第ニ章 魔女と共に生きる村

第13話 魔女と共に生きる村 ①

 遠くにミアトー村が見え始めた。

 ミアトー村は私の住んでいる森に近い場所にあるあまり大きくはない村だ。周囲には果樹園や茶畑が広がり、それ以外の農作物も多く栽培されていて、いつ見ても緑豊かな地域だ。

 私はこの村にも都市機能の維持のために魔力を供給している。さらには本で読んだ知識を活かして、果樹園や茶畑を中心に元々植えてあったものの品種改良を手伝ったり、天候不順に対応するために都市機能の魔法陣をいじったりと、村にも畑にもかなり手を加えていた。そこまでこだわるのには理由があった。

 それは紅茶と酒を守るため。

 その紅茶や酒も美味しくするための手法を仕入れては村で試行錯誤して、そうやってできたのが今のミアトー村の茶葉と酒だ。市場に出回る量は少ないもののとても高値で取引されている。

 それも私がストベリク市の宰相や高官、役人などとの会食の場で勧めたところ、その確か味と永き時間を生きている魔女の推薦ブランドということで、ミアトー産の商品はその出回る量が少ないこともプレミアになり、富裕層を中心に人気が出た。


 ミアトー村の中央付近に位置する広場に降り立つと、すぐにそこかしらから村人が集まってきた。


「魔女様! ようこそ、ミアトー村へ」

「わーい! 魔女様だー」

「魔女様、今日もお美しい」

「魔女様! ジャムの新作ができましたので、時間があったらぜひ試食を」


 口々に発せられる言葉だが、村人同士それなりに気を遣っているのか、何を言っているのか不思議と聞き取ることができた。

 そして、少し遅れてミアトー村の村長ダニエリクが息を切らしながらやって来た。


「これはこれは魔女様。ようこそいらっしゃいました。ミアトー村はいつでもあなた様を歓迎いたします」

「ずいぶんな挨拶ね、ダニエリク。いつも言っているでしょう? 丁寧な挨拶はいらないと」

「そうは言いましても、これは失礼がないようにと最低限の礼というものでしょう?」

「それが不要だと言っているのよ。この問答も何度目かしら?」

「私がこの村の長になってからなので、もうすぐ十年でしょうか? その間はずっとですね」

「そろそろ学習してほしいところね」


 私が思わず笑ってしまうと、周囲で聞き耳を立てていた村人も笑い出す。それほどまでに毎度のおなじみのやり取りだ。


「では、よろしければ私の家へ。話はそちらでゆっくり。紅茶も用意させてますゆえ」

「ええ、わかったわ」


 ダニエリクの先導で人垣が割れる。そこでふと足を止め、


「そこのあなた。新作のジャムの味見をしたいから、何か付け合わせになるものと一緒に持ってきてくれるかしら?」


 と、ジャムの話をしてきた男性に声を掛ける。そのことに「分かりました! すぐに持って行きます!」と大声で嬉しそうに返事をする。そのことで今度は私に出すためのお菓子論争が始まるが、それは放置して、ダニエリクの後を追った。


 この村ではなぜか競って、私に声を掛けてもらいたがる節がある。さらには、お世話になっているからと恩を返したがる節も。この村の女性の間では、協力して私の身に着けるローブや帽子、ブランケットなどの日用品を作って送るというのが冬の農閑期のうかんきの間のたしなみになっていたりする。私が修繕を頼んだにもかかわらず、新品を送り返してくる空気の読めなさだ。

 しかし、私の着古した服などはその年に生まれた子供や老人に長寿のアミュレットとして再利用していると聞かされているので、悪い気もしないし、何も言えないというのが本心だ。

 そうやって、ミアトー村はうまく村人同士が支え合い、慎ましく平和に暮らしている。今の世界情勢では信じられないほど恵まれた楽園と言っていいほどに。


 村長宅に着くと応接用の部屋に通される。ソファーに深く腰掛けると、ダニエリクはテーブルを挟んで向かい合うように座った。そこに村長の家でお手伝いをしている女性が紅茶を持ってきてくれた。もちろん私の好きなこの村特産の紅茶。


「さて、シェリア様。すぐに話を始めますか? それとも一息ついてからにしますか?」

「そうねえ。さっき声を掛けたジャムが届いてからにしようかしら? 途中で話の腰を折られても面倒でしょう?」

「それもそうですな」


 ダニエリクは肩の力が抜けたのか、ふっと笑みをこぼす。私の目の前で笑う顔を少年時代から知っている。当時はただ私を追いかけてくるやんちゃな子供だったとは、今の落ち着いた村長の姿に慣れた村人はなかなか信じられないだろう。

 そんな昔のことを思い出しながら、笑ってしまいそうになるのを紅茶を飲んで誤魔化すことにした。

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