第14話 劇的リフォーム

 ゾンビを作成している間に完全に燃え尽きていた炎は、リシュエルにとってほどよい灰を仕上げていた。


 アッシュガストを保存している小瓶を取り出すと、見る見る内に灰が小瓶の内へと吸い込まれていく。

 まるで手品を見ているような光景である。


「これでよし。あとは元からいる子達が勝手にブレンドして、新しい仲間を増やしてくれるって訳」


 下級ゾンビですら感染という形で増殖するのだ。アッシュガストも似たようなメカニズムが働いているのだろう。


 リシュエルはコーヒーの粉でも作るような気軽さで作業を済ませると、広場の掃除を終えたゾンビ達に次の指示を出した。


 精魂込めて作ったゾンビ達は、生きている時と変わらぬパフォーマンスを見せ、瞬く間に図面の通りに、岩や骨片で壁や仕切りを打ち立ててゆく。


「なかなか手際が良いではないか」


 アバドンが感心してみせると、リシュエルは当然と言わんばかりにドヤ顔を晒す。


「今でこそ堕落してるけど、元はドワーフなんかと同じ土の妖精だからね。ドワーフほどの手先の器用さはなくても、土木作業はお手の物って訳」


 見る見る内に築き上がって行く内装に満足しながら、リシュエルは、できた端からそれらへアッシュガストを振りかけ。隙間を塞いでいった。

 何と灰でできたこの魔物を、セメント代わりに使うというのだ。


「もう生物としての意思は全くないからね。この場で固まれと一度命令を出しておけば、大地震でも起きない限り揺らぎもしないわよ」


 完成した白壁をこんこんと叩きながら、にこりとして見せるリシュエル。


「ふむ。アッシュガストとは、かくも便利なものだな」


 アバドンが確認しただけでも、偵察、敵の拘束、及び窒息による殺害と、かなり幅広い活躍を見せている。肌身離さず身に着けているのも頷けた。


「ほら、ただ突っ立ってないであなたも働いてよ。家具とかの材料が欲しいから、外で木材調達してきてちょうだい。丸太で20本もあればいいから」

「うむ。仮に所属不明の勢力と接触した場合、速やかに駆除する方向で良いな」

「そうしてちょうだい。せっかく手に入れたばかりの秘密基地がばれたら困るからね。あ、できれば一人は生け捕りにしてね。情報吐かせたいから」

「承知」



 こうしてそれぞれが作業を分担した結果、白壁が眩しい清潔な隠れ家が完成しつつあった。

 とても元がゴブリンの巣だったとは思えない出来栄えである。


「うん、さすがあたし様。完璧な部屋割りね。後は、内装を少しずつ整えて行くとして。研究機材が問題よねー」


 机以外何もないがらんどうの研究室を眺め回し、リシュエルは溜め息をついた。


 そもそもが死霊術そのものが禁忌の術である。専用の機材など流通していない。


 それでも数少ない死霊術師達は、既製品を自分なりにアレンジして使っているのだ。


 以前のリシュエルは王女と言う立場を利用し、欲しい物は理由を付けて、ある程度好きに手に入れることができていた。お陰で死霊術の研究に寄与するものに不自由する事は無かった。


 しかしそのコネがなくなった今、変哲もないビーカーすら入手するのは苦労するだろう。


 しばらくはゴブリンどもが使っていた鍋やコップなどを洗浄して使うしかあるまい。


 そうリシュエルが頭を悩ませているところに、ゴブリンシャーマンがやてきた。


「ご主人様。捕虜の処遇はいかがしましょうか」

「捕虜? 侵入者でもいた?」

「いいえ。ご主人様方がここを襲う少し前に、近くの村から獲物をさらってきていたのです。さあ、連れてこい!」

 ゴブリンシャーマンの呼びかけに応じて、一人の魔族が数人のゴブリンに武器を突き付けられながら現れた。


 頭の上から麻袋を被せられ、周囲の状況すら呑み込めていない様子で震えている。

 どうやらさらった際に、麻袋に入れっぱなしで倉庫へ放り込んでいたため、アッシュガストも見逃していたらしい。



 魔界にも、人間界と同様に一般人に属する者達が当然存在する。


 麻袋を取り去り丸裸にした15歳程の少女も、多少耳の先が尖っているのみで、人間の姿とそう変わりはなかった。


 もちろんリシュエルは人間界の人間とやらを見た事がないため、この少女を筆頭とする魔界人が、人間というカテゴリに入るのだが。


「近くの村からさらってきたって言ったわね?」

「そうでございます」


 リシュエルの確認に、ゴブリンシャーマンが恭しく頭を下げた。


「あなた、名前は?」


 少女の前へ出て尋ねると、


「ひっ……ダークエルフ……!」


 と、想定内の反応が返って来る。


 ダークエルフと言えば、処刑対象である極悪人というのが世間での常識である。少女の怯えは正当なものであった。


 しかしその反応を受けた事で、リシュエルは最後の良心の緒を断った。


「うふふ。そうよ。私はダークエルフ。なら、期待通りの尋問をしましょうか」


 出来得る限りの邪悪な笑みが、リシュエルの端正な顔を歪めていった。

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