第16話 希望を摘む

「あ、あれ……わたしなんで横になって……」

「丸一日監禁されていた上に、長い尋問を受けたからかしらね。よく眠ってたわよ」


 木製の出来立てベッドの上で起き上がったアニールへ、リシュエルは優しく微笑みかけた。


「帰してあげると言った途端、安心して緊張の糸が切れたんでしょう。体は動く? どこかに違和感は?」


 リシュエルが簡単に問診するが、アニールは特にない、と言ってベッドから立ち上がった。


「そう。じゃあこの子に途中まで送らせるから」

「わあ、立派な狼……」


 リシュエルの脇には、いつの間にかに黒い狼が寄り添っていた。

 デスウルフは魔力感知をしない限り、普通の狼と区別が付かない。安心して送らせるに最適だった。


「じゃあ、ここでさよならね。くれぐれも、ここのことは秘密よ」

「あ、はい。わかってます。見逃してくれて、ありがとうございました。さようなら」


 終始にこにことしたリシュエルにつられて、アニールも笑顔で別れを告げた。


 すると狼は高い遠吼え一つ残し、賓客を載せてゴブリンの巣穴を出ていった。




 ────





 洞窟を出ると、月が綺麗な夜だった。


「アニール! 無事だったのか!?」


 途中で狼から降りて村の方向へ進んでいると、松明を掲げた父が真っ先に駆けつけてきた。


「心配かけてごめんなさい、父さん。登れそうな坂があったから、そこから登ってたんだけど、思ったより遠回りで……」

「馬鹿! そんなことはもういい! 無事だったならそれでいいんだ!」


 アニールの言い訳を遮り、火の粉がかからないよう気を遣いながら、愛娘を抱きしめる父。

 アニールも、これまで溜め込んだ感情を爆発させて号泣を始めた。


「怖かった。怖かったよう……!!」

「そうだろうとも。丸二日も山の中で一人きりだったんだ。さあ、家へ帰ろう。母さんがシチューを用意しているぞ」

「うん……うん……!!」

「おーい! アニールが見つかったぞ~~~!!」


 父がよく通る声で周囲へ呼びかけると、がやがやと他の村人が寄ってきては、無事を喜んだ。

 中には村長もおり、わざわざ領主に捜索願を出さずに済んだことを安堵している様子だった。



 家へ戻ったアニールを迎えたのは、兄と母による熱烈な抱擁だった。

 兄などは、自分が山菜採りに誘わなければと懺悔までする始末。

 それをどうにか説得して、久しぶりに一家4人揃っての夕食を囲む事になった。


 自分の隣に兄。向かい側に父と母。いつもの配置に安堵を覚え、またじわりと涙が込み上げる。


 二日ぶりの母の手料理は、空腹もあってか、いつもより美味しく感じられた。ついおかわりを3度もしてしまったほどだ。


 そして家族団らんの一時は過ぎて行き、空気が弛緩したところで、アニールは笑顔のままに手にしたナイフを、隣にいた兄の首筋に突き刺していた。


 両親が固まっている間に、抉り抜いたナイフを父の眉間目掛けて投げ放ち、深い穴を穿つ。


 そこまでしても呆けたままの母は、シチューの残った鍋に顔を突っ込んで押さえ付けた。

 しばらくじたばたとした後、ぴくりともしなくなると、中身ごと床に投げ散らかしてやった。


 その後深夜を待ち、兄の弓と鉈で武装して、アニールは村の皆が寝静まったところを惨殺して回った。


 激しい興奮が止まらない。


 人が、知り合いが、赤い血を迸らせて死んでいく様が愉快でならない。


 ああ、私はこんなに悪い子になってしまったのだろう。


 一瞬過ぎった疑問も、血と肉に彩られた収穫祭の前にはどうでもよくなった。



 その日、一つの村が一人の少女によって全滅し、犯人の少女も己の首を落として帰らぬ人となった。




 ────




「アハハハハハ!! 最っ高ね! 愛しい家族に刺された時の兄の顔なんて、額にいれておきたいほどだったわ! アッハハハハハ!」

「成程。自律型のゾンビに改造した後、村に戻して皆殺しにさせたか」


 狂気を孕んだ笑い声を上げ続けるリシュエルの横で、事の顛末をゴブリンシャーマンから聞いたアバドンは、妥当と思ってか深く頷いた。


「領主に捜査願いが出ていないならば、徴税官が来るまでこの件が明るみになる事は無い。よくよく考えたものだ」

「それだけじゃないわよー。アニールには苗床も植え付けてやったから、2,3日もすれば村人全部、家畜も含めてゾンビとして大! 復! 活! 兵隊が一気に増えるわよ。楽しみね~」

「それは僥倖」

「しかもしかも、周囲の地図をインプットしておいたから、放っていても付近の村々を勝手に襲いに行くわよ。かくして死の行軍はどこまでも! 国が気付いた頃には、犯人はわからず後の祭り! 勝手にやり合ってくれればいい。交戦すれば、国の兵士もゾンビになっていくしね! アハハハ!」

「どうやら、何か吹っ切れたようであるな」

「そりゃあね。せっかく拠点を手に入れても、落ち着いていられないんじゃあ、外を滅ぼした方が早いじゃない? もう引き籠っておどおど生活するのはまっぴらなのよ!」


 元王女のプライドがそうさせるのか、死霊術師の本懐を果たしたいのか。

 もしくはその両方か。


 リシュエルはもう我慢の限界だったのだ。


「まずはこの国を堕とす。アバドン、相談もなしに動いたのは悪かったわ。でも動き出したからには、あなたにも存分に働いてもらうわよ。覚悟しててね」

「無論だ。それこそ我が望みなれば」

「よし! これは聖戦よ! 私が私であるためのね!」


 リシュエルは叫ぶと、今後の方策を練るため、テーブルにばさりと地図を広げて見せた。

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