第21話 阿鼻叫喚

 アバドンの立てた策は、さほど複雑なものではなかった。


 リシュエル配下のゾンビの間に、己と同等に近い分身ゾンビを潜り込ませ、ここぞというところでジュウラスの足を引っ張っていたのだ。


 ジュウラスから見れば、どれが分身かはわからない。


 狼の狩りのようにじわじわと追い詰めてゆき、ジュウラスが激高したところでわざと姿を見せ、隙を誘い、捕らえて喰らっただけに過ぎなかった。


 しかしアバドンは、罠にかかった憐れな獣王を褒めこそすれ、けなすことはなかった。


 1万を超えるゾンビの群れへ単身飛び込んだ勇気は、称賛されるべきだと、大顎でじっくり味わいながら拍手を送ったものだ。


「良い戦士であった。質も、味もな」


 合流してきたリシュエルに語り掛けるアバドン。


「王としての器も申し分ない。自らの民だと知ってなお、闘いのためには遠慮なく倒していた。戦士たるに相応しい精神力であろう」

「そうね。そこは評価しなくもないわ」


 遠眼鏡で城下の様子を見ていたリシュエルは、溜め息混じりに同意した。


「王が崩れただけで兵が逃げ出したもの。はあったんでしょうね」


 今までよく持ちこたえたことを称え、リシュエルは仕上げの命令を下す。


「城門は崩れたし、蹂躙を開始なさい。一人も逃がさないように」

「承知」


 アバドンは四足獣の形態に変化すると、疾風の如き速さで城門を突破し、城下へ飛び込んだ。


 視界にあるのは、ゾンビが逃げ惑う兵士や市民を貪り喰らうこの世の地獄。

 襲われた者も、やがてゾンビとして動き出す負の連鎖。


 これでジュウラスに受けた被害は回復し、それ以上の兵を得ることだろう。


 アバドンはそれを確認すると、王城へとひた走る。

 大臣や貴族など、生かしておくと厄介な者達を確実に処断するためだ。


 廊下を疾走しながら、生き残りを鉤爪で撫で斬りにしていき、辿り着いたのは玉座の間であった。


 玉座には目の焦点が合っていない騎士姿の男が座り、大口を開けてげらげらと笑い続けていた。


「ひゃははは! 死んだ! ジュウラスが死んだ! あの狼野郎さえいなけりゃ俺が王だ! 今まで散々こき使いやがって、ざまあみろ!」

「最後に権力にすがったか。戦士の風上にも置けんな」


 アバドンはさしたる興味も見せずに男の頭を串刺しにすると、手の平をぐばりと開いてばくんと男を丸呑みにした。


 アバドンはアンデッドとなってからも修行をおこたらず、こと身体操術に磨きをかけた。

 結果、喰らった生物のパーツを自由に組み変え、どこへでも口を出現させることができるまでになっていた。


 先の分身ゾンビもその応用で、形状を決めて切り離した後、上達した死霊術で操っていたのだ。


 ただ一つ、己の頭を再現することだけはできなかったが、当人はさほど気にした様子はなかった。魔王を倒して行けばいずれ取り戻せるはずなのだから。


 アバドンは兵団長を喰らい終えると、集中して耳を澄ませた。


 阿鼻叫喚の中、死を諦めていない気配を察知したためだ。


 本能の赴くままにその息遣いを追ってゆくと、そこは宝物庫であった。


 頑丈な扉に鍵がかかっていたが、アバドンの前には紙切れと大差ない。

 容易く蹴り破って中へ押し入った。


 すると、宰相を筆頭に、数人の貴族と思しき人物が、競って宝物をかき集めているところであった。


「ひ、ひいいいいい!? もう来た!?」


 金塊を腕一杯に抱いた宰相が、情けない声で叫ぶ。


「呆れたな。命より金が惜しいか。王が倒れた今、国を支えるは貴様らの役目だろうに」


 失望しながらも、アバドンは納得せざるを得なかった。

 ジュウラスは奔放過ぎる王だったのだ。配下に金勘定を任せきりにしなければならないほどに。


「い、命だけは御助けを! 私は最初から戦争は反対だったのです!」

「そ、その通り! なんでしたらここの宝物は全て献上致しますので、どうか命だけは……!!」

「貴様らの王は、最期まで命乞いなどしなかった」


 アバドンが腕を一つ振るうと、鞭状になって家臣達の血がびしゃりと壁を染め尽くした。


「それにこの戦は我々が仕掛けたもの。貴様らが反対しようが、この結果は揺らがなかったであろう」


 動く者のなくなった宝物庫にて、アバドンは一人ごちた。


 城の内外からは、絶叫がひっきりなしに聞こえている。


「これぞ戦の行進曲。血沸き、肉躍る名伴奏よ。主よ、この場に居合わせて頂いたことを感謝します」


 悲鳴と怒号を背景に、しばし祈りにふけるアバドン。


「さて。俗だが、これな収穫も報告せねばならんか」


 唸るほどの宝の山を見て、あの小娘がどういう反応を示すか。

 アバドンはすっかり予期しながらも、その場を後にした。

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