この美しい3人の心をやきもきさせているのだ。


 


 その時だった。




 誰かがいきなりドアを力強く開けて入ってきた。


 メイド長のシエスタである。


 彼女は息を切らしながら口を開く。


「はあ……はあ……驚かせてしまい、大変申し訳ございません!」


 驚く3人。シエスタは非常に優秀な人だ。そんな彼女がこんな素人がするような真似をするはずがない。


 理由があるはずだ。


 そう考えた3人は急に動悸が激しくなった。


 理由……


 3人は同じことを考えをしている。


 このメイド長が急にここに来た理由。




「あのお方に会ってきました!」



「っ!」

「っ!」

「っ!」


 3人はまるで電気でも走っているかのように、体をびくつかせる。それと同時に口角が釣り上がった。


「シエスタ……あのお方について言ってごらんなさい」


 アニエスの問いに、シエスタは固唾を飲む。この光景を見たアリスが、彼女のために余分のコップを取り紅茶を注いで、それを渡す。お礼を言ってそれを飲んでからシエスタは語り始めた。


「まず、あのお方のお名前は鷹取晴翔たかとりはると様です」


 3人は初めて聞く彼の名前を口にしてキョトンと首を傾げる。


「遠い国からやってきたらしく、苗字が鷹取、名前が晴翔です。なので『はると』と呼んで差し支えはないとおっしゃいました」

「はると様……とても素敵なお名前ですわ……アリスお姉様はどう思いますか?」

「……」


 アリスは妹の言葉を感知できないほど気分が高揚し、シエスタの口から発せられる彼に関する情報に全ての神経を集中させる。


「特殊な任務を担当する軍人だったそうです」


「ぐ、軍人ですと!?」

「そうでございます」

「……とても鍛えられた体だったので、けど、やっぱりそうだったんですわね」


 今度はアニエスが動揺した。爆がつく巨大なあそこも一緒に揺れ動き、下半身を仕切りに動かせる。それから、また彼女は妖艶な唇を動かした。


「この屋敷に侵入した敵を一人で全部倒されたんですもの……きっとラオデキヤ王国……いいえ、世界中でもトップクラスの軍人であるに違いありませんわ!」

「アニエス様のお考えは、間違ってないと思います。なぜなら」

「なぜなら?」






「鷹取晴翔様は、クラス5の召喚魔術師であられます!」




「クラス5の召喚魔術師!?」

「クラス5の召喚魔術師!?」

「クラス5の召喚魔術師!?」



 3人の言葉が見事にはもる。


 召喚魔術師は使い方があまりにも複雑でごく少数しか存在しない職種である。しかもクラスは最上位である5。


「っ!」


 すると、突然アリスが座っている椅子を動かした。


 体の全身が火照るような感覚に見舞われながら、体をブルブルと震わせている彼女。


 もちろん、この3美女もクラス5の魔法使いである。クラス5は最上位クラスであることから、王族や公爵級の人間にしかなり得ないレベルだ。訳があって爵位を持ってなかったとしてもクラス5というだけで物凄い影響力を持つ。


 つまり、晴翔と自分は対等な立場であり、お近づきになったとしても問題になる要素はない。

 

 最初のうちは彼にまた会えばそれでいいんだと自分に言い聞かせていた。けれど、




 今は、アリスの女としての本能が、徐々に徐々に芽生え始めていた。彼女はメディチ家の長女。公爵の爵位を継ぐもので、必ず子孫を残さなければならない義務がある。


 だけど、今の彼女にとってはそんな義務はただの言い訳に過ぎず、「子孫」と「晴翔」という二つのキーワードが絡まり合って、氷のように冷静で冷酷な彼女の心を優しくなぞる。


 あのお方が是非独身であるようにと密かに心の中で祈るアリス。


「ちなみに、鷹取晴翔様は結婚指輪を嵌めておりませんでした」

「ほ、本当ですか?」

「はい!」


 安堵のため息を吐くアリス。けれど、結婚指輪を嵌めない既婚者も中には存在する。乙女心のせいか、アリスの心は焦りだす。


「現在は、事情があって、冒険者としてクエストを引き受けつつ、屋台を出して食べ物を売っているそうです」

「え?どうして?」

 

 アニエスが聞いてきた。


「それは、わかりません。なぜかその話になると思い詰めた表情をされてまして……私が知っている情報はこれで全てです。これ以上詮索したら、慎重な性格の鷹取晴翔様が迷惑するのではないかと……」

「シエスタ、あなたは、とてもよくやってくれました。報酬はたっぷり払いますから」

「いいえ……アニエス様とアリスお嬢様、そしてカロルお嬢様のお役に立てて嬉しい限りです。私はずっとメディチ家に仕えてきました。お三方の幸せこそが私の数少ない生き甲斐です」

「シエスタ……貴方がメイド長でよかった。私の幼馴染でよかった……でもお礼はさせて」

「アニエス様……」


 アニエスとシエスタが笑顔を浮かべていると、妹のカロルが切ない表情で突然言い出した。


「私……晴翔様に会いたいんですの……もうこの気持ちを抑えることは無理ですわ!シエスタ!私に晴翔様の屋台がある場所を教えてください!」


「え、え?あ、はい」






追記



 お陰様でラブコメ日間2位、週間4位になりました!


 涙がちょちょぎれるほどうれちい….

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る