第3話 喰らう者

 森へ消えた少女の必死な様子から察し、デユラハンはのそりと腰を上げ、いつでも動けるよう全身をほぐし始める。


 少女の意図は汲めなかったが、戦神の使徒として、闘争の匂いを感じ取ったのだ。


 果たしてしばらくすると、少女が森から飛び出してきた。

 その背後に多くの獣達を連れて、だ。


「──お待たせ! 話は後で、とにかくこいつら全部やっつけちゃって!! これ持ってれば勝手に襲って来るから! はい!」


 少女はデュラハンを確認するや否や、血の匂いの染みた小袋を遠くから投げ渡した。


 そして自らはデュラハンを迂回して駆け抜け、岩礁の向こうへ隠れてしまった。


「そいつらはヘルハウンド! けっこう強いから、手加減しないでいいからね~!」


 ヘルハウンドは、少女が連れていたデスウルフより一回り大きな肉食獣である。狼と似た風貌と習性を持ち、群れで狩りをし、口からは炎のブレスを吐く難敵だ。


 なんとも無責任な話だが、襲って来ると言うならば、それは闘争である。


『よかろう。ちょうど身体を動かしたかったところだ』


 恐らく首の上があったなら、にやりと一つ笑みを残しただろうと思える程、デュラハンは意気揚々とヘルハウンドの群れを迎え撃った。


 まず正面から間近に迫った一頭へ距離を詰めると、瞬時に喉元を手刀で貫き、後続の群れに投げ捨て、まとめて吹き飛ばして足止めとした。


 その間に左右から挟み込もうとした群れの動揺を逃さず、右側へ凄まじい速度のタックルで駆け抜け、右翼を一撃で壊滅させる。


 その頃には態勢を立て直した正面の群れが左翼と合流し、一斉に口から業火を吐き出した。


 岩をも溶かそうかと思える熱気の中、デュラハンは片手をかざしたのみで猛る炎を鎮火させてしまった。


 これにはヘルハウンドだけでなく、こっそり様子を伺っていた少女も度肝を抜かれた。が、神の加護を受けているならば、これくらいできて当然なのだろうと思い直す。


 少女が思考を巡らせている間にも、デュラハンは動きを止めず、切り札をあっさり打ち消されパニックになった群れへと飛び込み、ひたすら暴れ回った。


 ぐしゃりと頭蓋を割っては、ばきんと背骨をへし折り、べきべきと四肢を引き裂く音が鳴りやまぬ。


 終いには面倒になったのか、複数のヘルハウンドの屍を両手にそれぞれ掴み上げて、まるでハンマーのように振り回し、逃げ惑う憐れな獲物達を叩き潰していった。


 虐殺劇は、時間にして、およそ5分もかからなかったろう。


「すごい……」


 傍観していた少女は、かろうじてそれだけ声に出した。


 それほどに衝撃的で、一方的な殺戮だったのだ。


『取るに足らん。──さて。釈明を聴こう』


 ふと少女の頭上に気配が生まれる。


「ひぇっ!」


 デュラハンはいつの間にか、少女の隠れていた場所まで見付け出していたのだ。


『貴様は吾輩の敵ではないと言ったな。そこへこの仕打ち。納得行く理由が無ければ……』


 そこまで言って言葉を切ると、デュラハンは手にしたヘルハウンドの頭を柘榴のように握り潰した。


「も、ももも、もちろん! ちゃんとした理由があるから! まず落ち着いて、ね! ね?」


 両手をわたわたとさせる少女を見下ろし、デュラハンはぽつりと呟く。


『うむ。心当たりがないでもないが』

「え?」

『森に入る寸前までの会話を反芻はんすうしたまでよ。途中までであったが、要はアンデッドの身体の維持には、特殊な栄養というべきものが必要だと、貴様は言いたかったのではないか?』

