第14話 魔女と共に生きる村 ②

 村長宅にジャムとパンケーキが届けられ、それを食べながら村長と話をすることにした。

 今日、村に立ち寄った用件は明確だけれど、その前にひとつ確認をしなければならないことがあった。


「ねえ、ダニエリク。あなたに会うのはどれくらいぶりだったかしら? 一年くらいだったかしら?」


 私はミアトー村には訪れる頻度が高い。理由として私がこの村を重要視している以前に、単純に雰囲気などを気に入っているからだ。それだけでなく私の食料面の世話をしているのが主にこの村で、さらには普段着ているローブやドレスなどの衣類もこの村で作られている。だからこそ、持ちつ持たれつな良好な関係を維持するためにも足を運んでいる。そこには自分の住んでいる家から近いという理由も大きいのだけれど。


「そんなに経ってはいませんよ、シェリア様。前回来られた際はたしか新酒しんしゅを振る舞いましたので、半年ちょっとくらいでしょうか?」

「ああ、そうだったわね。私にはもう細かい時間の感覚は分からないのよね」

「私たちは季節の空気を感じながら日々を生活しますので、その分、年単位での時間には正確かもしれませんね」

「あなたたちはたしかにそうね」


 畑の管理は一日単位でも年単位でもやることが決まっている。

 春の芽吹きに喜び、夏に成長を楽しみ、秋は収穫を祝い、冬は春を待ちながら休む。

 そういう一生を送れるというのは幸せな人生なのだと思う。私には望んでも送れない人生だから、なおさらそう感じるのかもしれない。


「それでシェリア様。本日は何かご用事があったのでしょうか?」

「ここに来る前にストベリク市に寄ってきたのだけれど、そこでストックの紅茶やジャム、お酒などけっこう使ったのよね」

「そうでしたか。それならば、すぐに補充を――」


 ダニエリクの思った通りの反応に、言い終える前に言葉をかぶせる。


「そう言うと思ったわ。私の用件は補充は急がなくてもいいと言いに来たのよ。これからは使う量は減ると思うから」

「そういうことでしたか。分かりました。ですが、もしご入り用の際はすぐにおっしゃってください。急ぎで補充しますので」

「ありがとう。そのときは頼らせてもらうわ」


 それからダニエリクから話を聞くことにした。村の内外で感じる変化や気になることなど。

 ダニエリクはつらつらと話をしてくれる。一番最初に出てきたのは、村に来る商人への愚痴だった。主にストベリク市におろす商品は、私が仲介した商会が担っている。しかし、わざわざ村に買いつけに来る商人は後を絶たないそうだ。かねてから現在の生産状況では他に回す余地はないと丁寧に説明をし断っているのにもかかわらず、ならば増産すればいいだとか、金ならいくらでも払うから融通しろだとか、あげく守銭奴とののしられたりすることもあるそうだ。

 ミアトー村は経済的に困っているわけでもなく、私と村との協議のうえで土地の利用状況や今の安定した生活を考えれば、現状維持こそが最善と判断していた。

 次に被害こそ出ていないが、村の魔法陣で保護されているすぐ近くまでモンスターや獣が来る頻度が増えたそうだ。ミアトー村は森に近く、農業を中心にしているので害獣被害を受けるリスクは元々高い。だからこそ、都市機能を維持する魔法陣で念入りに対策をしている。

 この話はストベリク市でエーレンツ夫妻から聞いた話とも一致するところだった。

 今、世界では人類が活動できる範囲は縮小していく一方だ。そのため、手つかずの森や地域が増えるため、モンスターや獣の数が増えているのかもしれない。

 私の魔力が無尽蔵で都市機能の維持のための魔力供給が万全といえども、魔法陣自体に何かしらの原因で問題が発生すれば、村はあっという間に危機にひんしてしまうだろう。


 ミアトー村はこの世界で平和でありすぎる村だ。

 そういうところにはストベリク市のように移住希望者がつどってくるようなものだが、ミアトー村にはそれを受け入れる余裕はきっとない。今のコミュニティーを維持しながら慎ましく暮らしていくことを望む保守的な考えを持つ住人が大多数なのだ。

 そんな村だからこそ、トラブルに巻き込まれる可能性も高い。恵まれている存在は持たざる者からすれば、標的になりえるからだ。怖いのはむしろ同じ人類ということになるのかもしれない。

 だから、そういうことに対しての対策をする必要性を感じた。


「ねえ、ダニエリク。この村に何かトラブルが起こった場合、どうするつもりかしら?」

「トラブルですか……できることは自分たちで対処しますが、それを超えることが起こった場合は諦めるしかないかもしれませんね」

「そうなるわよね。じゃあ、そういうときに私にすぐ連絡ができるようになれば、あなたたちは私を頼るかしら?」

「そういう仮定であれば、ギリギリまで追い込まれて初めて頼るという選択をするでしょうね。シェリア様にはできるだけ迷惑を掛けたくないですから」


 ダニエリクは真剣な表情でそう答える。しかし、そういう選択を取られると私が困ってしまう。ここの紅茶と酒には特に思い入れが強いのだから。


「迷惑だと思わないわ。むしろ、勝手に諦められて村がなくなる方が迷惑よ」


 私の言葉にダニエリクは黙り込んでしまう。それもそのはずで自分の判断が間違っているのだと言われてしまえば、次の言葉が出てこないのも頷ける。


「ダニエリク。この村は私にとっても特別なのよ。だから、何かあれば私に合図を送れる魔法をこの村に置いておくわ」

「それはどのような魔法なのですか?」


 私はそっと空間に手を伸ばし、ランプを取りだし、テーブルの上にそっと置いた。それは明かりを灯すための装置が入ってないので、正確にはランプ型のガラス容器と言った方がいいだろう。

 その中に私の魔力で作り出した黒い蝶を数羽解き放つと、ガラスと一体化して模様のようになる。


「このランプの中に何でもいいから光源を入れて、模様の蝶に触れながら私の名前を言えば、蝶が私のところに飛んでくるようになってるわ。緊急のときはそれですぐに私を呼びなさい」

「ありがとうございます。それで、シェリア様はどのような事態を想定しておられるのですか?」

「魔法陣のトラブルによる獣やモンスターの侵入。あとは人間による略奪行為かしら」

「分かりました。なにか異変があれば、知らさせていただきます」

「ええ。取り越し苦労になる方がいいから、躊躇ちゅうちょはしないことね」

「はい。しかし、本当にシェリア様はお優しい」

「この村が好きなだけよ」


 ダニエリクはふっと表情を緩める。それにつられるように私も笑みをこぼした。そのまま和やかな空気に戻り、今は美味しいジャムの乗ったパンケーキと紅茶を楽しむことにした。

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