第11話 図書館慕情 ⑩

「それでは本題に参りましょうか、魔女シェリア様」


 エーレンツは持ってきた紙の束に目を落としながら話し始める。


「シェリア様に前回、内々にと依頼された他の魔法師の件についてですが、まずはストベリク市が独自に集めている情報から。まず各都市の都市機能が依然として機能し続けていること、我が市への人口流入が減っていることから、シェリア様同様に安定した基盤を作っている都市があるのでしょう。またそれにどのような魔法師が関わっているかということについては、厳重に隠匿いんとくされているため、詳細な情報は得られていません」

「まあ、それくらいは予想の範疇はんちゅうよね。私にとってもあなたにとっても……いえ、きっと少し世界のことを知っている人からすれば、当たり前と言っていいレベルだわ」

「ええ、そうでございますな。しかし、他国にいる情報提供者から集まってくる情報が妙で、魔法師らしき人物を見たことがないと言うのです。ですので、魔法師の側も自らの存在を隠しているものと思われます」


 ストベリク市に住んでいる人間からすれば、疑問に思うことかもしれないが、魔法師を取り巻く歴史をかんがみればそれは当然のことだった。

 魔導文明崩壊後、魔法師はその責任を問われ露骨に差別され、排斥された。そのことが今もなお魔法師の側に影を落としていると考えれば、正体を隠して生活をしているだろうことは容易に想像できることだ。

 私は堂々としているように見えるが、人が簡単には立ち入れない森の奥に隠れ住んでいるし、名前を知っている人間もストベリク市では政治に携わるものやエーレンツのような一部の役人に限られている。

 エーレンツは私の様子をうかがいながら、紙の束をめくり、話を続ける。


「そして、ここからはストベリク市でも私しか知らないであろう情報になります。その情報源はシェリア様にも明かせませんが、とある国の魔法師と関りがあるという要人が、以前ストベリク市に訪れた使節団の中におりました。その人物と懇談の場でお互いに魔法師と直接会ったことがあるという共通点から話が盛り上がりまして、少し席を外して個人的に話をした時のことです。その人物がポツリと『君の知る魔女とやらも、鈴のと共に現れるのかい?』と口をすべらせたのです。私は何も答えませんでしたが、シェリア様、何かお心当たりはございますか?」

「鈴の……ねえ」


 かつての記憶を辿っていきながら、鈴と魔法の接点を探そうとするも範囲が広すぎる。音を媒介に魔法を行使したり、鈴を魔道具として扱う魔法師がかつていたのは確かだ。それだけで特定するというのは難しかった。


「鈴の音と共に現れるって、どういうことかしらね?」

「すいません、私にも詳しいことは。その言葉を発した直後に明らかにしまったという表情をしましたので、それ以上は聞けませんでした。ただ素人考えではありますが、シェリア様の使われている空間を繋ぐという魔法で都市にやってきているのではないでしょうか? 鈴はその魔法を使う時に鳴ってしまうと――」

「そう考えるのが自然よね。でもね、それはありえないのよ。私ですら人が行き来できるような空間魔法はできないのよ。もしかするとやればできるかもしれないけれど、安全の保障まではできない」

「そうだったのですね」

「それだけじゃないのよ。空間を操る魔法は珍しいもので、私が知る限りで私を入れて三人しか使いこなせる人物を知らないわ。その二人は人が通れる空間魔法を扱えたわ。だけど、それは魔導文明が崩壊した時点でだから、五百年は前の話よ。うち一人は私が死んだことを確認しているし、残る一人も生きているなんてありえないことだわ」

「しかし、新たに同じ魔法を使える魔法師が生まれたという可能性はあるのでは?」

「その可能性は否定しないわ。だけど、空間魔法は生まれつきの魔力保有量が多くないと行使できないのよ。それにわずかな空間の裂け目を作り、空間内に物置のような空間を作り維持するという一番初歩の空間魔法ですらセンスがなければ一生できないし、膨大な魔力を必要とするわ。それが場所と場所を繋ぐとなればさらに難しく必要になる魔力量も増えるわ。そんな魔法を空気中の魔力が薄く、魔力を回復するという手段が極端に乏しい今の時代に使えば、一発で干からびてしまうわ。魔導文明時代でも使った途端に昏倒こんとうするということもあったくらいだから。そういうこともあって、空間魔法の使い手が歴史上でもとても少ないのよ」


 エーレンツは「そうでございましたか」と相槌を打ちつつ、顔を強張らせている。それほどまでに危険な魔法を普段から目にしていたり、管理の一端を任されていたと知れば、恐怖心も湧いてくるのかもしれない。しかし、エーレンツはすぐに表情を引き締め直す。


「では、今後は鈴ということを念頭に情報を収集するということでよろしいですか?」

「ええ、頼むわ。エーレンツ」


 エーレンツは頷き、紙の束をパラパラとめくりながら、


「今回集めることができた情報で、大きいものはこれくらいでしょうか。あとはシェリア様の情報を探ろうと様々な場所から人が集まっていたようですが、シェリア様がストベリク市にいらっしゃる頻度が少ないため徒労に終わっているようですな」


 そう口にしながら、ガハハと笑う。それに関しては、私は何も言うことができず、苦笑いを浮かべながら酒に口をつけた。

 それから、エーレンツから紙の束を受け取り、彼の集めたという情報に目を通していく。そのほとんどが役に立ちそうにないものだったり、魔法師らしきを見かけたという出所不明の噂話がほとんどで、エーレンツの抜粋した情報だけで十分な内容だった。


 夜も更けてきたので話を切り上げ、客室のベッドを借り、眠りにつくことにした。

 普段はソファーでそのまま眠るということが多いので、ベッド、それもエーレンツのような高級役人の来賓らいひんのために用意されたものは寝心地は抜群によく、久しぶりに深い眠りに沈んでいった。

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