第25話 トラウマと逆鱗
七時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、放課後がきた。
まだ屋上に行くかどうか迷っている。
ほとんど初対面の人と二人で会話するのはできれば避けたいけど、だからって無視するのはどうかと思うし……………う~ん。
だいぶ悩んだ末、結局行くことにした。
少し時間が経ってしまったので急ぎ目に屋上へと向かう。
古びた扉を開けると、運動場を眺めている国枝君を見つけた。
私が来たことに気付いた国枝君は、安心したようにホッとため息をついた。
「よかった。ありがとう、来てくれて」
確かに、改めて顔を見れば整った顔立ちであることが分かる。女の子が噂をするのにも納得だ。
「えっと、それで………何の用事ですか?」
一刻も早くここから立ち去りたくて、私から本題に入る。
「あ、うん…………急だから驚かせてしまうと思うけど…………」
国枝君は突然恥ずかしげな表情になり、やがて決心したように私の瞳をじっと見据える。
数秒ほど沈黙が流れて、国枝君が口を開いた。
「俺………紺野さんに、一目惚れしました………
友達からでいいので、俺と仲良くしてくれませんか?」
「………………」
周りに人がいないような屋上に呼び出されたのだから、こういうことを言われるのはなんとなく分かっていた。
友達から、というのは予想外だったけど、何と言われようと私の答えは決まっていた。
いきなり付き合うわけじゃなくて、友達から仲を深めていきたいということなら、大抵の人は相手の望みに応えるかもしれない。
けれど…………私はできない。相手が女の子の間で人気があるというなら尚更だ。
今のこの状況は、あの時とあまりにも似すぎている。
だから、たとえ冷たい人だと思われたとしても、私は自分の身を守る…………もう、いじめられたくないから。
「ごめんなさい…………それはできません……」
たったそれだけを伝えて、国枝君に背中を向けて歩き出す。
勇気を出して言ってくれたのに、ごめんなさい
……………。
自分だって好きな人がいて、その人と仲良くしたいという気持ちが痛いほど分かっている。
それなのに、いつまでも自分の過去に囚われて相手の気持ちを踏みにじる私は、なんて自分勝手なのだろうか……………。
こんな私を、誰かが好きになってくれるはずはないんだ…………だから湊くんを振り向かせられないんだ…………………。
数日後。
国枝君がある女の子に告白をして振られたという少し脚色された噂が広がり始めていた。
情報源がどこなのかは分からないし、調べる気もないけど、必然的に危機感を覚える。
こうならないように、あんな風に断ったのに
……………。
どうしよう………私の名前とかも特定されてたりするのだろうか……………いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。もっと大事なことがあるんだ。
終わったことについてあれこれと考える必要はない。
そう自分に言い聞かせて頭の中から追い出す。
でも、やはりと言うべきか、興味本位で私に事情を聞いてくる女の子もいるわけで。
「国枝君に告白されたって本当?」
「仲良いの?」
「何で断ったの?」
そんな感じの質問にいちいち答えるのは、はっきり言って面倒だった。
いや、それぐらいならまだよかったんだ。
私が一番恐れていたことが、起こった。
中学生だったあの時とは違い、今は高校生。流石に高校生にもなると、いじめをする人なんてほとんどいないだろうと思っていた…………。
ある日、私が学校に来て靴箱を開けると、いつもはあるはずの上履きがなかった。
その時は自分の不注意でなくしてしまったのだろうかと思っていた……………けど、後になってトイレのゴミ箱に捨てられているのを見つけた。
もちろん私はこんなところに捨てた覚えはない。
誰がこんなことをしたんだろうと思いながら、これだけで終わって欲しいと願っていた。
けれどそんな私の願いは届かず、ある女の子二人が、わざわざ私の教室まで来てこんなことを言った。
「何であんたみたいな地味女が国枝君に好かれてるわけ」
「変な色目でも使ったんじゃないの」
全身から嫌な汗が噴き出す。
「………………わ………私の上履きを捨てたのも……あなた達なの……………」
「あー、そういえば捨ててやったわね。なんかムカついたから」
「もしかしてトイレのゴミ箱に入った上履き使ってんの~? きったな~い」
二人がゲラゲラと嘲笑う。
何で…………何でそんなことするの………何でそんなこと言うの…………私、何もしてないのに
…………………何で私ばっかり傷つかないといけないの………もう、やめてよ…………。
暗い感情が私の心を埋め尽くす。
成長したって、もうあの頃のような私じゃないって、思ってたけど…………何も変わってなかったみたい…………………。
誰かに何を言われたって揺るがない自分になりたいと思ってるのに…………ちょっと強く言われただけでこれだ。
何も変わってない……………
「いい加減にしろよ、お前ら」
「…………………え」
溢れ出る怒りを顕にしたようなその声と口調は、普段のその人からは想像もできない。
突如として発せられたその言葉は、むき出しになった私の心に直接届いた。
ゆっくりと後ろを振り向く。
そこには、憤怒に燃えた目で二人を睨み付ける湊くんがいた。
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