第19話 充満する殺意
リシュエルが放った
まだ距離がある為、あちらからの攻撃は無いが、十分に引き付けてから大砲などの火器で迎え撃ってくるだろう。
常識としてゾンビは火に弱い。一度火が付けば、余程の事が無い限り灰になるまで燃え続け、やがて動きを止める。
そう、止まるまで燃え続けるのだ。
敢えて火を受け、そのまま城門に、城壁に、あらゆる場所へ取り付き、突破口を開くのがリシュエルの狙いだった。
城内の兵にとっては、意思を持った火の海が押し寄せて来るようなものだ。
そうなれば恐慌をきたし、正常な判断ができなくなる者も出て来るだろう。
「いよいよ開戦であるな」
心なしか浮き浮きとしたアバドンの一声は、リシュエルの緊張をほぐした。
「本当に戦が好きなのね。私はここまで大規模な戦闘は初めてだから、少し不安になってきたのっていうのに」
「信心が足りんな。我が主の加護があらば必ず勝てる。それを吾輩が体現して見せよう」
「うん。お願いね。この戦はあなたが鍵だから」
「承知。そろそろあちらも動くであろう。吾輩も配置につくとしよう」
アバドンはリシュエルに鎮静の奇跡を願うと、あとは振り返らずに戦地に赴いた。
「そんなにテンパって見えたんだ、あたし」
落ち着いたリシュエルは苦笑すると、遠眼鏡で王城の様子を見る。
すると、大砲に弾丸を詰め込む作業が始まっていた。ついに射程距離に入ったのだ。
「大丈夫。絶対に勝てる。余裕よ、余裕」
呪文のように繰り返している内に、砲撃の第一陣がゾンビ達を襲い始めた。
直接弾丸にぶち当たった個体は弾け飛んだが、爆発に巻き込まれた者達は形状を崩しながらも行進をやめない。
体力の配分を考えずに済む分、火が付いた者から全力疾走で城門や城壁へ向かってゆき、取り付いて行った。
予想通り、ジュウラス兵は火を消そうと躍起になって水の入った樽を落としているが、そんなもので消えはしない。
砲撃を繰り返す度に、何十、何百とこちらの火種も増えてゆくのだから。
しかしさすがに城門前は大砲が集中し、まさに取り付く島もない重爆撃に晒されており、なかなか取り付けそうにない。
が、この時の為に大型の獣を群れに取り込んでいたのだ。
砲撃を受けても体が四散しない頑丈な巨大ゾンビが、数十体まとめて城門に殺到する。
これを見ては、誰もが城門が破壊される事を想起したであろう。
そこへ、城門のへりを跳び越え、一人の人物が巨大ゾンビの群れの真正面へと躍り出て、その進路を塞いだではないか。
そして地を蹴ると高く飛び上がり、巨大アンデッドの胸辺りへ拳を打ち込んだ。
するとあれだけの質量が嘘のように、轟音と共に後続の群れも巻き込んで、遥か彼方へ吹き飛んで行った。
「なあ!?」
リシュエルは思わず叫んでいた。
「もう出て来たのね……!」
このような荒業をやってのけるのは、ジュウラス王国においてはただ一人。
立派な体躯に、燃えるような真紅の毛並を誇るウェアウルフ。
ジュウラス王国国王、ジュウラス一世であった。
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