第11話 激闘

「話には聞いていたが、大した打撃防御力であるな」


ソウルイーターも効いている実感が無い。

恐らくアバドンが吸い取る速度より、溢れ出る生命力が上回っているのだろう。


ソウルイーターが効かない相手もいる。

一つ収穫ありとして、アバドンは次の手を試す事にした。


「では、これならどうか」


 アバドンが足を踏み出すと、下半身が後方にぐにゃりと伸び、ケンタウロスのような四足獣の形態に変化した。

 そして漲る力を四肢に込め、大きく跳躍してトロルに迫る。


「ばあか! まっすぐ突っ込みやがって、丸見えだぞ!」


 トロルは右腕を大きく振り回してタイミングを計ると、跳んできたアバドンを迎え撃ち、大砲のような右ストレートを放つ。


 ずしゅん、と、打撃と言うより刺突に近い湿った音を立て、アバドンの胸元にトロルの腕が貫通した。


「生憎、吾輩も打撃の類に強くてな。このまま絞め殺させてもらおう」

「なんだとお?」


 トロルの一撃を受けたのはわざとだったのだ。

 アバドンはトロルの腕に絡み付くように液状化し、ぎりぎりとその身を包みながら締め上げてゆく。


「ああもう、うざってえなあ。そんなもん効くか」


 顔面まで達する前に、トロルは面倒くさそうにべりべりとアバドンの肉塊をはがし、すぐさま丸めて壁に投げ飛ばした。


 その威力たるや、新たな通路が出来るのではと思える程、壁の奥深くにアバドンを埋め込んだ。


「アバドン、大丈夫!?」


 思わず叫ぶリシュエルだが、それに気付いたトロルがいやらしい笑みを浮かべる。


「お、なんだか知らねえが雌がいるじゃねえか。待ってろよお。あいつが終わったら、お前でお楽しみの時間だあ」

「誰があんたなんかと! それにまだ終わってないわよ。うちのエースを舐めないことね」


 げへへと笑うトロルに向かい、凛とした態度で反発するリシュエル。

 まだアバドンの勝利を信じているのだ。何故なら──


「打撃も締め技も無効。なれば、直接喰らってやるしかあるまいな」


 デュラハンとしての本気をまだ見せていないのだ。


 言うが早いか、アバドンの全身からヘルハウンドの顎が生え始め、次々と首を伸ばしてはトロルの各所をがしゅがしゅと食い千切って行く。


「うおお! いでででで!」


 悲鳴を上げながら、身を庇うトロルだが、アバドンの牙の波状攻撃は、良い的とばかりにその全身を抉り取る。


 さすがのトロルも切断には弱いと見え、骨が見える程にかじられては万事休すか。

 数秒、その動きを止めた。


 その隙を見逃すアバドンではない。

 とどめの一撃が、トロルの腹部に風穴を開けるべく迫った時、リシュエルは信じられないものを見た。


 あれだけのダメージを受けたにも関わらず、ぼこぼこと膨張するかのようにトロルの肉体は元に戻って行ったのだ。


 そして己に向かって伸びてきた首をがしりと捕まえると、全身に絡み付いた首もまとめて束ね、強く引っ張り、不意を突かれたアバドンのバランスを崩した。


「もう怒ったからな! ただのお仕置きじゃ済まねえぞ!」


 一つ咆哮すると、トロルはアバドンを一本釣りよろしく軽々と宙に振り上げると、反対側の壁へと激しく叩き付けた。


 巣穴が崩れかねない衝撃が広場を襲うが、トロルはおかまいなしに、


「これで終わりだと思うんじゃねえぞお!!」


 再びアバドンを持ち上げ、別の場所へ叩き付ける事を繰り返し始めた。


 アバドンは岩壁に衝突するたび、赤い液体を撒き散らし、無抵抗でされるがままになっている。最早死に体なのだろうか。


 リシュエルは最悪の事態を想定し、自分の武器を確認し始める。


 アイン、ツヴァイ、ドライは無傷で側に寄り添っている。

 この三匹で翻弄しつつ、アッシュガストでトロルを窒息させるのが最善と思えた。


 が、その算段は杞憂と終わる。


「貴様の力量、大体読めた。主よ。悦楽の一時に感謝を」


 振り回されながらも、しっかりとした言葉を吐くのを、リシュエルは聞いた。


「何強がってんだ! おらに手も足も出なかったくせによお!」

「そうだな。だが、まだ出せる物がある」


 トロルが再び壁に叩き付けようと、空中にアバドンを引き上げた時だった。


 アバドンの首の束がどろりと溶け、トロルの手からあっさり抜け出したのだ。


「お、おろ、なんだこりゃ」


 トロルがぐにゃぐにゃとなった肉塊を持て余している内に、アバドンはその背後を素早く取っていた。

 そして、首元から股間まで、びしりとひびが入ったかと思うと、ぐばりと左右に巨大な口と化してトロルを一息に呑み込んだ。


「うわあ、なんだあ……!!」


 アバドンの甲冑越しに、トロルの驚愕の声が響くが、それはすぐに悲鳴に変わって行った。


 アバドンは丸呑みにしたトロルを回復させまいと、腹の中で無数の牙をもってミキサーのように咀嚼しているのだ。

 それはまるで、鉄の処女アイアンメイデンと呼ばれる拷問器具さながらの食事の光景であった。


「トロルの踊り食いとは悪くない。多少の手間をかけただけあって、実に喰いでがある」


 激闘を制し、自分より大きな相手を飲み込んですら、アバドンの口調は全く乱れがなかった。


 やがて完全に沈黙したトロルを消化するのみとなり、初めてリシュエルは勝利を確信した。


「やった! やったわ! 完全勝利~! よくやってくれたわ、アバドン!」

「うむ。勝利の味もトロルの味も、双方美味なり。これで吾輩はまた強さの極みに近付いた。主に多大なる感謝を」


 食後の祈りを捧げるアバドンに、舞い上がって小躍りするリシュエルは抱き着きたい衝動を必死にこらえた。実行すればトロルに次ぐデザートになりかねない。


 そこで、はたとゴブリンどもの存在を思い出す。


 アバドン達の激闘が余程恐ろしかったのか、全員指定した姿勢でぶるぶる震えているままだったのだ。


「ああ、ごめ~ん。忘れてた。トロルは倒したから、もう自由にしていいわよ」


 その言葉が呪縛を解き、ゴブリン達は揃って無事を喜び合った。


「お陰様で、トロルの暴威から解放されました。ありがとうございます」


 初めに見かけたゴブリンシャーマンが、恭しく礼をしながらリシュエルに話しかけてきた。


「礼はいらないわ。こっちが勝手にやった事だから」

「それでは今後は、あなた様方にお仕えすればよろしいのでしょうか?」


 一度隷属したゴブリンは、主体性を失い、常に主を求めるようになることが多い。彼らもその類であるようだ。


「ん~、それもいらない」


 リシュエルは笑顔のままで、きっぱりと断った。


「生きてるゴブリンは、いつ隙を見て裏切るか知れないしね。アバドン、こいつらも皆殺しで」

「な、なんですとおお!?」

「承知。食後のデザートであるな」

「ああ、ちょっとは残しておいてよ! ゾンビにするから!」


 その後、アバドンと三匹のデスウルフによってゴブリンの処断は終わり、晴れてリシュエル達は安全な拠点を完全制圧したのであった。

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