第26話 捨てきれない気持ち
「湊……………くん……………」
私を庇うようにして女の子達の前に立つ。
普段は大人しくて無さそうなだけに、今の湊くんの様子は衝撃的だった。
「何よアンタ」
「部外者は割り込まないでくれる?」
それでも二人は怖じけることなく堂々と言い返してきた。
「部外者じゃない。俺は星蘿の友達だ」
「ぷはっ、友達って、寒すぎるんですけど」
「よりにもよってこんな奴が友達とか、笑わせないでよね~」
「どうせこの男にも媚び売ってんじゃないの~?」
その瞬間、湊くんを包む空気が、急速に凍えるような冷たさになったのを確かに感じた。
「人のことを馬鹿にして、そんなに楽しいか」
先程までとは比べ物にならない剣幕で、射殺せんばかりの視線を向ける。
心の奥底から発せられたその声は、隣で見ている私をも震撼させた。
当然、面と向かって言われた二人は完全に勢いをなくした様子だった。
「な、何よ、その目は」
ようやく危機感を覚えたらしい二人は一歩後ずさる。
「これ以上星蘿のことを馬鹿にするんじゃねえよ。理不尽な逆恨みして、人の気持ちも考えられないような奴が、誰かに好かれるわけねえだろ
…………二度と星蘿に近づくな」
決して声を荒げてはいない。むしろ落ち着いてるように感じた。
それでも湊くんの言葉は、二人の胸にグサリと突き刺さったようだ。何も言い返してこない、いや、言い返せない二人の様子を一瞥すると、湊くんは私の手を握って教室を抜け出す。
「………………っ」
声を出そうとしたけど、こぼれ落ちそうな涙を抑えるのに必死で何も言えない。
あまり生徒が通らない道を進み、やがてたどり着いた場所は、保健室だった。
どうしてこんなところに…………。
扉を開けると、先生が驚いた様子で私たちを見た。
「どうかしたの?」
「すみません………少しだけ、二人だけにしてくれませんか?」
普通ならば、生徒のそんなお願いを先生が聞き入れてくれるはずはないだろう。
それでも先生は、私たち二人の様子から何か事情がありそうなことを察してくれたみたいだった。
「……………分かったわ」
先生はそれだけ言うと、何か作業をしていたのにも関わらず出ていった。
どうやら私だけが湊くんの意図を読み取れていないようだ。
「あ、あの、何でここに来たの?」
涙の名残で声が少し震えてしまった。
「星蘿が…………涙を、こらえてたから………」
さっきまでの迫力はどこへ行ったのか、今は私のことを心配しているような優しさが窺える。
「あの時も…………星蘿は涙なんて流してなかった…………ただただ無表情で………まるで、悲しみを心の引き出しにしまっていたようだった……表に出さないように………誰にも、心配をかけないように……………」
湊くんに助けられたひのことを思い出す。
悲しみを引き出しに………………。
確かに、あの時の私は悲しみを内に抱えていた。いや、抱えてなどいなかった…………引き出しにしまって、忘れ去ろうとしていたんだ。いじめられていたことを思い出す度に心が擦り切れるような痛みを感じたし、何よりも、姉さんにこれ以上心配をかけたくなかった。
でも、それが駄目だった。誰にも何も言わず、無理に平静を装うことで、私の心はますます壊れていったのだ…………その結果があれだ。
「星蘿は誰よりも優しいから、自分を苦しませてしまうんだ」
必死になって止めたはずの涙は、また流れてきたらしい。視界がだんだんと滲んでくる。
「俺はもう、苦しむ星蘿を見たくない…………
俺に出来ることはほとんどないかもしれないけど…………不満の捌け口くらいには、なりたい。それで星蘿が少しでも楽になるなら…………」
ぽろりと一粒。涙の雫がこぼれ落ちると、それが引き金となり一粒、また一粒と溢れ出して止まらなくなる。
「苦しいときや悲しいとき、辛いときは、涙を流しても、いいんだよ……………俺が、全部受け止めるから」
その一言で、私の中で何かが崩れていくのを感じた。
けれど、崩れていく度に、涙を流す度に、心が軽くなっていく。
「う…………ぅ、ぁぁああああああ!」
大粒の涙を流し、幼い子供のように泣き叫ぶ。
そんなみっともない私を、湊くんが優しく抱きしめてくれる。
その温もりが嬉しくて、さらに泣いてしまう。
湊くんの制服がびしょ濡れになるくらい、たくさんたくさん泣いた。
落ち着く頃には、私の心は雲一つない晴れやかなものになっていた。
「ありがとう…………湊くん」
少しずつ冷静さを取り戻してくると今の状況が恥ずかしくなり、そっと湊くんから距離を置く。
「私、湊くんに助けられてばっかりだね………」
本当に、湊くんがいてくれてよかったと思った瞬間だった。
ただの友達である私のことをこんなにも気遣ってくれて、支えてくれる。
そんな湊くんのことが、やっぱりどうしようもなく好きだ。
