第7話 反逆への一手

「さて。あなたのながーい朝食も終わったところで。本日の予定を発表しまーす」


 時刻はすでに昼近くになっており、それですら喰らった獲物を吸収しきれず、地に大の字に転がっているアバドンに向け、リシュエルは皮肉げに言った。


「ふむ。戦か」


 体積が倍程にも膨らんでいるアバドンは、それでも間髪入れずに切り返す。

 「食事」の過程で得た声帯を用い、渋い肉声を発して。


「あなたの頭の中はそれしかないのね……まあ、正解だけど」


 徹底してぶれないアバドンの姿勢に、ある意味敬意を感じながら、リシュエルは説明を開始する。


「あたしが命からがら落ち延びて、ようやく落ち着いたのがここだっていうのは話したわよね?」

「うむ。聞いた」

「で、これから地道に手駒を増やして、復讐に乗り出すぞ~ってところにあなたと出くわした訳だけど。人数も戦力も増えたし、思い切って引っ越ししちゃおうかなーって思うのよ」


 頭上の小屋を見上げ、リシュエルは続ける。


「正直あの小屋じゃ寝泊まりがせいぜいで、研究するにも手駒を置くにも無理があるの。仮に他人に見つかった場合、防衛力も皆無だしね」

「確かに。木の根元を薙ぎ払えば一撃で堕ちるであろうな」

「そんなことができるのは、あなたや魔王軍のやばい連中くらいでしょうけど。用心に越したことはないじゃない?」

「うむ。古今東西、防備を怠った者の末路は惨めなものと決まっている」


 ようやく消化が一段落したのか、むくりと起き上がるアバドン。

 しかしそれでも、立っているリシュエルより大きいが。


「そう言い出すからには、すでに目標を定めているのであろうな」

「ええ、もちろん。元々あなたなしで決行するつもりだったしね。調べは上々よ」


 リシュエルは鼻高々に、斥候をこなしたデスウルフ達の功績を褒め、本題に入る。


「この近くの山の麓に、ゴブリンの巣穴があるの。そこを奪うわよ」

「ゴブリンか。成程。適度な広さがあり、余程酔狂な者しか寄り付かない良物件ではないか」

「でしょー。近くの村から女の子や作物を奪っているみたいだから、その被害も減って村は安心。あたし達はしっかりした拠点を得られて安心。win-winよね」

「村? 不意にゴブリンどもが姿を消せば怪しまれはしまいか」

「ふふん、それも計算の内よ。迂闊にも確認に来た村人は手当たり次第に捕獲! そして加工! つまり村人ホイホイになるって訳よ」

「成程。それで村が総出で動くようであれば、こちらから打って出て蹂躙すればよいのだな」

その通りザッツライト! いやー、自分の才能が怖くなるほどの完璧な策よねー」

「まず巣を落とせればの話だがな」


 盛大にドヤ顔を晒すリシュエルに、水を差すようにアバドンが言う。


「何よー。あたしの策にケチつける訳?」

「皮算用だと言っている。まず目前の事へ集中せねば、為せるものも為せん。臆病愚劣なゴブリンと言えど、必死であれば勇敢な行動に出る事もあるのだ」

「……たまーに説教臭いわよね、あなた」

「これでも神官であるからな。そうも聞こえよう」


 大分元のサイズに縮んできたアバドンは、立ち上がると準備体操を始める。


「さて。やるならこの後すぐ。昼の内であろう?」

「もちろん。夜行性のあいつらの寝込みを襲って、パーティータイムといくわよ!」

「うむ。改造したての身体の試運転に丁度良かろう」

「思いっきりっちゃって! 全部無駄なく加工するから。あ、でも洞窟自体はあまり壊さない程度にね?」


 念のため、と刺したリシュエルの釘に、アバドンが一瞬動きを止めた。


「……考慮はする」

「ちょっと、今の間は何!? あなた、アジトにするってこと忘れてたでしょ!!」

「いや、覚えてはいた。優先順位を下げていただけだ」

「こるああああああああ!! 最優先でしょうが、ばっかもーん!!」


 拾った枝で背中をべしべしとリシュエルに叩かれるのを、甘んじて受けるアバドン。


 そうして一行は、騒がしくゴブリンの巣へと出発した。



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