第4話 反逆の徒
『己を貶めた者どもへの復讐。それ即ち闘争である。
デュラハンは聖典の一節を読むように厳かな言葉を並べると、一度言葉を切って少女を値踏みするように見下ろした。
『貴様の選んだ闘争は、死霊術による敵対国家の制圧であろう。つまり同時に全世界への反逆に繋がるが、覚悟の上なのだろうな』
仮に復讐が成功した場合、少女は禁忌の術の使い手として周辺諸国を敵に回す事になる。それを計算に入れているのか、と言う問いであった。
「今更知った事じゃないわ。もう大人しくやられっ放しになるのはまっぴら。これからは私が世界に反逆するのよ! 文句ある!?」
過去の出来事でも思い出したのだろうか。喧嘩腰で肯定する少女に、デュラハンは落ち着かさせるよう聖印を切った。
『承知の上ならば、尚よし。鋼の意思にて己の道を切り開かんとする者こそ、我が主の祝福を賜るに相応しい。吾輩にとっても、この邂逅は新たな試練に相違あるまい。であれば、拒む理由などありはせん』
「えーと、なんだか小難しいこと言ってるけど、力を貸してくれるってことでいいのよね?」
『うむ』
「やった! ありがとう!」
少女は思わずデュラハンの武骨な小手を取り、両手でぶんぶんと握手をする。
が、
「──あ、やば……
即座に手を放し、少女はその場にへなへなと崩れ落ちてしまった。
『ふむ。触れただけでもドレインが発動するのか』
「うん……私の魔力抵抗が低すぎるせいもあるんだけど。さっき首を掴まれた時は、まだあなたがデュラハンとして覚醒し切ってなかったから無事に済んだようね」
リシュエルは恐る恐る自分の首を撫でた。下手をすれば、あそこで全てが終わっていたのだ。
「これからは、基本的に貴方が触れた生物は、片っ端から精気を奪われることを覚えておいて。高レベルの魔族なら別だけど」
『難儀なことよ。しかし、先刻とは名称が違うな。別の能力なのか』
「そう。エナジードレインは、あくまで上級アンデッドが存在を維持するための食事に過ぎないけど」
ふらつきながらもどうにか立ち上がり、少女は説明を続ける。
「ソウルイーターは、相手の魂を喰らうと同時に、その情報を読み取る特殊能力なのよ」
『魂の情報だと』
「そう。今は一瞬だったけど、恐らく私の能力の一部を奪ったはずよ。私の取り柄は死霊術しかないから、初級の
『ふむ。つまり、より強力な相手を喰らえば、相応の力が手に入るのだな』
「そう! そこがデュラハンの凄いところなのよ!」
デュラハンの確認に、何かのスイッチが入ったように興奮し始める少女。
「デュラハンは喰らった相手の能力を奪う力があるせいで、ある意味アンデッド最強と言われているわ。でもデュラハンは、遺体によほど強い怨念が
『これもまた主の思し召し。吾輩の信仰故であるな』
少女の怒涛の言葉の波を受けても動揺一つなく、天を仰ぐデュラハン。
首こそないが、腕を組んで深く頷いている様子が想像できる。
「それにしても、デュラハンは首とセットじゃないと本領発揮できないものと思っていたのだけれど。なんともないの?」
『うむ。視野は後方まで見渡せる上、テレパシーで会話ができる故、不都合は特にない。やはり我が信仰は脳ではなく、この胸に宿っているのだ。記憶の大部分はあちらに残っているようだが、まあ自我はあるのだ。問題あるまい』
今頃思い出したかのように問う少女に、デュラハンはあっけらかんと答えた。
「そ、そう。あなた、細かい事は気にしないタイプなのね」
人格がどこに宿るかは興味をそそる議題だが、この分では首の方の視界や感覚などは共有していないらしい。持ち帰った魔王が魔力で遮断したか、すでに処分した可能性はあるが。
少女の引きつった笑みに気付かず、デュラハンは続ける。
『人々に担がれる勇者ともなれば、多少の見栄えは必要であろうがな。吾輩は主に戦場を渡り歩く傭兵であった。外見とはとんと無関係よ。強敵を求めて様々な陣営に加わり、「
人間の頃から、その凄まじい戦闘力で戦場を荒らし回っていたのだろうと思わせる逸話である。
『ところで、貴様の術の一端が手に入ったという話だが』
「ああ、途中だったわね。参考までに、私が今ある材料でできる術を披露しておくわ」
少女はそう言い置くと、デュラハンに倒されたデスウルフ3頭分の死骸をかき集め、なるべく原型に近い形になおして岩盤へと横たえた。
「さあ、アイン、ツヴァイ、ドライ! 起きなさい!」
そう言いながらパンパンと手を叩いて見せると、時が巻き戻るようにして、3頭の傷が治って行き、ぶるぶると毛を振りながら、何事も無かったかのように起き上がったではないか。
『ほう。実に見事なり。特に呪文などはいらんのか』
「この子達は特別。手塩にかけて改造してあるからね。防腐処理、形状記憶、人語理解、その他盛り沢山詰め込んであるの」
感心するデュラハンに得意げな笑みを向け、3頭を抱擁する少女。
「これは特殊すぎて無理だろうけど、あなたが狩った低級モンスターくらいなら、すぐゾンビにできるんじゃないかしら」
『となると、狩った獲物がそのまま兵にできるわけだな。やはり便利な術だ』
嫌悪感を微塵も見せないデュラハンに、少女は半ば呆れたように息を吐いた。
「本当に、戦に役立つならなんでもいいのね」
今更になって気味が悪い、などと言われるよりはいい。
少女はそう素直に割り切る事にして、デュラハンに呼びかけた。
「そろそろ日も暮れるから、一度私の隠れ家に行きましょう。貴方の状態も、そこで改めて見てあげる」
『承知した』
デュラハンは己が散らかしたヘルハウンドの状態がよい部位を選び、マントに包んで担ぎ上げると、3頭のデスウルフを引き連れた少女の後ろをついてゆく。
「あ、そうだ。自己紹介まだだったわよね。私の名前はリシュエル。これからよろしく。で、あなたの名前は?」
『生憎と覚えておらん。好きに呼ぶがいい』
少女が歩きながら後方へ問うも、まるでこだわりのない答えが返ってくる。
「ふーん。じゃあ……アバドン、なんてどう?」
『聞き覚えがあるな。お伽噺だったか』
「人間界にも伝わってるんだね。遥かな昔、地上の全てを喰らい尽くそうとした深淵の王の名前」
少女はくすくすと笑い、振り返る。
「あなたは今からアバドンになるの。この魔界全てを平らげるためにね」
『そういう意図か。よかろう。我が前に立ち塞がる者全てを打ち負かし、呑み込んでくれよう』
「頼りにしてるわ、相棒」
後に、魔界を揺るがす最凶のコンビが生まれた事を、まだ誰も知らない。
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