人とあまり関わらない私でも分かる。
こんなに大好きだと思える人は、もう二度と、出会えることはないだろうと。確信を持って言える。
だからこそ、誰にもとられたくはない。私のことだけを見て欲しい。
「湊くん…………」
湊くんが姉さんに告白するまで、もう時間はないかもしれない。
本当はもっと仲を深めてからにしたかったけど、そんな悠長なことは言ってられない。
「姉さんに…………告白、するの?」
突然の質問に虚をつかれたからか、それとも図星だったからか、湊くんは驚く。
返事を待つこと数秒。意外にも求めていた答えがすんなりと湊くんの口から発せられた。
「うん。そのつもりだよ」
たとえそうだったとしても、誤魔化されるだろうと思っていた。
その言葉をしっかりと飲み込み、受け止める。
そして、覚悟を決める。
湊くんだって、今は気持ちを整理するのが大変なのは分かっている。
それでも、今しかない。二人きりの、今しか。
「私…………湊くんに、伝えたいことが、あるの…………」
湊くんの瞳を見つめる。私の気持ちが届くように。
「私…………湊くんのことが、好きです………」
一旦深呼吸をして、続きの言葉を紡ぐ。
「優しくて、努力家で、一途で、少し不器用で、実は男らしくて、私のことを私以上に分かってくれる湊くんが、本当に大好きです…………私と、付き合ってくださいっ!」
望みが薄いことは私が一番分かってる。
ただそれでも、ほんの少しでもいいから、湊くんの気持ちを揺るがせることができたら………。
ああ、国枝君も、こんな気持ちだったのだろうか。
伝えようか迷って、決断して、不安やほんの少しの期待を胸に抱えて、勇気を出して私に言ってくれたのだろうか。
今の私みたいに付き合ってくれと言っていた訳じゃない。ただ、友達からでもいいから仲良くして欲しいと言ってくれたのに……………。
それを私は、断ったのだ。何の理由も告げずに
…………自分のことだけを考えて。
そんなことを、今になって気付いた。
「星蘿……………」
湊くんが私を呼ぶ。その声が帯びている響きで、答えは分かってしまった。
「気持ちは嬉しい…………でも、ごめん………」
そう言われた瞬間、心の中で灯っていた微かな希望の光が潰えた。
どんなに受け入れたくなくても、逃れようのない真実。
分かってたじゃん…………振られること前提で告白したんじゃん………………なのに、何でこんな…………悲しくなるの……………?
しばらく、何も言えなかった。
泣きたい……………こんなにも一日で涙がこぼれそうになったのは初めてだ。
でも、今は泣くことよりも、しなければならないことがある。
湊くんの目を見て思った。
きっと湊くんは、姉さん以外の人を好きなることはないんだ……………私がどれだけ頑張っても、姉さんには叶わないんだ…………。
今だって、その瞳は私を映し出しているけれど、心の真ん中には姉さんがいるのだろう………その席に、他の誰かが座ることはない………。
「一つだけ、私の質問に答えて欲しい…………」
そんな現実を突きつけられてもなお、こんなことを聞こうとしている私は、なんて未練がましいんだ。
自分でもうんざりするけれど、これを確かめないことには諦められない。
「今後どんなことがあっても……………私のことを好きになることは、絶対にない? 姉さんを好きな気持ちは……………変わらない?…………正直に答えて………」
「…………ああ、俺は先輩以外の人を好きにはならない………絶対に…………」
迷いのない、はっきりとした答えだった。
「……………そう」
悔しいけど、完敗だったみたい……………私。
でも、湊くんに笑っていて欲しいという気持ちは変わらない。
だから、私は二人の恋を応援する。
「テストで勝負したこと、覚えてる?」
「……………覚えてるよ」
姉さんの願い事を、私が叶える。
テストの順位で一位だった人が、残りの二人にお願いを聞いてもらえるという権利。
それを今、使うことにした。
「姉さんのこと……………名前で呼んであげて
…………『蘭花』って………呼んであげて」
やっぱり………大好きなんだ、湊くんのことが。
湊くんの恋が実って、喜んでくれるなら私なんかどうでもいいんだって思えるくらい…………大好きなんだ…………。
諦めることが正解だと分かっても、多分これからも、私は湊くんのことが好きだ。
「……………分かった」
「…………絶対だからね?」
「………うん」
必ず、姉さんに想いを伝えて、幸せになってね
……………それと…………
「私は湊くんのこと…………これからも好きでいるから…………そのことは、忘れないでね」
これだけ痛い目を見ても諦められない私は、大馬鹿者なのかもしれない。
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