第10話 図書館慕情 ⑨

 エーレンツ一家との食卓は穏やかで賑やかなものだった。

 ドーリネの手料理は、エーレンツたちがお祝い事など特別な日に食べるような少しだけ豪華なものだったらしく、エーレンツはもっとったものがいいのではと心配そうにしていた。しかし、かしこまった料理よりは私は素朴な料理の方が好きで、気を張らずに食べられるので、ドーリネの感覚や匙加減さじかげんが正しかったということになる。

 カーヤとヨルンはそのちょっとした特別感にテンションを高くしたのか、ずっと楽しそうにしていて、食事中の会話の中心はずっとカーヤだった。ヨルンは家族に馴染んでいるが、彼の性格ゆえかそれとも遠慮があるのか、どこか周囲の顔色を見ていた。


 食事を終え、カーヤたち子供が寝静まってからは大人の時間。

 前回同様にエーレンツ夫妻と酒を飲みながら話をすることにした。


「ドーリネ、ご飯おいしかったわ」

「シェリア様のお口に合ったのであれば、嬉しく思います」

「何度も言うけど、かしこまらなくていいのよ。それに今はお酒の場。くだけた感じでかまわないわ」


 ドーリネは頷いて見せるも、おそらく最低限の礼節は崩さないだろう。そういうところがしっかりできているからこそ、エーレンツも信頼して私を招いているのだろう。


「それでエーレンツ。最近の様子はどうかしら?」

「シェリア様。それでは何をお聞きになりたいのか分かりません」

「何でもいいのよ。あなたは耳が早いだけじゃなく、広い立場の人間でしょう? そんなあなたが知っていること、ここ数年での大きな変化、そういう世情を肌感覚で感じているでしょう? あとは前回、個人的に集めるようにお願いした情報の話も聞きたいわ。ドーリネ、あなたも気になることがあったら遠慮なく話しなさい」


 二人は顔を見合わせ、困惑の混じった笑みを浮かべた後、ポツポツと話し始めた。


「それではまずは世界情勢の話からですかな。世界は依然として、落ち着いています。国家間や都市間の衝突は確認されていません。それは単純に日々を生きるのが最優先で、狂暴化した動物やモンスターという脅威と常に対峙たいじしているからでしょう。そういう問題が起きているという話も耳に入ってきます」

「問題?」

「はい。ストベリク市はシェリア様の力が強いので問題はないのですが、別の都市では外周部付近で人や家畜が襲われ、その区画を放棄するという事態に追い込まれているそうです」

「外周部……なるほど。都市機能を維持する魔法陣の、中心部から遠い部分に魔力がしっかりと行き届いていないのね。それは単純に管理している魔法師の力不足ね」


 私が一人納得して頷く。ストベリク市の場合は、縮小どころか拡大をしている稀有けうな都市だ。それは私の尽きることのない魔力と気まぐれゆえなのだけれど。

 エーレンツは私の様子を見ながら間を取るように酒に口をつけ、話を再開させる。


「モンスター被害の拡大という点では、都市間の移動や物流に関しても、度々問題になっていますね。その点は私より妻の方が敏感かもしれません」

「そうなの、ドーリネ?」

「ええ。ストベリク市は海から離れた場所にあるので、特に魚の値段でそういうものは感じます。荷馬車が襲われて仕入れができなかった、漁場にモンスターが現れたので数日漁ができなかったという話は小耳に挟んだりしますね」

「海は分からないけれど、荷馬車が襲われるって変じゃない? 街道は安全に通行できるはずよね?」


 エーレンツに疑問をぶつける。というのも、今、使われている主要街道は魔力の力場の強いところを選んで舗装されている。魔法師の補充なしでもある程度、脅威から守られる効果があるはずなのだ。そして、知能ある魔物と人間との間で交わされた不可侵条約の範囲内でもあるはずで。

 条約が知らないうちに形骸化けいがいかしてしまったのか、魔力の力場と街道がずれてしまったのかもしれない。


「それが街道沿いであっても、森の近くを通る際に襲われることが多いそうなのです。まあ、狼などの獣に襲われるのと同じと考えるべきことなのでしょう」


 そのエーレンツの言葉に納得はする。モンスターといえども、人間社会と比べ、同等以上の文明社会を営んでいる種から、知能が低く獣と同等程度の種まで幅が広い。きっと後者のようなモンスターが生きるためにしていることなのだろう。それならば、自然社会の弱肉強食、食物連鎖ということわりにならい、受け入れるべき事案だ。

 その後も世界情勢をはじめ、ストベリク市で起こった出来事などを聞いていく。私にとっては大きな変化に思えないことでも、今を生きる人にとっては大きな関心事ということも多いので、そういうことは興味深い。ドーリネからも最近の流行を聞けて、とても楽しい時間を過ごした。


 ふいに話がひと段落し、そのタイミングでエーレンツはトイレに立った。ドーリネも酔いが回ったのか、聞き役になる時間が増えていて、「それでは私は先に休ませてもらいます」と部屋を出ていった。

 しばらく一人で酒をちびちびと飲んでいると、エーレンツが紙の束を手に戻ってきた。


「すいません、シェリア様。それで、ドーリネは?」

「先に休むそうよ」

「そうでしたか。しかし、これからの話には、その方が都合がいいかもしれませんな」


 エーレンツは椅子に座り、飲みかけの酒に口をつける。そして、まとう雰囲気が先ほどまでの柔らかなものから、鋭いものへと変わる。


「それでは本題に参りましょうか、魔女シェリア様」

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