第20話 華やかな勉強会

「いらっしゃい、湊くん」


「いらっしゃい」


 玄関の扉を開けると、そこには緊張した面持ちの湊くんがいた。


「どうぞ、入って入って~」


 あまりこういう場面に慣れてなさそうな反応を可愛いなと思いながら、湊くんが入れるように一歩下がる。


「お、お邪魔します」


 でも、この状況だと勉強に集中できないかな。


 私も湊くんの立場だったら緊張するしなぁ。まあ、休日に勉強会をするような仲の男子は湊くん以外いないんだけど。


「それじゃあ、私はお茶用意してくるから、私の部屋まで案内しといてね」


 星蘿にそう言い残して台所へ向かう。


 自室に戻ると、湊くんと星蘿は落ち着かない様子で勉強の準備を始めていた。


「そういえばさ、湊くんは中間テストの順位、どうだったの?」


 少しでも緊張をほぐしたいと思い、何気ない雑談を振ってみる。


「えーっと、確か二十位くらいでした」


「えっ! すごいじゃん!」


「えっ…………」


 ウチの高校は一学年約三百人いるから、その中で三十番ということはかなり上位だ。


 中学生の時も成績が良かったみたいだけどまさかここまでとは。


 私なんてだいたいいつも100番台なのに。


 ふと隣の星蘿を見ると、ひどくショックを受けてそうな顔をしていた。


 すぐさまその理由が分かり、突如いじりたい気持ちが込み上げてくる。


「あれ~? そういえばさ~、星蘿は何位だったっけ?」


 わざと意地悪く言えば、星蘿がキリッと睨みつけてくる。


 口許を固く結び、眉を寄せたその表情は『いかにも怒ってます』というようなものだが、全く恐くない。むしろ可愛い。


 その反応を見てさらに気持ちが乗り、追い討ちをかける。


「確か~、赤点があっ」


「あー、うるさいうるさい!」


 ポコポコと肩たたきでもしているかのような強さで私の二の腕を叩く。


 これ以上はやりすぎだと思い、優しく頭を撫でる。


「本当に仲がいいですよね、二人」


 そんな私たちの様子を微笑ましそうに眺めていた湊くんが、子供を見る親のような目をして言った。


「仲良くないもん」


 まださっきのことを怒っているのか、小さな子供のように拗ねた様子で、間髪入れずに否定する。


「え~、仲良いじゃん、私たち。昨日だって一緒に寝たもんね」


「ちょっ、姉さん! そういうことは」


「寝たもんね!」


 湊くんと私の顔を交互に見ながら、明らかに焦っている様子の星蘿。


「ね、ねたけど………でもそれは! その、事情があったからで…………」


 言い訳をしようとしたことろで、自ら墓穴を掘っていることに気付いたのだろう。段々と声が小さくなっていく。


「雷怖いよね~? 落ち着いて一人じゃ眠れなくなるくらい怖いよね~」


「ちっ、ちがっ! ……………もう! 早く勉強しようよ!」


「はははっ! そうだね、そろそろ始めようか」


 否定することも諦め、さっさと勉強するように促す。


 私も大人しく参考書とノートを取りだし、大きめのテーブルに乗せる。


 各々勉強を始めたので、水を打ったように部屋が静かになる。


 しばらく経ってノートから顔を上げて湊くんを見ると、集中できているみたいで安心した。


 気を取り直して数学の問題を解き始める。


 聞こえるのはシャーペンで文字を書く心地良い音と、冷房の風の音。


 不思議と一人でするよりも集中できている。


 周りに同じように勉強をしている人がいるからだろうか。


「星蘿、分からない問題でもあるのか?」


 湊くんが優しい声音で星蘿に声をかける。


 普段より声量を抑えているようだが、これだけ近くにいると嫌でも聞こえてくる。


「うん…………ここが分からなくて」


 星蘿が参考書を指差して、湊くんがそれを見ようと身を乗り出す。


 必然と二人の距離も近くなる。


 なんだろう………なんか、モヤモヤする……。


 二人の様子を見て、これまで感じたことのない、言葉にできない感情が込み上げてくる。


 それも、あまり気分の良くない……………。


