第2話 戦神の狂信者

『──と言う具合に、かつてない死闘であったが、ついに吾輩は隙をついて、奴めの首をねじ切ったのだ。しかし奴も奥の手を残していてな。ほぼ同時に吾輩の首も、奴の伸ばした鋼のような舌によって斬り飛ばされていた。その瞬間吾輩は復活リヴァイヴァルの奇跡を願い、一時的に仮死状態となって、あとは首さえ繋がれば無事元通り、という算段だったのだが。奴め、突然転移魔術を発動し、我が首ごと逃げ去りおって』

「待って、待って待って……情報量が多い! 一回整理させて!」

『む? 仕方あるまい。しばし休憩だ。吾輩も考えをまとめねばならん』


 興が乗ったところへ水を差された形だが、首なし戦士デュラハンは気を害した様子もなく、腕を組んで思考に耽り始めた。



 少女を解放した後、岩にどかりと座り込んだデュラハンだったが、状況把握のために、自然と死の直前の記憶を話す流れとなったのだ。


 戦神の使徒を名乗るデュラハンは、最高位の司教クラス、つまりはほぼ全ての奇跡を発現し得る熱狂的な信者であると自負し、復活の奇跡が失敗したとは露程つゆほども考えていなかった。


 少女もそれには同感で、デュラハンの全身には高純度の神気がみなぎっているのが感覚的に理解できた。アンデッドとしては矛盾しているが、聖属性のデュラハンとでも言おうか。


 事前に分析した際に何も反応がなかったのは、彼が目覚めた時にのみ発動する奇跡だったのだろう。

 恐らくは、少女の刻んだ死霊術と異常な混ざり方をしてなってしまったのだ。



 しかしそこを納得したとしても、突っ込みどころが多すぎた。



 エーテル海から流れ着いた事と、本人の弁も含めると、恐らく鎧の中身はあちら側──人間族なのであろう。


 魔界育ちの少女が見るのは初めてだが、魔族よりは身体的に遥かに劣ると聞いている。

 それが、首を飛ばされた瞬間に術を行使するような反射神経を、果たして持ち得るのだろうか?



 加えてもう一つ重要な点が、エーテル海ので魔物と対峙した、という事実。



 前述したように、魔界と人間界は現在隔絶されている。


 これは500年前の人魔戦争にて、果ての無い戦に疲れ切った両陣営が、決して交わらねば戦も起きまいとして、境界線を共同で作り出した。それこそがエーテル海なのだ。


 両種族は完全に別たれて、双方の大陸に異種族は残っていない、というのが通説である。


 しかし、エルフの王国第二王女の地位にいた少女は、機密として知っていた。


 近年目的は不明ながら、他国の魔王が頻繁にエーテル海を越えて、密かに人間界を視察している事を。


 ただし魔王と言えども、エーテル海を越えるだけの力を持つ使い魔を作るには、並大抵の魔力では足りはしない。

 それこそ魔王本人と同等の使い魔を生み出しているはずである。


 そして、人間界に他の魔物がいない以上、デュラハンが引き分けたという相手は、その使い魔である可能性が極めて大きい。


 即ち、目の前にいるこの人物は、実力を備えている事になる。


 そこへきて、少女は思い出した。


 人間の中には特定の神を信仰し、その加護を得る事によって超人的な能力を発揮する傑物が生まれる事があると。


 それ故、能力的にも身体的にも優位なはずの魔族と、脆弱な人間族が長年互角に戦えていたのだ。


 そして少女は悟る。

 目前の人物も、そんな信仰を極めた英雄の一人なのだと。


 彼は初めに戦神の使徒だと確かに言った。であれば、戦闘力に特化しているに違いない。


 少女自身、エルフの軽装戦士として鍛えているが、まるで反応できなかったのだから。



 そして少女は続けざまの閃きに、背筋を貫かれた。



 もし。


 もしも、この戦士をうまく説得して従者にできたなら。


 一騎当千の猛者を得るも同然なのではないか。


 いちいちアンデッドの軍勢など用意せずとも、祖国へ復讐を果たせるのではないか、と。


 そう考えるだけでぞくぞくと恍惚感に見舞われる少女だが、不意にデュラハンの声がそれを遮った。


『そろそろ落ち着いたか。次は貴様の話を聞かせよ。その肌が黒い理由もな』


 迂闊だった。


 怒涛の展開に押し流され、自分の素顔を覆うフードがすっかり脱げ落ち、肌とくすんだ金髪が露わになっている事に気付かなかったのだ。


『その尖った耳。ダークエルフであろう。罪を犯した者がその肌の色を得ると聞いたが』


 外見だけでそこまで看破され、狼狽える少女。


 どうやら戦闘だけでなく、知識も相当のようだ。

 これは誤魔化しが効く相手ではないと悟り、少女は素直にこれまでの経緯を話す事にした。


 エルフの王族の血統でありながら、魔術の才がなく、幼少期から邪険にされてきたこと。


 唯一ものになった死霊術のせいで更なる迫害を受け、実の家族に処刑されそうになった事。


 何もかもを投げ出し、逃げ出してきた先がここであり、復讐を誓った事。



 デュラハンは口を挟まず最後まで聞いていたが、少女が語り終えると、ふと口火を切った。


『アンデッドを戦に投入か。思い切ったことを考える』

「どうせあなたも馬鹿にするか叱りつけるんでしょ。はいどうぞ! 慣れてるもんね!」


 ふてくされる少女に返って来たのは、実に意外な言葉だった。


『いや。実に良き案である』

「……え?」

『生とは不断の闘争なり。生きる為には形振りなど構っていられぬ。まして国の存亡をかけるならば尚更な。それでも屍と化せば、ただの肉塊、骨屑よ。それを有効利用して何が悪い?』


 その言葉には侮蔑も侮辱もない、真っ新な同意が乗っていた。


『我が主の教えは、勝利こそ真理。勝つために手段を選ばぬ者こそ、祝福に値する。生き伸びるために汚辱に耐え、復讐に燃える汝に幸あらん事を』


 デュラハンは簡易な祈りの仕種と共に、少女の心へ明かりを灯した。



 初めてだったのだ。



 自分の往生際の悪さ。嫌悪の対象でしかない才。逃れようもない罪。

 それらを全て認めると言う。


 コンプレックスの塊だった少女の心は、その時確かに癒されたのである。


 思わずフードを乱暴にかぶり、泣き顔を隠す少女。


 響く嗚咽を聞こえぬふりをして、デュラハンは一人呟いた。


『それにしてもデュラハンか。見た事すらなかったが、まさか自分がなるとは』


 言いながら、感慨深げに体の動きを確かめている。


『ふむ。以前よりもよほど具合がよい。娘。死霊術師として見込んで助言を請う。何か注意すべき事柄などはあるか』


 すでに人間を辞めた形になっているにも関わらず、とんと気にした様子がない。やはり戦に役立つのならば何でも構わないのだろう。


「え、えーと……生物じゃないから、普通の食事はいらないんだけど。体の維持には相応の──ってあああああああ! やばいやばいやばい!」


 まだ涙の跡を引きつつ律儀に堪える少女だが、途中で血相を変えて立ち上がった。


「ちょっとここで待ってて!! すぐ戻るから、絶対ここにいてね!?」

『うむ? 構わんが』

「絶対、絶対よ!?」


 念押しして少女は浜辺を離れ、付近の森へと駆け込んで行った。


『慌ただしい事だ。……それにしても、空腹である』


 デュラハンは一人ごち、無い首で人間界とは若干色味の違う空を見上げた。

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