第6話 メタモルフォーゼ
新たな仲間を得た安心感か、はたまた就寝前のアバドンの奇跡が効いたのか、その日のリシュエルの目覚めはとても爽やかだった。
なけなしの着替えをしていると、小屋の下ではがたりばさりと何やら騒がしい。
アバドンが狩りの獲物を捌いているのだろうか。
食べられそうなものがあれば分けて貰おう、などとのんびりしたことを考えつつ、小屋の窓から顔を出して声をかける。
「おはよう、アバドン。大猟だったみたいね」
『うむ。想像以上に豊かな森であるな、ここは。思わず張り切ってしまった』
振り返りもせずに作業へ没頭するアバドンの態度にかちんときたリシュエルだが、よくよく観察してみれば、黒銀の鎧姿はもふもふの毛皮に覆われ、下半身が四つ足獣のそれになり替わっているではないか。
「──って誰よあなた!?」
『異なことを。たった今、自分で名を呼んだろうに』
作業に区切りが付いたのか、上方の窓へ身体を向けるアバドン。
その姿は完全に異形の獣と化していた。
あちこちから獲物の首や四肢がはみだし、どくんどくんと脈打っている様は、朝一番に見るにはなかなかに刺激的な光景である。
「え、ちょ……何があったらそんなことに?」
『先日貴様から死霊術を奪ったであろう? 素材は余っていたのだ。まずは基礎の
「たったあれだけの情報から?」
リシュエルが驚愕するが、元々それらを凌ぐ最高位の奇跡を操れるのだ。今更別系統の魔術など、教本があればすぐに極めるだろうと思い至った。
「で、どう? 使い心地は」
『話にならん』
出来の良い弟子ができたつもりのリシュエルを、アバドンは容赦なく斬り捨てた。
『吾輩自身もそうだが、まずアンデッド化することで、元の身体能力より劣るのが問題だ。ヘルハウンドなど機動力が命だろうに、見事に駄犬と化したぞ』
「うーん、それは使い方と熟練度次第なんだけど……」
覚え立てのアバドンより、リシュエルが施術した方が上等なアンデッドを作り出せるのは言うまでもないが、そもそもが死霊術の利点は数による暴力である。
質を求めるならば、上位の魔物を確保し、入念な儀式に臨む必要がある。
が、その手間を考えれば、低級ゾンビの一斉波状攻撃で圧殺する方が効率がよいのだ。
『しかし先日の時点で、吾輩が証明したであろう。一体の精鋭により、統率された群れが蹴散らされる様を』
「あー、それは確かに」
『そこで吾輩は思い至った。主の啓示と言ってもよい』
地面へ几帳面に並べられた魔物の死骸を示して、アバドンの声に確信が漲る。
『魂ごと身体まで喰らい、吾輩が直接操ればよいのだと』
「はあああ!?」
なんという発想の飛躍であろうか。
思わずリシュエルは窓から落ちんばかりに身を乗り出して叫んでいた。
「ちょ、それ皮をかぶってるだけじゃないの!? 本当に合体してるの!?」
『うむ。なかなかの機動力を得たぞ。疑うならば、降りてきて確かめるがいい』
言われるまでもなく、リシュエルはデスウルフ達と共に小屋から飛び降り、アバドンの身体を凝視した。
「触れないから確信は持てないけど……確かに縫い目みたいなものはないみたいね」
『疑り深いことだ。なればこれならどうだ』
今だ納得のいかないリシュエルに向け、アバドンは一声かけた後、ぐじゅるぐじゅると名状しがたい音と変化を伴い、素材と混ぜ合わさったかと思うと、やがて元の黒銀の鎧姿へ戻って行った。
「ちょっと……次やる時は一声かけて」
グロテスクなものに耐性があるはずのリシュエルでさえ、精神に傷を負う程の大変身であったのだ。
まだ朝食前で良かったと、リシュエルは心から思った。
『そんな悠長なことでどうする。吾輩はこの強制進化の技法を用いて、更なる高みへ登ろうというのだぞ。その連れ合いが、いちいちこの程度で怯んでもらっては困る』
「あ、まさかここに並べた獲物ってもしかして……」
『無論、我が朝食兼、研究材料である』
「あー……じゃああたしは小屋で食事してるから、終わったら呼んでね」
『心得た』
リシュエルの動揺を気にせずに、アバドンは手近な獲物を手に取ると、なんと首元が肩口までぐばりと開き、鋭い牙が並ぶ巨大な口に変化したではないか。
そして獲物を一口で頬張り、がしゅがしゅと豪快に摂取する。
「ああああ、デュラハンの高貴なイメージが崩れて行く……」
デスウルフ達に抱えられるようにして小屋へ戻ったリシュエルは、外から響く咀嚼音のせいで、朝食を摂る気がまったく失せたのだった。
代わりに大量の疑問が頭を満たす。
上位の魔物は存在維持のために他者を喰らう。それは間違いない。
しかし食事と同時に魂まで奪うデュラハンであれば、肉体も喰らうことで、獲物の身体能力までも獲得してしまえるということか。
デュラハンはサンプル自体が少なく、確たることは迂闊には言えないが、アバドンが強くなる分には、リシュエルにとっても都合が良い事この上ない。
その過程を観察し、研究の糧とすれば、いずれ人工のデュラハンを産み出すことも可能になるかも知れないのだ。
「……ふふん。面白くなってきたじゃない。これで研究がはかどれば、あたしのアンデッド軍団の構想もさらに盤石に……ふふ、ふふふ……!」
耳を塞いで自己の世界へ入り込んだ主人に呆れ、デスウルフ達はアバドンの朝食に混ぜて貰いに地上へ降りて行った。
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