「あ……そ、そうよ! 話が早くて助かるわ」


 ほっと胸を撫で下ろしつつ、少女は舌を巻いた。


 優れた戦闘力に加えて、知恵も回る。戦士の理想像ではないか。


 少女は軽い嫉妬を覚えながら息を整えると、改めて説明を始めた。


「スケルトンやゾンビみたいな下級アンデッドには無縁な話なんだけどね。あなたのようなデュラハンやリッチ、ヴァンパイアとかの上級アンデッドは、存在するだけで膨大なエネルギーを消耗していくの」

『道理で。起きてからずっと飢えを感じていた訳だ』

「そうでしょう? だから定期的に生贄を捧げたり、本人が直接狩りをしたりして生命力エネルギーを補給する必要があるのよ。さっきは急いでたからあんな形になってしまったけれど、どう? お腹の虫は収まったかしら」

『うむ。今は満たされたようだ」


 人間の頃の名残か、デュラハンは腹部をさすって見せた。


 撃退した群れの総数は20頭あまり。これなら二、三日は食事を必要としないだろうと少女は請け負った。


『しかし解せん。何故あれほど急ぐ必要があった? 説明を受ければ吾輩自ら狩りに出たものを』


 もっともな質問に、少女は苦笑した。


「上級アンデッドは、空腹を感じた時点で自己保全機能が働くのよ。具体的に言えば、生命奪取エナジードレインが発動して、近場にいる弱い生物から強制的に生命力を奪って糧とするの。だからあれ以上会話を続けていたら、あたしは今頃干からびてたかも知れない。遠くから狩りを押し付けたのも、近寄るだけでアウトだったから。事後報告になってしまって、ごめんなさい」


 深く頭を下げる少女に、デュラハンは手で制した。


『納得行った。であれば責める筋はない』


 と、実にあっけらかんと許してみせた。


「……けしかけたあたしが言うのもなんだけど、怒ってないの?」

「馳走を振る舞って貰って怒る要素がどこにある。闘争と食事が同時にできるようになったのだ。これも主の思し召しであろう。ありがたいことだ』


 ぽかんとする少女の質問に、実に狂信者らしい返答をするデュラハン。


『しかし。貴様は腐ってもエルフ族であろう? エルフは高い魔力耐性を持つと聞く。アンデッドごときの魔術にすら耐えられんのか?』


 エルフは種族全体の特徴として、総じて魔力が高い。魔術に通じた者であれば、無自覚に魔術障壁を張っているはずであり、生命奪取エナジードレインの標的にはなり得ぬはずであった。


「あー……あたしは……落ちこぼれなんだ」


 恥じ入るように、フードを目深にかぶり直す少女。


「本来ならあるはずの魔力が、ほとんど無い体質でね。そのことで、色々いじめられてきたの」

『成程。それで魔力の消費が少なく、ルーン文字だけで事足りる死霊術を選んだか』


 納得いったとばかりに呟くデュラハンに、今度は少女が目を見開いた。


「あ、あなた、死霊術に詳しいの?」

『聞きかじりだ。詳しいというほどではない』


 英雄の周囲には、やはり英雄が集まるものだ。そしてその中には、敬われる死霊術師もいたのかも知れない


 自分もいつかそうなりたいものだ。


 少女はデュラハンに憧憬のまなざしを向けつつ、問いかけた


「ねえ、あなたはこれからどうするの? 首を取り返しに行くの?」

『うむ。あやつと決着もつけねばならんしな』

「じゃ、じゃあさ、あたしをガイドに雇わない? 地理には明るいし、死霊術にも自信はあるから、身体のメンテもしてあげられるよ」

『ふむ。渡りに船だが。貴様にメリットがあるのか?』


 当然の疑問がデュラハンから問われる。


 ここが正念場だ。疑念を持たれないように、誠心誠意、頼み込まなくては。

 少女は一つ生唾を飲み込んで、契約内容を口にした。


「そっちの用事が終わってからでいいから、あたしの復讐を手伝って欲しいの」

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