 しばらくノートになにかを書き込んでいた湊くんは、星蘿にそれを見せながら説明を始めた。


 気付くと、さっきまであんなに集中できていたのに今は腕が止まっている。


 こんな二人…………見たくない。


 そう、思ってしまった。


 この気持ちが嫉妬なんだと、しばらくしてから気がついた。


 見たくないはずなのに瞳は釘付けになって、二人を視界から離さない。


「先輩、うるさかったですか?」


 私の視線を感じた湊くんが、申し訳なさそうな顔を浮かべて言った。


「あ、いや、湊くん教えるの上手だな~と思って」


 瞬時に心の中の醜い感情を消し去り、適当な理由で誤魔化す。


「そろそろ休憩しませんか?」


 意外にも、湊くんがそんな提案をした。


 時計を見ると、もう少しで3時を回るところだった。


 私も少し疲れてきたのでその提案に乗ることにした。


「そうだね。あっ、そういえばさ、湊くんってチョコ食べれる?」


「え? あ、はい、食べれますけど」


 突然の話題に驚いた様子を見せる湊くん。


「実は星蘿と一緒にチョコクッキー作ったんだよね。よかったら一緒に食べない?」


 私も星蘿もお菓子作りはあまり得意じゃなかったからかなり苦労したけど、それなりに上手にできたと思う。


「いいんですか?」


 そう確認をとりつつも、喜びを隠しきれていない様子だ。


「もちろん! そのために作ったんだから」


「それじゃあ、是非! 頂きたいです」


「はーい、持ってくるから少し待っててね」


「あ、姉さん、私が行くから座ってていいよ」


 立ち上がりかけたところで星蘿に止められる。


「さっきお茶持ってきてもらったから、今度は私が行くよ」


「そう? ならお願い」


 素直に星蘿の言うことを聞き、腰を下ろす。


 星蘿が出ていったあと、二人きりになると湊くんが口を開いた。


「あのぬいぐるみ、星蘿からもらったやつですよね?」


 ベッドの上に枕と一緒に置かれてあるイルカのぬいぐるみを指差す。


「うん。この前もらったの」


 そう言うと、湊くんは少し気まずそうな表情を見せた。


「あの、一つ言っておきたいことがあるんですけど」


 少し真剣な雰囲気をまとった湊くんを見て、私も思わず身を固める。


 なんとなく湊くんが言いたいことが分かっているから。


「心変わりしたとかじゃないですから」


「…………そう、なの?」


 星蘿と二人で水族館に行ったことを言っているのだろう。


 思ってた通りのことだったけど、どうしても確認してしまう。


「はい………先輩以外の人を好きになることはありません」


 ドクンッ


 心臓が大きく跳ねたことが引き金となり、早鐘を打ち始める。


 これって…………もしかして二回目の告白?!


「あっ、えっと、これはその…………すみません、今の忘れてください」 


 自分でも無意識に言ってしまったのか、我に返ったように慌てる。


 あ~、もう! 無駄にドキドキしちゃったんだけど…………急にそういうことを言うのはやめてほしい。本当に心臓に悪いから。


「まぎらわしいなぁ~」


「す、すみません。その、俺が言いたいのは星蘿はただの友達だってことです」


「お待たせ~」


 湊くんが言い終わった丁度のタイミングで、星蘿が部屋に入ってくる。


 聞かれてた……………?  


 そこまで大きな声じゃなかったと思うけど扉の前にいたりしたら聞こえてもおかしくない。


 確かめようと星蘿の横顔を見る。


 そして確信した。


 一見いつも通りに見えるが、実際は無理をしてそう振る舞っているようだ。



 間違いない、星蘿は湊くんの発言を聞いていたんだ…………。




作者より

まず、ここまでこの話を読んでくださりありがとうございます。「はじめに(読まなくてもいいです)」でこのお話は32話構成と書きましたが、28話と訂正させてください。ボツになった話も数えていました。すみません。

残り8話、どんな結末になるか最後まで見届けて頂けたら嬉しいです。



 

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