第23話 積極的な蘭花
み、みみみみみ、水着?!
「えっ、えっとその」
「ほら、そうと決まったら早く行こうよ!」
俺の動揺に気づいているのかいないのか、お構いなしに席を立つ。
「ほ、本当に行くんですか?」
店を出て少し歩いたところで、くどいかもしれないがもう一度聞いてみる。
「もちろん! もしかして嫌?」
「嫌、と言いますか…………」
嫌ではないのだが、色々と問題がありまして。
まず、男である俺が女性と一緒とは言えそのような店に行ってもいいのか。そしてもう一つは、俺の理性が崩れてしまうだろうということ。
もしかして、試着とかするのだろうか………。
だとしたら絶対見れないよ………恥ずかしすぎて。
「そういえばさ、私の私服、どう?」
「へ?」
俺の頭の中は水着で埋め尽くされていたので(変な意味ではなく)、突然の話題転換にキョトンとしてしまう。
「し、私服ですか?」
「そう、女の子の私服を見たら何か感想を言うべきじゃない?」
………そういうものなのか。
改めて先輩の服装を見てみる。
白いトップスをインに、グレーのワンピースを合わせたシンプルな服装。
可愛らしくもあり、清楚な感じも出ていて先輩にとても似合っていると思う。
「か、可愛いと思います」
少し緊張してしまったが、率直に思ったことを言ってみる。恥ずかしがって何も言わないよりはましだろう。
俺の感想を聞いた先輩は、さっきまでの勢いはどこへやら、急にそわそわしだした。
「どうしたんですか?」
「い、いやその………そんなストレートに言ってくるとは思わなくて」
いつもの調子なら『でしょー? やっぱり私って可愛いよね!』みたいに自信満々に言うだろうから、新鮮な感じがする。
「み、みなとくんも………かっこいいよ?」
「へ? そ、そう、ですか?」
お返しとばかりに俺にも言ってくる。
というか、なんか星蘿みたいになってない?
やはり姉妹と言うべきか、性格は全く違うようで、実は似ているのかもしれない。
「……………」
「……………」
え、な、なんだこの変な空気……………。
先輩はいつもの調子を見失っているし、俺もそんな様子の先輩を見て恥ずかしくなってくる。
こんな雰囲気でよりにもよって水着店なんかに行ったら気まず過ぎるんだけど!
頼むから元通りに戻ってくださいよ先輩!
と、そんなことを思っていたが、店に着く頃には杞憂に終わった。
そう、今まさに店内へと足を踏み入れたのだ。
「………………」
「あれ~? 湊くん、どうしたの~? そんなにうつむいちゃって」
俺の顔を覗き込み、からかうように言ってくる。
さっきは自分だってめちゃくちゃ照れてたくせに…………。
当然ながら周りは女性客ばかりで、俺は完全に周囲と浮いている。
「湊く~ん、これなんかどう?」
すぐ隣でハンガーをガサゴソさせる音が聞こえ、取り出した水着を自分の体に当てたらしい先輩が、俺の意見を求めてくる。
「い、いいんじゃ、ないですか」
「全然見てないじゃーん、ちゃんと見てよ!」
そう言われましても、見てしまったら色々と大変なことになりそうだし…………。
「よし、分かった! それじゃあ試着した姿を見て感想ちょうだい!」
「え……………」
思わず顔を上げてしまったが、すぐさま下を向く。
一瞬見えた水着は見えなかったことにする。
先輩はすたすたと試着室へと歩いていき、やむを得ずその後ろをついていく。
「ほ、本当に着るんですか?」
「もちろん!」
どうやら先輩の意思は固いようだ。
何とかしてこの状況を乗り切る方法はないだろうか…………。
そんなことを考えているうちに、とうとう試着室までたどり着いてしまった。
「それじゃ、少し待っててね!」
…………………。
カーテンを隔てた向こう側から、衣擦れの音が聞こえてくる。
それだけでも取り乱してしまい、心臓の音が異常なまでに大きくなる。
ここまできたら、もう覚悟を決めるしかない、よな………。
なんと言えばいいのだろうか…………『似合ってます』…………う~ん、無難すぎるか…………『可愛いです』…………う~、これはさっき言ったしな…………う~ん、う~ん。
文字通りウンウンと唸っていると、カーテンが勢いよく開け放たれる音がした。
後ろを振り向くと、少し恥ずかしそうに身を揺らす先輩がいた。
「どう、かな?」
その反応と水着姿が相まって、意識が飛びそうになった…………可愛すぎて。
胸の部分には白いフリルがあしらってあり、肩のラインがくっきりと見える作りになっている。
完全に隠されてはいるが、その大きさのせいでどうしても目が引かれてしまう。
それこそ海を背景にでもしたらものすごく映えそうな姿だった。
「い、いいと思います…………」
そんな風に心では思っているけど、俺の口から出た言葉はなんとも曖昧なものだった。
「ホントにそう思ってる?」
「お、思ってます」
「怪しいなぁ~」
先輩は俺の感想が気に入らなかったのか、満足はしてなさそうだった。
「それじゃあ、何着か着てみて湊くんが一番気に入ったものを買おうかな」
「えっ……………」
これをまたやるのか…………。
正直、俺の心臓はもう爆発寸前だし、この空間にいるだけでも恥ずかしいから早くここから抜け出したい。
もちろんそんな微かな願望が叶うはずもなく、その後も先輩は試着を続け、その度に俺は感想を言った。
「じゃあ、今までのやつでどれが一番好みだった?」
四つ目の水着を試着した後、先輩がそう聞いてきた。
本当に、どれも先輩に似合っていたし可愛かったけど、一番はどれかというと……………
「最初のが、一番似合ってたと思います」
「白くてフリルがついてるやつ?」
「はい…………」
というか、俺の好みのものでいいのだろうか。先輩が気に入った水着を買う方がいいと思うんだけど。
「それじゃあ、それ買おうかなぁ~」
何か含みのある顔で俺を見る。
「あの、やっぱり先輩が好きなものを買った方がいいんじゃないですか?」
思ったことをそのまま口にすると、なぜか先輩は大きなため息をついた。
「問題! なぜ私は湊くんと一緒に水着を買いに来たでしょーか?」
右手の人差し指を立てて、少し呆れた様子で唐突なクイズが始まる。
「男の人の意見を聞きたいから?」
少し考え、適当な答えを口にする。
「違いま~す。正解は、湊くんと一緒に海に行きたくて、湊くんの意見が一番大事だからで~す!」
「………………えっ!」
何か今、とんでもないことを言われたような気がするんだけど…………俺と海に行きたい、とか俺の意見が一番大事、とか……………
「そうじゃなきゃ、男の子と一緒に水着なんて買いに来ません!」
今になってようやく気づいたが、俺は先輩を怒らせてしまったのかもしれない。
どうしよう、早く機嫌を直してもらわなければ。
「海、一緒に行ってくれるよね?」
怒っているからなのか、それとも照れているからなのかは分からないが、頬を赤らめて上目遣いで聞いてくる。
「は、はい。是非………」
急な誘いではあったが、行かないわけがない。
「約束だからね?」
「はい、約束です」
先輩は俺の返答に満足したように頷き、レジへと向かう。
その後ろ姿を追い、俺もレジへと向かっていると、先輩がポツリと呟くのが聞こえた。
「流石に気づいたよね…………」
その言葉がどういう意味を持つのかは分からなかった。
だけど、独り言で無意識に言ったような感じだったから何も聞かなかった。
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