第20話 迸る血風

「俺様がいる間は、好き放題させねえぜ」


 戦闘を開始したジュウラスは圧倒的だった。


 大地を拳で穿てば大穴となって陥没し、蹴りを放てば視界の限りのソンビが真っ二つになってゆく。


 頼みの大型ゾンビも一撃で破壊され尽くし、もはや戦場はジュウラスの独壇場と化していた。


「ああ、もう! 何やってんのよアバドンは。調子に乗らせちゃって!」


 圧倒的な数の暴力で王都を蹂躙するつもりでいたリシュエルは、今だ姿を現さないアバドンに苛々を募らせていた。

 逆にこちらがいいようにされ、手も足も出せないのだから。


 このままでは王都を占拠するどころか、ジュウラス一体に、せっかくかき集めたゾンビ達を全滅させられかねない。


 リシュエルが奥の手を使う事を考え始めた頃。


 血風を巻き散らして暴れていたジュウラスの動きが一瞬だが止まった。


 見れば、足を一体のゾンビが掴んでいる。


 それはすぐさま蹴り潰されてジュウラスの自由は戻ったが、流れが一時変わるのを、リシュエルは確かに感じていた。


 恐らくジュウラスもそうに違いない。これまでより慎重に動くために、わずかだが攻撃力が落ちたように見える。


 力任せに叩きのめし、引き千切っていた大きな動作は減り、距離を取って隙を伺う仕種が混ざる。

 間違いなく警戒しているのだ、姿の見えぬ何者かに。


 そこまでしても、時折勢いを寸断するゾンビのしがみつき。


 ようやく何者かの意思が介在していると確信したジュウラスは、周囲のゾンビを跳ねのけ、円形の広場を作ると、激しく咆哮をあげた、


「てめえこら、いい加減にしやがれ!! こっちゃあ王様自ら陣頭に立ってやってんだぞ!! そっちはこそこそこしたままの臆病もんか!? 戦士の流儀の切れ端でもあるってんなら、今すぐ姿を見せやがれ!!」


 周囲のゾンビを威嚇しながらの裂帛の気合は、確かに届いたようだ。


「──戦士の流儀を持ち出されては、出て行かざるを得まい。吾輩は戦の神の下僕なれば」


 ゴキ。

 メキ。

 グキガギゴリガリ。


 ジュウラスの正面に固まっていたゾンビ達が、異音を放ちながら一つの物体を形作ってゆく。


 そしてそれは、首の無い黒銀の鎧姿となってジュウラスの前に立った。


「てめえかあ……俺様の国をめちゃくちゃにしてくれやがった野郎はあ……!!」

「我が名はアバドン。魔王ジュウラスを喰らう者なり」


 アバドンは質問を無視し、ただ目的だけを淡々と告げた。

 それが相手の逆鱗に触れるのを承知の上で、だ。


「やってみろやおらああああ!! 生半可に死ねると思うなよ!?」


 ジュウラスは激高するあまり、相手がデュラハンである事も気付かず叫ぶ。


「それは無理な話よ。吾輩はアンデッド。もはや死んでいるのだからな」

「んなこたあ……知るかボケエエエエエエエエエ!!」


 怒りの頂点に達したジュウラスは、疾風のごとくアバドンに肉薄すると、鋭い爪を振り下ろした。


 何の工夫もない、ただの引っかき攻撃だが、限界まで怒りを込めたその速度は、それだけで衝撃波が生まれる程であった。


 が。


 引き裂いたのは女の姿をしたゾンビであった。

 アバドンへ爪が届く前に、横合いから飛び出し庇ったのだ。


 しかもジュウラスの攻撃を受けても四散せず、体に風穴が空いたままでジュウラスの腕を抱きかかえようとするではないか。


「ふん!」


 ジュウラスはゾンビをとっさに蹴り飛ばすことでなんとか逃れたが、明らかに異常を感じていた。


 今まで相手取っていたゾンビより、明らかに格上なのだ。


 気付けば周囲のゾンビの輪も随分と狭くなり、再び手を伸ばし来るゾンビが近寄ってきていた。


「チッ!」


 追い詰められていると悟ったジュウラスは、仕方なく上空へ跳んで距離を取ったが、それが彼の運命を決める事となった。



 100mは跳んだはずだった。



 しかし周囲の風景が変わっていない。


 ジュウラスは信じられない思いで目を見開いた。


 まさかなどと思わなかったのだから。


「なんだとお!?」


 正気のままであれば、闘気で吹き飛ばすなりの対応ができたのだろう。


 しかし今やジュウラスは、戦闘において最も大切なものを失ってしまっていた。


 それは、平常心。


 下等なアンデッドが己と同じ身体能力を持つと戦慄した隙を突かれ、全身を一斉にゾンビが拘束する。

 その腕力がまた異様なまでに強く、もはやジュウラスは振りほどく事もできなくなっていた。


 不格好な肉団子と化して自由落下を始めるジュウラスは、更なる恐怖を目にする。


 地上には、アバドンと名乗った鎧姿。


「魔王ジュウラス。貴様ほどの勇者の魂であれば、我が主もさぞお喜びになろう。いざ、贄と散れ」


 アバドンは簡易な別れの祈祷を行うと、ジュウラスが地上へ落ちて行くにつれてどろりと形を崩し、地面と同化した次の瞬間、大地が巨大な牙を剥いていた。


「うがあああああ!! この俺様が!? ゾンビなんぞに……畜生がああああああああ!!」


 ゾンビを振りほどけないジュウラスは、あがけどあがけど身動き一つできず、絶望の断末魔を響かせながら、その巨大なあぎとへ落ちて行き──



 グチュリッ……



 たったの一口で絶命した。

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