第10話 突入
意気軒昂なまま突入を果たしたリシュエルは、前衛をツヴァイとドライに任せ、遠隔操作中のアッシュガストで他の通路の様子を見ていた。
アッシュガストが塞いだ通路は、壁がそのまま中央広場まで押し進んでおり、気付いた見張りが喚きながらこん棒で殴り掛かるも手応えはなく、逆に大量の灰の中に取り込まれて息の根を止められてゆく。
それを見た他のゴブリンは、慌てて奥へ逃げ出すしかできず、予定通りに進んでいた。
対してアバドンはと言えば、昨夜の内にスライム族でも取り込んだのか、身を流動体と化して、土石流の如くに、立ち塞がる、あるいは逃げようとするゴブリンどもを問答無用に呑み込んでいった
手が付けられない、とはこのことだろう。
リシュエルは少しばかりゴブリンに同情を覚えた。
この分なら双方とも、問題なく広場まで達するだろう。
こちらも急がなければ。
とは言え、ゴブリンにとっては真夜中の出来事であり、巣の中は蜂の巣をつついたような大パニックであった。
出会い頭にねぼけたゴブリンを一撃で葬るだけで事足りる。
通路のゴブリンを一掃し、中央広場へ着いた頃には、他二組もほぼ同時に到着を果たしていた。
「な、なんじゃ! なにごとじゃあ!?」
他のゴブリンよりもほんの少しだけ良い身なりに杖を持った老いたゴブリンが、盛んに戸惑いの声を上げるのが耳に入った。
長のゴブリンシャーマンだろう。
リシュエルはそちらへアッシュガストを差し向けると、
「静かにしなさい! 今からトロルを倒す! 巻き添えで死にたくない者は、五つ数える間にうつ伏せになって、両手を頭の上で組みなさい!」
「おい、お前! 何様のつもりでこんな真似……を……」
近くで食って掛かってきた若いゴブリンの脳天を、リシュエルは容赦なく撃ち抜いた。
「他に死にたい奴はいるかしら? なんなら今すぐ皆殺しにしてもいいけど」
「ひ、ひいい!? み、皆従うんじゃ!」
リシュエルの冷ややかな恫喝にすっかり怯え、他のゴブリンは全員あっさり投降した。そこをアッシュガストの壁で囲む事も忘れない。
「さあ、アバドン! これでトロルとの間に邪魔は入らないわよ。思う存分殺っちゃって!」
「それは重畳。さて、噂のトロルとやらはどんなものか、見せて貰おうか」
アバドンが流動体から元の鎧姿へ戻った頃、広場の中央がもぞりと動いた。
「な……」
広場の真ん中は、異常なほどにこんもりとした丘になっており、始めリシュエルは、餌を積んだものだと思っていた。
が、それはとんだ間違いであった。
広場の三分の一程度を占める肉の塊。それは全てトロルの身体だった。
巨漢のアバドンのさらに倍はあろうかという巨大なトロルが、今頃になって昼寝から目を覚まし、上体を起こしたのだ。
「うるせえなあ……なんだあ? おらの昼寝を邪魔しやがっげふう!!」
山のような巨体がバランスを崩し、ごろごろと壁際へ転がり小規模な地震が起きる。
トロルが立ち上がる前に、素早く突っ込んだアバドンがその横っ面へ拳を捻じ込んだのだ。
「不意打ちが卑怯などと言うでないぞ。敵前で隙を晒す方が悪いのだ」
アバドンは勝機を逃がさず、壁にぶつかったまま今だ動かないトロルへ肉薄し、その背中へ拳打の雨を降らせる。
「お、おお。このままいけちゃう?」
リシュエルが期待に胸を膨らませた時、それは起こった。
「──なんだってんだよもう。くすぐってえなあ」
丸まって防御をしていたのではなかったのか。
トロルは何事もなかったように半身を捻ると、片手でアバドンをばちりとふっ飛ばしていた。
もう片手には、喰いかけと思われるゴブリンの死骸が握られている。
「おらは起きたらすぐ飯を食わねえとイライラすんだあ。昼飯の邪魔するってんなら、おめえから食っちまうぞ、ああ!?」
身体が大きければ声も大きい。
不機嫌全開と言ったトロルの絶叫が、広場全体をビリリと揺らした。
「あれだけの攻撃が、効いて、ない?」
リシュエルの衝撃は計り知れない。
アバドンの拳で破壊できなかったものなど、今の所見た事が無かったからだ。
おまけにあの怪力。
超重量を誇るアバドンが、まるでボールのように弾き飛ばされて行ったのは、自分の目で見た今でも信じられなかった。
その吹き飛ばされた当人は──
「少々、甘く見ていたな。全力を出さずにいた事を恥じるべきか」
反対側の壁に埋まっていたアバドンは、瓦礫をどかしながら身を穴から引き上げた。
さすがに無傷ではないだろうが、戦闘続行に問題はなさそうだ。
むしろ闘志に火が付いた様子である。
「ごちゃごちゃうるせえってんだよお! ああめんどうくせえ! 絶対ぶっ殺して食ってやるからな!」
「その言葉、そのまま返そう。そして勝利を主に捧げん」
のそりと立ち上がったアバドンの身体の輪郭が、ざわざわと崩れ始めていた。
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