第21話 悔しい

 間違いない、星蘿は湊くんの発言を聞いていたんだ…………。


「二人ともどうしたの? そんな強張っちゃって」


「……………」


「いや、何でもないよ。ちょっと星蘿の話をしてたんだ」


 湊くんが平静を装い、具体的ではないが嘘でもないことを言う。


「そうなんだ」


 星蘿もそれ以上は聞こうとしなかった。


「さ、湊くん、遠慮しないでどんどん食べていいよ~」


 少し変な空気が流れそうになっていたので、すぐさま話題を変える。


「あ、はい。それじゃあ、頂きます」


 クッキーを手に取ろうとする湊くんをじっと見つめる。


「えっと、何ですか?」


 私と星蘿の視線が気になったのか、どうにも食べづらそうだ。


「感想聞きたいと思って、私たちのことは気にしなくていいよー」


「俺、そんないいこと言えないんですけど」


 そう言いつつ、手に持っていたクッキーを口に放り込む。


「どう?」


 二人して身を乗り出すように聞く。


「おいしいです!」


 目を見開いて、感動した様子だ。


「やった~!」


 星蘿とハイタッチをして、ひとまず安心した私たちもクッキーを食べ始める。


 楽しく雑談をしていると、ふとあることを思いついた。


「あっ! ねえねえ、三人で期末テストの勝負しない?」


「勝負、ですか?」


 湊くんが少し興味を持ったように問いかけてくる。


 どうせなら張り合いがいのあるものにしようと思い、またもやひらめいた。


「そう、学年順位で勝負。それで、一位だった人は残りの二人に何でも命令できるの。どう?」


 これなら勉強のモチベーションにも繋がる。


「学年が違うのはいいんですか? 二年生の方が問題も難しいでしょうし」


 様子から察するに、湊くんは乗り気のようだ。


「う~ん、まあ学年の人数はほとんど一緒で順位で勝負するからそんなに気にしなくてもいいでしょ。星蘿は?」


 星蘿の顔は先程までとは違い、なにやらいつになくやる気に満ちている。


「何でも命令していいの?」


 挑戦的な笑みを浮かべて私を見つめる。


「変なのじゃなければね」


「やる!」


「お~、やる気だね」


 意外にも、一番嫌がりそうな星蘿が賛成をしてくれた。


「何かお願いしたいことでもあるの? 星蘿の頼みなら無条件で何でも聞くよ~」


 それほどのやる気があるのなら、きっと何かしてほしいことがあるのだろう。


「ん~、特に決めてはないけど姉さんをいじり返せるチャンスだと思って」


 目が笑ってないんですけど?! 


「またまたそんなこと言って~」


 どうやら日々のことを相当根に持っているらしい。まあ、反応が可愛いからやめるつもりはないけど。


「湊くんは何かあるの? 聞き逃したスリーサイズを知るチャンスだよ?」


「どんだけ自分のスリーサイズアピールしたいんですか?! 前もそんなこと言ってましたよね?!」


「はははっ! 湊くんこそスリーサイズって言葉だけで動揺しすぎだよ~」


 顔を真っ赤にして高校生とは思えないピュアな態度をとる。


 別に、好きな人になら教えてもいいんだけどね。


 満更でもなくそんなことを思う。 


「わ、私も! それくらいなら、教え…………られる…………から」


「そんなところで張り合わなくていいから!」


 星蘿は私に対抗しようとしたのか、柄にもなくそんなことを言う。


「まあ何にしろ、負けた人はちゃんとルール守らないとダメだからね?」


 湊くんはおそらく今回も上位をとるだろうし、星蘿もこの様子だと相当頑張るだろう。


 だけど、私だって一位を取りたい。


 この提案を思いついたときは考えてなかったけど、話しているうちに一つだけ思いついた。


 湊くんにしてもらいたいこと……………


「先輩は何かあるんですか?」


「それはね~、秘密。私が一位だったら楽しみにしといてよ」


 今は言えない。勇気が出ないから。


 湊くんに、私のことを名前で呼んでほしいって。


 いっつも『先輩』としか言ってくれないから、名前で呼ばれてる星蘿を羨ましいと思っていた。


 私だって、『蘭花』って呼ばれたい。


 だから絶対に、私が一位を取ってみせる。




 勉強会の日から数日後。


 今まで以上に勉強に力を入れ、無事にテスト最終日を終えることができた。


 手応えは十分ある。解けなかった問題もあるけど、そこまで大きく失点してはいないはずだ。


「姉さん、私には教えてよ。お願い事」


 テストを乗り越えた開放感に浸りながらベランダでゆっくりしていると、星蘿がそんなことを聞いてきた。


 星蘿になら言ってもいいかなと思い、名前で呼ばれたいということを伝えた。


「それとなく言ってみれば名前呼びになるんじゃない?」


 確かに、その通りだと思う。


 これまでにも、どうにかして名前で呼んでもらえるように言おうとした。


「なんか、勇気が出ないんだよね」


 積極的に話しかけることは出来るけど、変なところで足踏みをしてしまう自分がいる。


「だから、ああいうルールにしたら勇気出るかなって」


 勝負に勝った特権を口実にして、その場で思いついたように見せれば、なんとか言える気がするのだ。


 本当に、こんな回りくどいことをしないといけない自分が情けないと思うけど。


「そうなんだ…………私も今はまだ考えてないけど、もし勝ったら、湊くんともっと距離を縮められるようなお願い事を言うから」


 どうやら星蘿もテストの結果には自信があるようだ。

 

 大丈夫……………まだ、私の方が湊くんとの距離は近いはず……………。


 この前の勉強会の時の二人の様子を見てから、少し焦っていた。


 もしかしたら私が思っている以上に二人は仲がいいのかもしれない、と。


 でも、今週末は湊くんと二人で出掛けることになっている。


 そこでさらに仲良くなってみせる。星蘿が追い付けないくらいに。



 そして順位発表当日。


 すでに答案は返却されているから点数は分かっている。


 ほとんどの教科で8割以上を取ることができた。クラスの平均点をかなり大きく上回っているから上位なのは間違いないと思う。


 廊下に張り出された大きな紙を見る。ここには上位50名の名前が書かれてある。


 左から順に名前を見ていき、私の目線は途中で動きを止めた。


 ある…………私の名前、あった!


 順位は34位。


 ものすごく良いというわけではないけど、二人に勝てる希望は少しはあるはずだ。


 頭の中は早く二人の順位が知りたいという気持ちでいっぱいだった。


 一位でありますように。


 そう願いながら、放課後になるといつものように星蘿の教室へと向かう。


「星蘿~、どうだった?」


 開口一番にそう聞くと、星蘿はこれまでに見たことがないほどの満面の笑顔でこう言った。


「12位だったよ!」


 それは、私が想定していた順位よりもはるかに上だった。


 まさかここまで上げてくるとは。前回赤点があったことが信じられない。


 星蘿の嬉しそうな顔を見ると、誉めてあげたいという気持ちよりも、悔しさが勝ってしまった。


「湊くんは?」


「俺は21位でした」


 悔しそうにしているけど、それでも十分すごい。


「あちゃ~、それじゃあ私が最下位かあ~。湊くんも星蘿の願い事叶えてあげないとだね」


 口では平気そうに振る舞うけれど、やっぱり悔しい。


 テストの順位で負けたからじゃない。


 なんとなく、星蘿に気持ちで負けたような気がしたからだ。


 湊くんに名前で呼ばれたいという思いが、星蘿が湊くんを想う気持ちよりも弱い気がして、悔しかった。


 ……………湊くんを好きな気持ちだけは、誰にも負けない自信があるのに。




 



 


 


 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る