第18話 増殖する悪意
リシュエルがアニールに埋め込んだ苗床により、村は瞬く間にゾンビで溢れる地獄と化した。
そして刻まれた命令を元に、周囲の生命体に見境なく襲い掛かり、いくつもの近隣の村々を次々と壊滅に追い込み、更にその兵数を増やしていった。
国がこの事態を把握した頃には、すでに千人単位の被害者が出ており、同時に加害者になっていたのだ。
それに対しジュウラス王国が取った行動は、部隊を複数に分け、村単位で浄化していく作戦だったが、それこそ
同数の兵とゾンビがぶつかった場合、ゾンビを駆逐するどころか、練度の低い兵から倒され、果てはゾンビとして敵に回る。
それを見た味方の士気はがた落ち、本来の実力を出せずに後退せざるを得なくなる。そして時間をかければかける程に敵の数が上回り、最悪他の村からの援軍まで合流してくることになるのだ。
歴戦の兵士であればともかく、永らく平和にかまけていたジュウラス王国兵に、それらを跳ね返す練度や士気はなく、あっさりと
その時点で群れの規模は1万を超え、王国内に生息する大型肉食獣を相手にしても数の暴力で引き潰し、攻撃力を持った巨大ゾンビまで加わっていた。
こうした推移を受け、ジュウラス王国は各領地を放棄、まだ無事な兵や民を高い城壁のある王都に集結させ、籠城の構えを見せた。
これ以上
王都に辿り着けた兵はおよそ2万。元から常駐していた兵に加えて5万の兵が、昼夜を問わず哨戒する警戒ぶりであった。
「おのれ、アンデッドごときと侮った結果がこれか……!」
ジュウラス王城会議室に、宰相シグラの悔し気な声が響く。
それは同席した皆の意見を代弁する言葉であった。
「前線から奇跡的に生還した兵によれば、通常のゾンビにあるまじき強さであったとか。同僚が剣で斬ろうが槍で刺そうが一切の足止めにならず、凄まじい腕力で引き寄せられて首筋を噛み切られたと報告にあります」
憔悴した様子の兵団長が、やけになったように報告書を円卓上に投げ出した。
「やはり大部隊で確実に叩き潰していくのが正解だったのでは……」
「今更だ。そもそも少数部隊での作戦を立案したのは陛下だぞ。反対などできるものか」
「おい、陛下の選択が間違っていたと言うのか?」
「そこまでは言っておらん。しかし、他にやり様はあったのでは、と思っただけだ」
既に体をなしていない会議が紛糾する中、会議室のドアが乱暴に開き、列席者が揃って視線を向ける。
「ふわ~あ、よく寝たぜ。あん? どうした、てめえら。みんなして青い白い顔しやがってよ」
この状況下においても不敵で獰猛な笑みを浮かべる巨漢が、悠々と歩を進め、円卓の上座に腰を据えた。
狼の頭を持ち、全身が赤い獣毛に覆われている。
彼こそジュウラス王国国王、ジュウラス1世であった。
王にしては格式張っていない野生児のような振る舞いは、彼が武力のみで国をまとめ上げた証である。
「まったく、派手にやられたもんだ。なあ? 早めに兵を引き上げさせて正解だったぜ」
初手の少数部隊での作戦は焼け石に水と確認し、生き残っていた部隊を全て王都へ帰還命令を出したのはジュウラスの指示だった。
「陛下。もうじき1万を超えるアンデッドどもが王都を包囲致しますぞ。我等も対抗策を練らずともよろしいのですか」
暗にこれまで呑気に昼寝をしていたことを責めつつ、シグラが問う。
「策だ? もう実行中だが。まさかてめえら、俺様がただ昼寝してただけだと思うのか?」
「それはどのような? この盤面を引っ繰り返せるようなものなのですか!?」
兵団長が興奮気味に両手を円卓に叩き付けて立ち上がる。
「ああ、そう大声を出すな。起き抜けの頭に響く」
「陛下。皆不安なのですよ。ここは一つ、陛下の策を周知し、皆の不安を取り去っては頂けませんか」
とりなすようにシグラが頭を垂れると、列席者も次々と続く。
「陛下。どうかお言葉を」
「仕方ねえな。よーく聞けよ」
ジュウラスは多少もったいつけると、
「ゾンビどもが寄ってきたら、お前らは王都を全力で防御しろ。その間に、俺様が外に出て全部潰してきてやるからよ」
「な……!」
「陛下! いくら陛下の武力でも、今回は相手が悪うございますぞ!」
「何い? 俺様がゾンビごときに後れを取ると言いたいのか?」
「そうは申しませんが、数が数ですので……!」
「けっ! 大体てめえら雑魚を直接戦わせた方が、余計に奴らの思うつぼだろうが。ここはポーンじゃなくてキングの出番なんだよ!」
ドガン!!
喚く列席者を黙らせるため、円卓を拳の一振りで破壊するジュウラス。
「あのゾンビの群れに突っ込んで行ける勇気がある奴がいるんなら、今すぐ連れてこい。それならそいつらに任せる」
流れる静寂の跡に、ジュウラスの溜め息が続く。
「そら見やがれ。うちは平和ボケしすぎたな」
何か大事があればジュウラスが出て行けば大抵解決していたのだ。
「そのツケを払いに行くだけだ。負けねえよ」
窓辺によれば、地平の端に蠢く黒い大量の影が見える。
「どこの誰の仕業だか知らんが、後悔させてやるぜ。獣王ジュウラス様に喧嘩を売ったことをな」
ジュウラスは口の端を上げ、鋭い犬歯を剥き出しにすると、獰猛な笑みを浮かべた。
決戦は近い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます