第13話 才能の片鱗
目を覚ましたリシュエルは、後れを取り戻すかのようにきびきびきと働き出した。
まず状態のよいゴブリンの死体を選別し、20体程のゴブリンゾンビを、一体一体丁寧に作り上げてゆく。
核となるルーン文字を書き込むのに、およそ20分ほど。
その後の防腐処理や着替えなどを含めると、一体約30分ほどで完成、というところだろうか。
それだけの作業を数時間、リシュエルは飲まず食わずで集中して行った。
ある程度数が溜まると、外の見張り班と、広場の掃除班とに分け、早速使役する。
「大した集中力であるな」
最後の一体を仕上げた際には、アバドンからそんな言葉を引き出した程だ。
「当然じゃない。アンデッドは芸術品なのよ。ちょっとの妥協も許さないのが私の流儀なの」
ふふん、と薄い胸を張り、職人魂を見せ付けるリシュエル。
しかし生憎、アバドンの興味はそちらには向かなかったようだ。
「大量に保存料を使っていたようだが、一体どこから用立てたのだ。もしやそれも、ルーンによるものか」
芸術に対する意見の相違は度々あるものである。
リシュエルは無駄な論争を仕掛けることは諦め、大人しく質問に答える事にした。
懐から小瓶を取り出すと、アバドンに見せ付ける。
「ええ、そうよ。エルフの国が誇るミスリル銀の小瓶に、丹精込めて書き連ねた自慢の一品。無限保存の壺よ。究極のルーンと言ってもいいわ」
「無限に保存だと。そんなことが可能なのか」
声の抑揚さえ変わらなかったが、動揺する気配を感じ、リシュエルは多少の優越感を得た。
正規の魔術より下位に位置付けられるルーンであるが、文字という媒体の都合上、「合成」と「量産」が可能であった。
まずは「合成」だが、読んで字の如く、複数の効果を持つ魔術を同時に発動するよう設定することだ。
しかし誰にもできる芸当ではなく、例えば吟遊詩人の歌のように、上手く音符を繋げるようなセンスが求められる。
ルーン文字の組み合わせが、パズルのピースのようにパチリとはまった時のみに起こる現象であり、これを成せるのはまさしく天才と呼ばれる人物である。
ただ補足するならば、正規魔術では基礎内容に含まれており、片手間に発動できる程度のもので、両者の溝が天地ほどに空いている事をよく示している。
次に「量産」だが、こちらはルーン特有の現象であり、唯一正規魔術に勝っていると言える部分であった。
例えば火起こしの魔術。これはどれほどの天才が扱おうとも、燃料もなしに無限に維持することはできない。
しかしルーンにおいては、火のルーンを書き連ねた分だけ持続する。
1センテンスで1分燃えるとしたら、10センテンスで10分。何もない空間に炎を維持できるのだ。
リシュエルはこの法則を発見し、狂気とも思える行動に出た。
即ち、無限にも思える程に長い時間分のルーンを刻む事だ。
エルフであるリシュエルには寿命の概念がない。だからこそ実現できたと言える荒業であった。
リシュエルはこの技法を用いて、頑丈なミスリルの小瓶に、せっせと圧縮保存のルーンを刻み続けた。
寝食も惜しんで制作に費やした期間は、実に100年。
つまり彼女の手中に光る小瓶は、中に入れたものを圧縮し、100間朽ちる事無く保存ができるというものだ。
「まあ、実際は100年だから、無限なのは容量だけかしら。でも、大抵のものは100年もたずに使い潰すでしょ。期間としては十分だと思わない?」
「……その飽くなき闘争心に敬意を」
それまで聞いているだけだったアバドンは、不意に片膝をつき、リシュエルへ向かい真摯な祈りを捧げた。
100年間を作成に当てる程の怒りと憎しみが、リシュエルの人格を形成している事を悟ったからだ。
「な、なによいきなりマジになって」
表面上こそ明るく振る舞っているが、受けた怨みは果てしなく堆積している。
リシュエルの人生は、闘争の連続であったろう。
戦神の使徒であるアバドンにとって、これ以上無い相方であると認めた瞬間であった。
「あ、ちなみにこれあと二つあるから。このゾンビ作成用と、アッシュガスト用、それと生活必需品用ね。ほらほら、凄さがわかったら存分に敬いなさい」
即ち300年分もの呪物。
それを成したリシュエルは、確かに尊敬に値する。
アバドンは最大限の敬意を示すのに、五体投地する他なかった。
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