第12話 汚物は焼却

「念願の広い洞窟が手に入ったし、早速バリバリ手を入れて行くわよー」


 ゴブリンの死骸が散らばる広場にて、小休止を終えたリシュエルは、張り切った様子で腰を上げた。


「まず手始めに私の私室でしょ。それから研究室とバスルーム。死臭には慣れてるけど、換気はしておきたいわよね。それと大掃除。あとはあれとこれと……」


 ゴブリンが祭祀に使っていたであろう石の祭壇に羊皮紙を広げ、鼻歌交じりに図面を引いてゆくリシュエル。


「色々と欲張っているようだが、材料や職人の手配はどうするつもりなのだ」


 呆れた声でアバドンが突っ込むが、リシュエルはちっちっちっと指を振って不敵に笑って見せる。


「死霊術師を舐めんじゃないわよ。材料? そこら中に転がってるじゃない。あなた達が散々散らかした死体の山が」


 広場を見渡しそれらを指し示すと、リシュエルは得意げに講釈を始める。


「まずゾンビのパーツにも使えないくず肉や骨片は、全部燃やして灰にして、アッシュガストの元に使います。アッシュガストの用途の広さは、あなたも知っての通りよ」


 リシュエルは手早く火起こしのルーンを地面に描くと、アバドン達にくず肉と骨片を拾い集めさせ、一気に燃やし始めた。


「ほう。なかなかの火力であるな。これならまとめて放り込んでも平気か」

「当然よ。一瞬で消し炭にするくらいのルーンを編み出して、猛練習したんだからね。それもこれも頭でっかちのあの一家を見返すためだったけど」

「これほどのルーンを操れるならば、魔術など使えずとも問題なさそうであるが」

「それがさー、聞いてよ。うちは根っからの魔術馬鹿でね。エルフに代々伝わる古代精霊魔術こそ至高。それ以外は認めないって言うのよ」


 八つ当たり気味に、炎へ骨片を思い切り投げ入れるリシュエル。


 神の秘文字ルーンとは、天に還りし神の遺した、奇跡の宿る文字である。

 誰であれ習得が可能で、効果も誰が使っても大差がない、大衆向けの魔術であった。


 魔力も詠唱も必要とせず、文字さえ書けば起動する便利さの反面、正規の魔術を使った方が多くの場合効果が高く、魔術もどきとして卑下される傾向にあった。


「私は生まれつき、精霊達との魔術回路パスが弱くてね。下位の精霊ですら言う事を聞いてくれなかった。お陰で王位継承権は取り上げ、意地悪な姉はことあるごとにいびってくるわ、陰険な妹は心配するふりして馬鹿にしてくるわ。両親に至っては、もう完全に無視よ無視。ちょっと前に処刑されそうになった時まで、100年は顔を合わせてないわ」


 一気に愚痴を吐き出すと、燃え盛る炎を見詰め、溜め息をつく。


「ふむ。エルフである以上は見た目通りの歳ではないと踏んでいたが。100年以上となると、積年の恨みは想像して余りあるな」

「……話の腰を折ったのはともかく、歳を聞かなかったからセーフとするわ。短命種はすぐに人の歳を聞きたがるからうざったいのよね」

「歳など、年月を重ねた指標にしかならぬ。肝要なのは、その歳までに何を成したか、であろう」

「さすが神官。たまに良い事言うわー」


 憂鬱な表情を和らげ、アバドンを横目で見詰め微笑むリシュエル。


「精霊魔術が使えない分、他の分野ではがんばったんだけどな。死霊術を修めたのも、始めは国のためだった」

「改めて聞くに良い機会だ。貴様の故郷であるエルフの国だが、もしや現在戦争中ではあるまいか?」

「……驚いた。よくわかったわね」

「言葉の端々を聞いておればな。しかも戦況は劣勢と見た」

「正解。相手はこちらの倍の兵力を持つ強国。だから私が、身を挺してでも兵力差を覆すつもりだった」

「成程。そこで初めて死霊術を披露し、罪の烙印である黒い肌を付与され、命を狙われるに至ったか」

「笑っちゃうわよね。善意を仇で返される、って典型」


 リシュエルは祭壇の上に寝転ぶと、自嘲気味に笑った。


 裏を返せば、そこまで死霊術は忌み嫌われているのだ。


「なれば、劣勢のまま滅ぼされる可能性は?」

「……それはしばらくないわね。いざとなれば、あたしを追ってる暗殺部隊を呼び戻すだろうし、そうなれば戦局はまた混乱するわ。何より、勝手に滅ぶなんてあたしが許さない。この手で葬ってやらないと」

「杞憂であったか。手を貸した挙句空振りに終わっては、吾輩も立つ瀬がないのでな」

「大丈夫大丈夫。エルフなんてしぶとい奴らばっかりだからね。存分にあなたの力を振るってもらうわよ」


 そこまで言うと、睡魔の限界が訪れ、リシュエルは目を閉じた。


「……ちょっと話し過ぎて疲れちゃった。火の番頼める? 少し仮眠させて」


 出入口はデスウルフ達に監視させている。異常があればすぐわかる。


「承知」


 アバドンは短く返すと、大腿骨をへし折って火中へくべた。



 これまで無理に詮索をしてこなかったアバドンが相手だからだろうか。

 すっかり身の上を打ち明けたリシュエルは、清々しい気分で眠りに落ちて行った。

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