第24話 急展開

「勝也、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」


 七月もすでに半ばに入り、教室の窓を隔てた外からセミの鳴き声が聞こえてくる。


「先輩と何かあったか?」


 先輩と映画を見に行った日から、ずっと悩んでいたけれど、ようやく決心がついた。


「俺、先輩に告白しようと思う」


 先延ばしにしてもらっていた、返事をもらうために。


 これまでの先輩の俺に対する様子を考えると、少なくとも避けられてはいないだろう。


 さらに、二人で映画を観たこと、先輩から海に行こうと誘ってくれたこと。


 これらのことを踏まえると、ほんの少しだけど可能性を感じる。


 もしかしたら、俺のことを多少は意識してくれているのではと、そう思った。


 もしかしたら自意識過剰なだけかもしれないけど、可能性が少しでも感じられる今、告白をしよう。


「それで、勝也に答えて欲しいことがある」


「何だ?」


「……………今、先輩に告白をして、付き合える確率はどれくらいだと思う?」


 正直、この質問をする意味はあまりない。


 どれだけ望みが薄いと言われても、告白をするつもりだからだ。


 あの時告白をして、自分なりに先輩に好かれようと頑張ってきた。その成果がどれほどなのか、客観的に見た人の意見が知りたい。


「そうだな……………」


 勝也はまるで自分事のように、眉を寄せて真剣に考える。


 そうして導き出された答えは、俺の努力を認めてくれているのと同じだった。


「多分だが、ほぼ確実に付き合えると思うぞ」


 俺に気を遣ったわけではないことは、その目を見れば分かる。


「いつ告白するんだ?」


「今度、先輩と海に行く約束をしてるんだ。その時にしようと思う」


 覚悟は決まりきっていても、やっぱり怖い。


 告白して振られることがじゃない。


 もちろんそれも怖いけど、それ以上に、先輩とこれまでのように話せなくなるかもしれないことが、何よりも怖い。


 たとえ恋人という特別な関係ではなくても、先輩と話せて、すぐそばで笑顔を見ることができて、幸せだった。


 ……………それすらも叶わなくなってしまったら、辛すぎる…………。


 けれど、だからといって何もしないのでは、先輩との関係は良い方向にも悪い方向にも変化しない。


「頑張れよ。応援してっから」


 俺の真剣な様子に合わせるように、感慨深そうに言う。


「うん。ありがとう」


 少し大袈裟かもしれないけど、これまで相談に乗ってくれていた勝也には感謝しかない。


 そんな勝也に良い報告を言うためにも、告白を成功させたいと、より強く思った。



 ◇◇◇◇◇

 

 湊くん……………何を話してるんだろう。すごく真剣…………。


 友達と雑談をしながら弁当を食べていても、どうしても意識はそちらへ向いてしまう。


「星蘿、どうかした?」


「え、あ、いや、何でもないよ」


 そう言いつつもまだ湊くんを見ていると、高田君が湊くんの背中を軽く叩きながらこう言うのが聞こえた。


『頑張れよ。応援してっから』


 その言葉と湊くんの様子から、二人が話していたことが何なのか、思い当たってしまった。


 もしかして湊くん……………姉さんに告白を

…………。


 確信はない。友達が応援をしていたとしても、それが告白のことだなんて普通は思わない。


 でも、どうしてもそのような気がしてならない。この前は二人で映画を観に行ったらしいし。


 ……………そう遠くない未来に、この時が来るのは分かっていた。


 だからこそ、湊くんが姉さんに二度目の告白をする前に何としてでも、私に振り向いてもらおうと頑張ってきた。


 もし本当に、湊くんが告白をしようとしているのなら…………。


 私のなかで、これまでずっと抱えていた焦りが急速に、そして尋常ではないほどに大きくなっていくのを感じる。


 どうしよう…………どうすれば、湊くんを振り向かせられるのだろう…………。


 考えても考えても、不安や焦りばかりが駆け巡るだけで、何も思いつかない。


「紺野さ~ん」 


 焦燥感に駆られていると、聞きなれない声に呼ばれる。


 私を呼んでいたのは、普段は全く喋らないクラスメイトの橋本さんだった。


 何の用だろうと不思議に思いながらも、橋本さんが手招きをするので席を立つ。


 橋本さんの隣にはこれまた見慣れない男の子が緊張した面持ちで私を見ている。


「ごめんね、お昼ご飯食べてたのに」


「う、ううん。全然大丈夫」


 人見知りが発動してしまい、声が小さくなる。


「えーっと、こちらの国枝君が紺野さんに話があるんだって」


 国枝……………なんか、どこかで聞いたことがあるような…………………あ! そういえば、女の子の間でカッコいいと話題になってたような気がする。


 曖昧な記憶を辿りながら国枝君を見ると、さらに緊張するのが分かった。


「えっと、まずは話したこともないのに急に呼び出しちゃってごめん」


「い、いえ…………」


 男の子相手はなおさら慣れていないので、うつむいてしまう。


「今日の放課後、時間あるかな?」


「えっ?」


 何でそんなことを聞いてくるんだろう………。


 疑問は尽きないけど、とりあえず何か返答しなくちゃ。


「と、特に用事はない、けど…………」


 そう言ってしまったのが間違いだった。


 色恋にあまり敏感ではないにしても、この時点で何か察しなければならなかった。


「放課後、屋上に来て欲しいんだ…………待ってるから」

 

 そう言い残して、国枝君は去ってしまった。

  

 




 

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