第5話 皮肉にも運命の影は彼を正確に捉えている

「ネチネチスライム討伐クエストのクリア、確認完了です。こちら報酬の15万メソです!」

「ありがとうございます」

「えっと、たかとりはるとさん?」

「発音しづらいなら、はるとさんでいいですよ」

「あはは……すみません!はるとさん、いつも上級モンスターを退治してくださりありがとうございます!上級クラスの冒険者やハイクラスの魔法使いさんはこんな地味で手間のかかるクエストをなかなか引き受けてくれなくて……報酬はそこそこ高いんですけど」

「依頼主の悩みの種がなくなってよかったですね」

「はい!」

「では」

「お気をつけて……あ!はるとさん!」

「?」

「明日の美味しい大王タコの討伐も頑張って!」

「はい!」


 ギルド会館の案内係のお姉さんに挨拶をして、僕は帰路につく。もうすっかり夜だ。


 最近の俺はちょっと興奮気味である。


 なぜなのかは、いつも泊まっている宿に戻って教えよう。


 俺は軽い足取りで、ノリのいいお兄さんがやっている屋台に行ってイカ焼きを買い、それを齧りつつ宿に帰った。


 風呂を浴びてから、部屋に戻ると、いくつかの皿が置いてある。俺は濡れたままの髪を乾かすことも忘れて、その皿に向かって指差し、呪文を唱える。まあ、呪文詠唱はいらんが、ノリは大事だから。


「醤油……召喚!」


 すると、数ある皿の内の一つに黒い液体が生じる。


「おお……これは素晴らしい……」

 

 初の報酬をもらった日から、俺はコツコツと召喚魔法の分析作業を行った。どこまで召喚できるのか、どこまで魔法を使えばダメなのか、などなど……まあ、だいたい目星はついたが、昨夜驚くべき大発見をしたのだ。

 

 それは、日本にしかない食材も召喚できるということ。


 確か、天使さんが言ってたよな。


『あなたには特殊部隊で使っていた武器や防具を召喚できる召喚魔法を与えてあげるわ』


 「など」か……醤油は「など」という範疇に入るというのか……なんでもありな気がしなくもないが、まあ深く考えないでおこう。


 俺は頬を緩ませて、人差し指で醤油を付け、それを口の中に入れる。


「ん……やっぱりちょっと微妙だな。もっと旨味が出るようにしよっと」


 そう考えながら俺はもう一度、呪文を唱える。


「醤油召喚!」


 ん……元特殊部隊でハイクラスの召喚魔術師でもある俺は、今醤油を召喚している……とてもシュールな光景だが、スローライフを実現させるためにはそんな些細なことはどうでもいい。どれどれ、ちゃんと美味しい醤油が召喚されたのかな?


「っ!?これは……あともう一工夫だ」


 こんな感じで、俺は日本の料理におけるベースとも言える醤油を召喚し続けた。そして、一段落つくと、自然と浮かんでくる彼女らの姿。


「……」


 あの3人はつつがなく過ごしているのかな?


 まあ、彼女らは高貴な貴族出身の女性たちだ。俺なんかが気にしなくとも、きっと上手くやって行くのだろう。


 ……上手くいけてないからあんなふうに襲撃された可能性はあるかも……


 何かを必死に求めるような3人の顔。


 これは、俺の経験に基づく個人的見解に過ぎないが、その表情の奥底には俺が抱いているドス黒い何かと似たようなものが見て取れた気がする。


 もう終わった事なのに、あの美人母娘のことが、いまだに尾を引いている。


 まあ、ある程度の時間が経てば、きっといつものように泡沫と化し、





 死ぬ前の状態に戻るだけだろう。





X X X


 

 次の日の朝。


 つとに出かけた俺は、美味しい大王タコが出没すると言われている桟橋さんばしで狩を楽しんでいる。


「カールグスタフ無反動砲召喚!」

 

 俺が呪文を大声で唱えると(ノリだが)、筒状の形をした武器が現れた。俺は手早くロケット弾を装着して、ものすごい大きさの美味しい大王タコを狙い、撃った。


 すると、


「ぐええええええええ!」


 奇声を上げつつ、沈んでいく美味しい大王タコ。ギルド会館の案内係曰く、とても動きが素早く攻撃を弾き返すとのことだが、それは弓矢や剣で攻撃した時の話である。


 半端な魔法より、最先端技術が組み込まれたこの現代兵器の方が圧倒的に強いのだ。現代文明なめんな。


「す、すげ……このタコ、ずっと前からこの辺りの魚を食い散らかして漁師たちの悩みの種だったのによ」

「味はすんごい美味しいけど、すばしこくて退治できるのは上級冒険者とか魔法使いくらいだけなのに……あんなにあっさりと」


 拍手喝采を受けながら俺はこの美味しい大王タコの一部を抉りとり、ギルド会館へと向かった。


「25万メソ……今日は大当たりだ」


 報酬を受け取った俺は、早速防具屋さんを訪れた。


「いらっしゃいませ!何か探したいものとかございますか?」


 頭は禿げたが、濃い髭が印象的なおっさんが俺を歓迎してくれた。いつも思うけど、顎に生えている濃い髭の生命力をあのツルツルした頭に移植する方法はないのだろうか。そんなどうでもいいことを考えていると、目の前のオッサンが急に俺にジト目を向ける。


