第27話 初恋
『ねえねえ! 今知ったんだけど私たちが海に行く日、近くの神社で夏祭りがあるらしいよ!』
突然電話がかかってきたから何事かと思えば、蘭花が嬉々とした様子でそう言った。
「夏祭り?」
『そう! 毎年やってるみたいで、花火もあるんだって!』
「へえ~」
花火か…………実際に見たことはあんまりないから見てみたいな。というかこの様子だと蘭花も行きたくて言ってるんだろうけど。
『行こうよ! お昼は海でのんびりしてさ、夜は屋台とかたくさんまわって一緒に花火も見ようよ!』
「うん。俺も花火見たいからそうしよう」
蘭花のことを初めて名前で呼んだとき、敬語もやめて欲しいと言われた。
まだ少し緊張してしまうけど、この方が距離も近く感じるから早く慣れたい。
『やった~! 楽しみだなぁ』
電話越しでも十分すぎるほどに、楽しそうな様子が伝わってくる。
そんな蘭花に触発されて、俺もだんだん気分が上がってきたのでつい長電話をしてしまう。
『やばっ! もうこんな時間じゃん!』
時刻はすでに九時をまわっている。かれこれ一時間以上話し込んでいた。
「そろそろ切る?」
これ以上話し続けたら区切りがつけられなくなりそうだ。
『そうだね……………』
「それじゃあ、今週末は楽しみにし」
「あ! ちょっ、ちょっと待って!」
別れの挨拶を告げているところに慌てた様子で俺を引き留める。
「どうかした?」
『………あ、あの………』
「?」
以前は、蘭花がこんな風に突然大人しくなることを『らしくないな』と思っていたけど、最近ではそんなところも蘭花の一部なんだなって分かってきた。
『その…………名前、呼んでくれないかな?』
「名前、ですか?」
『うん…………』
なぜだろう、名前なんていつも言ってるのに。
『できれば名前の後におやすみ、も言ってくれると嬉しいな………なんて………』
いくら蘭花の気弱な一面を知ったからといって、こんなことを言われたら可愛すぎて悶絶しそうになる。
めちゃくちゃ恥ずかしいけど、好きな人からの要望ならば聞き入れるしかない。
「えっと、それじゃあ…………蘭花、おやすみ」
『っっ!』
「せ、先輩?! 大丈夫ですか?!」
なんか今、気絶したような音が聞こえてきたんだけど。
『だ、大丈夫…………ありがとう、湊くん……
おやすみ』
まだいつもの調子は戻っていないようで、おどおどした様子だ。
「う、うん………おやすみ」
通話を切ってベッドに寝転がる。
正直、星蘿が『姉さんのことを名前で呼んであげてほしい』と言ったことや、今みたいな先輩の様子から、かなり自信はついてきた。
大丈夫、絶対告白は成功する…………大丈夫、大丈夫………。
けれどやっぱり、自信がついたからといって不安が全くなくなるわけではない。
思い返してみれば、これまでの人生でこんなにも誰かのことを好きになったり、『こうなってほしい』と思ったことは一度だってなかった。
そんな俺が初めて好きになって、恋人として付き合っていきたいと思った人…………。
初恋は叶わないってよく言うけど、そうはなりたくない。
絶対に、この気持ちを叶えたい。
◇◇◇◇◇◇◇
「わ~! 屋台たくさんある~!」
夏祭りは想像以上に規模の大きいもので、蘭花が言うように数えきれないほどの屋台が軒を連ね、人で溢れかえっている。
「あっ! 湊くん、射的しようよ!」
蘭花はまるで子供のようにはしゃいで、次々と『あれしようよ~!』とか『たこ焼き食べようよ~!』と言って夏祭りをこれでもかと満喫していた。
屋台のおっちゃんにお金を渡して、まずは蘭花が挑戦する。
「どれ狙うの?」
景品は様々で、お菓子やゲーム機、ぬいぐるみなどがある…………聞くまでもなかったか。
「もちろんクマのぬいぐるみ!」
うん。知ってた。
「ホントにぬいぐるみ好きだよなぁ」
「だって可愛いじゃん!」
それにしたって持ちすぎだと思う。勉強会の時に見ただけでも、蘭花の部屋には五、六個のぬいぐるみがベッドに置いてあった。
蘭花はコルク銃を手に取り、ぬいぐるみに狙いを定める。
