第22話 現実の映画を取り上げてます(作者より)

「この映画の原作がね、すごく面白かったんだよ!」


 中間テストを無事に終えることができ、現在開放感に満ち溢れた土曜日。


 約束していた通り、俺と先輩は隣街にある映画館に来ていた。


「どんな話なんですか?」


 まだ本編は始まっておらず、薄暗いシアターで、幕間を見ながら小さな声で話をする。


 映画のタイトルは俺も知っていたし、かなり興味はあったので観ようか迷っていた。


「二人の高校生男女の話で、女の子は難病を患ってるの。そのことはクラスメイトとかには隠してたんだけど、ある男の子に知られちゃうの。そこから二人の関係が始まるんだけど、最後がめっちゃ感動できるの!」


 先輩は溢れ出す思いを熱く語ってくれる。


 そんな先輩の様子を見ても、未だに一瞬だけ暗い気持ちになりかけた。


 それからまもなくして上映が始まり、導入部分ですぐに映画の世界に引き込まれた。


 そのおかげで嫌なことを思い出すこともなく、最後まで集中して観ることができた。


 上映時間は二時間近くあったのだが、そう感じさせないほどあっという間だった。


 感動的なラストの余韻に浸りながらエンドロールを見ていると、隣から鼻をすする音や必死に堪えようとしている声が聞こえてくる。


 もしかして、泣いているのだろうか。


 横を向いても暗くて表情が見えないが、明らかに泣いている。


 やがてエンドロールも終わり、シアター内が明るくなる。


 そうして見えた先輩は、案の定、号泣していた。


「大丈夫ですか、先輩?」


 ハンカチで涙を拭いている先輩に声をかける。


 周りのお客さんはぞろぞろと席を立ち始め、出口へと向かっている。


 その多くの人たちが微笑ましそうに俺たちを見てから通りすぎていく。


「う……………うぅ………」


 どうやらまともに返答もできないほど泣いているらしい。


 確かに感動はしたけど、ここまで泣くほどではなかった。


 先輩の感受性の豊かさに感嘆する。


 実際、俺が見た限り他のお客さんも泣いている人はいなかったし。


「ごめんね…………泣かないように、頑張ったんだけど………うぅ」


 先輩はなぜか申し訳なさそうに謝る。


「全然、大丈夫ですよ。落ち着いてから出ましょうか」


 こうして声をかけることしかできないので、先輩が少し落ち着くまで見守っていた。


 映画館を出ると、少し休憩しようという話になり、カフェに行くことにした。


 落ち着いた雰囲気の店内で、そこまで混んではいなかったのですぐに席を確保する。


「ほんっとに! 最高だった!」


 注文を終えると、先輩が噛み締めるように言った。


「今でも思い出したら涙が出そうだよ~」


 それだけ聞くと言い過ぎなのでは? と思ってしまうかもしれないが、さっきの様子を見た後だと本当に泣き出しそうだ。


「ラストのどんでん返しには驚きました。まさかあそこで死ぬなんて」


 難病を患い、余命も宣告されているのだからてっきり病気が原因で死ぬのだろうと思っていた。

しかし、実際には病気に侵される前に通り魔に刺されて殺されるという。


 病気を持っていなかったとしても結局死ぬ運命だったと思うと、少し後味が悪いような感じがするが、それをも凌駕するほどの感動を最後にもってきた。


 お世辞抜きで、本当に面白かった。


「だよね! 私も原作を読んだときはビックリしたもん! しかも通り魔についてもしっかり序盤で伏線を張られてたっていうね!」


 先輩はまだ熱が冷めきっていないようだ。


 俺も映画について色々と話したかったので、かなり長い間、カフェに居座り続けてしまった。


「まだ帰るには早い時間だね。これからどうしようか?」


 もうそろそろ店を出ようかという雰囲気になり、先輩がスマホで時間を確認しながら聞いてくる。


「先輩はどこか行きたいところとかないんですか?」


 質問を質問で返して申し訳ないが、俺は特に行きたいところはない。


「ん~、そうだなぁ」


 先輩が考えている様子を見て、こういう時は男である俺がリードした方がよかったと後悔する。


「あっ、そうだ!」


 すると、先輩は何かを思いついたように、意地悪そうな顔を俺に向ける。


 なんだろう、俺の中の危険察知レーダーが警鐘を鳴らしている。


「そういえばさ、もうすぐ夏だよね?」


「? はい、そうですけど」


 もうすぐ、というかすでに六月の下旬なので夏のようなものだ。


 どうしてわざわざそんなことを確かめるのだろうか。


「湊くん、これから私が行くところに絶対に付き合ってくれる?」


「? は、はい」


 こんなに前置きを長くして、一体どこへ向かうつもりなのか。


 益々疑問に思っていると、先輩は星蘿をいじる時のような表情をする。


 その表情を見て、ようやく『何としてでも逃げなければ』と思った。


 だが、時すでに遅し。


 予想通り、次に先輩が放った言葉は、俺を色んな意味で困惑させるものだった。


「水着、買いに行こっか?」


「え………………」

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