第15話 幸運と対価

「その娘の手足を拘束しなさい」


 取り巻きのゴブリンに命じると、リシュエルは懐からアッシュガストの小瓶を取り出す。


「いかがなさるおつもりで? 拷問ならば私共にお任せ頂ければ」


 ゴブリンシャーマンがいやらしい笑みを浮かべながら、全裸の娘を舐め回すように見やる。

 他のゴブリンより多少知能が高いせいか、彼は自我を保っており、リシュエルの動向に興味を持ったのだろう。


「あなたや、その娘が思うような下衆な拷問はしないわ。残念だったわね?」

「いいえ、滅相もありません」


 とはいえ、それが目的でさらってきたのだろうから、多少の無念さが顔に出ていた。


 リシュエルとしてはさっさとゾンビにして情報を引き出そうと思ったが、


「あの……ここの事は誰にも言いませんから、村に帰してもらえませんか?」


 これまで怯えるばかりだった娘が、唐突に取引を持ち出して来たのには、少なからず驚いた。

 同時に興味を覚え、今少し娘を生かしておくことにした。


「そのためには、いくつか質問に答えてもらう必要があるわ」

「は、はい。何でも答えます!」


 リシュエルの前向きな返答に、必死さを滲ませる娘。


「ただ、一つ。絶対に嘘はつかない事。私は嘘を見抜く能力があるわ。少しでも嘘を感知したら……」

「わかってます! 嘘なんてつきませんから!」


 必死の形相でリシュエルの言葉を遮り、助かりたい一心で同意を叫ぶ娘。


 ここまでの態度に嘘はない……リシュエルは判断した。


 リシュエルが嘘を見抜く能力があるというのは、半分ははったりだ。


 しかし陰謀渦巻く王宮にて、日々周囲の顔色を窺ってきた経験は、人の感情の機微を彼女に教え込んだ。

 即ち、ほんの表情の差、視線の流れ、口元の動かし方。一つ一つがその人物の思考を表している事を知ったのだ。


 そういった点でリシュエルは、凡人が相手ならば、嘘のみでなく、感情の揺れ、ある程度の思考すらも見抜く術に長けていた。


 自らはテーブルに腰かけ高みから見下ろし、少女は拘束して床を這うように仕向ける。

 これも今の互いの立場を知らしめるために有効な手段であった。


 生殺与奪の権利をちらつかせることで、正直に話す事を強要するのだ。


 リシュエルは拷問のような野蛮な手法は好まない。故にスマートな尋問を心掛けていた。


「そうね。じゃあ、まずは捕まった時の状況を教えてくれるかしら」


 いよいよ始まった質問に、娘はごくりと喉を鳴らしてから、恐々といった様子で話しだす。


「村のはずれから少し遠出をして、山菜採りをしていたんです。兄も一緒にいたんですが、私は調子に乗って先に進んで、崖から滑り落ちてしまったんです。兄が助けに来るまで待つつもりだったんですが、そこを運悪くゴブリンに見つかって……」


 今のところ嘘はない。

 年頃の娘が兄の前で良い恰好をしようとはしゃいだ結果だとも取れる。


 しかし問題のある発言も含まれていた。


「そう。お兄さんも途中まで一緒にいたのね」

「は……はい……」


 一つ、懸念事項を取り出した。


「お兄さんは、一人じゃ助けてあげられないと思って、村に戻ったのかしら?」

「は、はい。父を呼んで来ると……」


 その間に娘がいなくなっていたのだ。大騒ぎになったに違いない。

 当然山狩りはするだろう。しかしトロルの陣取るゴブリンの巣まで調べる勇気は、ただの村人達にはあるまい。


 森への捧げものと割り切って諦めてくれていれば一番ではあるが、家族は納得する訳がないだろう。

 となれば、領主にゴブリン退治のついでに捜索を頼むのが落としどころと見た。

 領主の性格にもよるが、捜索を兼ねた討伐隊が組まれる事を前提に動くべきか。


 それと……


「ねえ、あなたのお兄さんて、もしかして強いの?」

「猟師をしているので、普通の人よりは強い方だと思います」

「猟師……ということは、ここの巣の事も知ってるはずよね?」

「……はい」


 これだ。


 リシュエルが尋問している最中、見た目には完全に怯えている中にも、瞳に一抹の光が宿っていた理由。


 今にも兄が助けに来てくれるのではないか、と淡い期待を抱いているのをリシュエルは確信した。

 同時にそれは、家族愛に恵まれなかったリシュエルの嫉妬心を激しく燃え上がらせた。


「ふーん。そんな強いお兄さんなら、一人でも助けに来てくれるかも知れないわね?」

「まさか……そんな軽率な事をする人じゃないです……私一人のためなんかに、危険を顧みずなんて……」


 今まで真っ直ぐ見詰めていた目をリシュエルから外し、ぼそぼそと言い訳のように呟く娘。


 来る。


 リシュエルは直感的にそう結論を出した。


 兄妹仲はよく、兄はそこそこ腕が立ち、ゴブリンの巣穴を知っている。

 今頃は村の連中を炊き付けている頃かも知れない。


 アバドンがいるとは言え、ここはまだ防衛準備が何もできていない。

 村人とはいえど、数に任せて突撃してこられれば厄介極まりない。

 しかもその中には腕利きが混ざっていると言うのだから。


 その後に領主の部隊が到着すれば、目も当てられない状況になるだろう。

 最悪奪った巣の放棄もあり得る。


 そこまで思考が差し掛かった時、リシュエルの脳裏に悪魔が舞い降り、甘い声で取るべき策を囁いた。

 実に死霊術師らしいその策に、リシュエルはいたく感銘を受け、早速実行する事にした。


「そうそう。あなた、お名前は? 最初に聞くべきだったわね」

「あ、はい……アニールです」

「そ、アニールね。じゃあアニール。質問は終わり。問題なさそうだし、村に帰してあげるわ」


 その時リシュエルは、天使のような輝く笑みを満面に浮かべていた。


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