チャンスは三回。そこそこの大きさがあるから、当たったとしても倒れてくれるかどうか。
「あ~、外れちゃった」
一発目は大きく右にずれてしまう。
気をとりなおして二発目、三発目と一気に打ったがどちらもぬいぐるみを射止めることは出来なかった。
「うわ~、意外と難しい~!」
ちょっと落ち込んだ様子で口惜しそうにクマのぬいぐるみを見つめる。
「じゃあ、次は俺だな」
これは蘭花に良いところを見せるチャンスだ。バシッと景品をゲットしてプレゼントしよう。
とは言ったものの、射的をするのはこれが初めてなんだけど。
「湊くん頑張れ~!」
弾がぬいぐるみに直撃す瞬間をイメージしながら、慎重に狙いを定める。
引き金を引いて放たれた弾は、ぬいぐるみの顔の右横にうまく当たり、回転するように倒れた。
「えっ?! 嘘?! 一発?! すごいよ湊くん! 一発で当てちゃった!」
「………まじか」
絶対に当ててやるぞと意気込んでいたものの、まさか本当に当たるとは。
おっちゃんからクマのぬいぐるみを受け取る。
「じゃあこれ、あげるね」
すぐさま蘭花に渡そうとすると、なぜかキョトンとした表情になった。
「え? もらっていいの?」
「うん。蘭花にあげようと思ってたから」
俺がぬいぐるみを欲しがっていると思っているのだろうか。
「ありがとう湊くん! 可愛い~!」
ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて頬をすりすりさせる。
俺からすれば、その様子を見れただけですごく嬉しい。
その後も金魚すくいをしたりわたあめを食べたりしていたらあっという間に時間が過ぎていった。
「花火なんて見るの何年ぶりだろう~」
夜空を見上げながら、蘭花が呟く。
たくさんの人が俺たちと同じように花火が上がるのを待っている。
そんな風にここにいるほとんどの人が期待に胸を膨らませているだろう時に、俺はというと、ガッチガチに緊張していた。
当初の予定では海辺で告白をするつもりだったけど、夏祭りにも行くことになって変更することにした。
花火を見ながら告白をしようと。
その時が、もうすぐ来る。
二年間想い続けて、蘭花のことを知るたびにどんどん好きになっていった。
二年前は、こんなことになるなんて思いもよらなかった。
改めて考えると、たったそれだけのことでも奇跡のように感じられる。
「あっ! 始まったよ!」
一筋の眩しい光が上空へと上っていき、一気に弾けて極彩色の花を咲かせる。
その美しさに圧倒されていると、次々と花火が打ち上げられる。
「きれい…………」
惚れ惚れとした様子で感嘆の声をもらす蘭花の横顔を盗み見る。
そこには、色とりどりの花火の色に照らし出された、花火にも負けないきれいな人がいた。
「蘭花」
その横顔にそっと呼びかける。
蘭花がこちらを見て、目線がぶつかる。
花火の音や人々の歓声を聞きながら、蘭花にだけ聞こえるようにその言葉を紡ぐ。
「俺、蘭花のことが好きです……………俺と、付き合ってくれませんか?」
何度も、何度も心のなかで練習した言葉。
告白をするのは二度目だけど、一度目とは決定的に違うことがある。
自分の気持ちを伝えるだけじゃなくて、蘭花の返事を待つ。
どれくらい時間が過ぎただろうか。実際はほんの数秒だったかもしれない。けれど俺にとっては、その数秒がものすごく長く感じた。
「私も…………湊くんのことが………………大好きです………こちらこそ、私を湊くんの…………彼女にしてください」
そう、微笑みながら言った。
その笑顔を見ると、緊張が徐々にほぐれていって、俺も思わず笑みがこぼれる。
「大好きだよ、湊くん」
「………俺も、蘭花のことが、大好きだ」
もう一度お互いに気持ちを確かめあうと、さらに喜びが込み上げてくる。
大勢の人が花火を見上げるなか、俺たちはお互いの顔を見て照れ臭くなって、それでも喜びを抑えられなくて、抱き合った。
花火なんかどうでもよくなるくらい、今はその温もりを感じていたかった。
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