「?」


 俺がはてなと小首を傾げていると、オッサンが意味深な表情で何かを呟く。


「ん……ブラウン色の瞳に鍛えられた体。そこそこある身長……まさか……見つけたら謝礼金1億だと言う……うん……ないな。丸っこい兜を被ってないから……」

「どうかしたんですか?」

「い、いいえ!なんでもありません!それより、何かお探しですかい?」

「あ、はい。これと似たものを作ってほしくて」


 と、俺はいそいそポケットから何かが描かれている紙切れを持ち出してそれを店主さんに渡した。


「こ、これは……一体んなんですかい?防具?のようには見えませんけど」


 キョトンとする店主さんの瞳を見つつ俺は返事する。




「これはタコ焼き器というモノです」



「た、タコ焼き器?」




X X X



 数日経った逢魔時。現在、俺は人気がまあまああるところで、小さな屋台を出した。


 そう。タコ焼きを売るために。


 王都や繁華街だと賑やかすぎて、商売できるスペースがない。なので、人の往来が激しいところではなく、ちょうど住宅街と繁華街の間に陣取ったわけだ。


 日本でしか入手できない香辛料や食材は魔力を使って召喚することにし、残りの食材(タコ、小麦粉)などは現地調達することに。


「よし。やろうか」


 この前入手した美味しい大王タコを使ったタコ焼き作りに取り掛かる(因みに鮮度を維持してくれる魔法が使える者にタコの保管を依頼したので鮮度は抜群)。


 今日は初日ということで、30人分しか用意してないが、果たして全部売れるかどうか。


 ガスは無いため炭火を使って熱したタコ焼き器に油を塗り生地を流し込む。そして、ブクブクいってくるとタコを投入。


「数日ぶりなのに、懐かしいな……」


 俺の大好物であるタコ焼き。けれど異世界でもこの美味しさが通用するのかどうかは分かるまい。


 まあ、特殊部隊を引退したら小さなタコ焼き屋さんでもやっていこうとは思ったから、ある意味夢は叶ったかな。もし上手くいけば、屋台ではなく、店を買ってやっていこう。クエストを受ける日とタコ焼きを売る日を分けて、効率よくやっていこう。


 そう考えつつタコ焼きを動かしていると、匂いに釣られた厳つい冒険者二人がやってくる。


「え?なんだこれ?見たことのない食べ物だな」

「おいにいさん、これってなんだ?」


 怪訝そうな視線を俺に向けてくる二人。サウナや銭湯に入れなさそうな面してる。


「これはタコ焼きという食べ物です」

「タコ……焼き?」

「……この中にはタコが入っているのか?」

「そうでございます。美味しい大王タコをふんだんに使っておりまして美味しいです」


 すると、二人はしばし考えてから、ふむと頷く。


「一つお願い」

「俺も」

「はい。おひとつで800メソで合計1600メソです」


 厳つい冒険者二人から代金を受け取った俺はタコ焼きを容器に移してソースをかけ、鰹節をまぶした。それからタコ焼きを彼らに渡す。


「アツアツなので気をつけてください」

「あ、ああ」

「いただきます」


 二人は俺の前で丸っこいタコ焼きをほうばる。アツアツとかほーほーとか言いながらタコ焼きを飲み込んだ二人は、


 突然表情を変え、


 大声で叫ぶ。





「「おおおおいいいいちいいいいいい!!!!!!!!!」」


「え?」


「こんなに美味しいものは初めて食べるぜ!!!うう……美味しい……美味しすぎる!!!」

「にいさん!俺……感動しちまった……世の中にこんなに美味しいものがあるとはな……うう……ありがとよ……こんなに美味しいものを食わせて、ありがとよ……」

「い、いや……泣くほどのことでは……」



 ヤクザみたいな二人は、雁是ない子供のような表情を浮かべ、涙を流しつつタコ焼きを堪能する。


 シュールな光景だ。そんなに美味しいのか?まあタコ焼きは美味しいけど。


 俺たちの会話を聞いていた周りの人々が急にこっちにやってきた。


「どれどれ、俺も一つお願い」

「私も!」

「俺もくれ!俺は二つ」

「いい匂い……いい感じのお兄さん、私も一ついいかしら?」


「は、はい……少々お待ちください」


 急に増えてきた人たちの要望に応じるためにいそいそと追加のタコ焼きを作っていった。


 大勢の人が口を揃えて美味しいとか、すごいとか言いながら幸せそうな顔を浮かべている。実に心が温まる光景。


 ピンク色の髪をした3もこのタコ焼きを食べたら美味しいと言ってくれるのだろうか。笑顔になってくれるのだろうか。


 ふとそんなことを考えていると、タコ焼きは一人分しか残ってないことに気がついた。


 そして、


「すみません。おひとつください」

「はい。少々お持ち……あ?」

「え?あなたは……もしかしてあの時の!?」


 人熱ひといきれをかき分けて現れたのは、俺がこの前の襲撃事件で助けたメイド長であった。





追記



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