第17話 思い出
「わー! 湊くん、あれ見て!」
館内に入ると、星蘿は人が変わったようにはしゃいでいた。
もしかして、魚が好きなんだろうか。
星蘿が指差した魚に視線を向け……………なんだあの魚。
フグに見えるけど、それにしては横長いような。フグって丸々としたイメージだし。それによく見れば肌に針を持っている。
「サザナミフグっていうんだよ、可愛い~!」
「か、可愛い?」
うっとりとした表情でサザナミフグを見つめている。
ていうかやっぱりこれフグなんだ。フグも人と同じで十人十色ってか。
特段魚に興味があるわけじゃないけど、初めて見るものは興味深い。
「可愛くない? 特にこの目とか!」
星蘿はどうしても共感したいのか、チャームポイントをアピールする。
むしろその目が可愛くない…………というかちょっとキモい。
「キモカワイイ的な?」
「そう! それ!」
これは何という大発見だろうか。
こんなにも可憐な美少女がキモカワイイ生物を好んでいるとは。
そう思ってしまうくらいには衝撃的なことだ。
「あ、ほら、あれはセミエビだよ!」
星蘿はサザナミフグから目を離し、また違う魚を発見したようだ。
これまた変な名前だな。
セミとエビって…………どっちかはっきりしろよとか思いつつ、星蘿の視線を追って、驚愕した。
「なっ…………」
まじでセミじゃん…………。
夏に道端でよく死んでる奴じゃん…………。
お前、水中でも生きられるのか…………。
「これ、エビなの?」
そんな冗談はさておき、セミに似たエビだということは分かるが、それにしたってそっくりだな。
「もちろん! 食べることもできるよ!」
「マジかよ………すげーな」
てかなんでそんな嬉々として紹介してるんだ。
「これも、キモカワイイ?」
「う~ん、この子はキモくはないかなぁ。普通に可愛い!」
俺のなかでの星蘿のイメージがどんどん崩れていく。
勿論悪い意味ではなくて、単に意外だと思っただけだが。むしろ星蘿の新しい一面を見れたことは喜ばしいくらいだ。
その後も星蘿は気になった魚を見つけては興味深そうに眺め、俺に解説をしてくれた。
キモカワイイという感情は分からないけど、名前も知らない魚を見たり、星蘿の豆知識を聞くのは楽しかった。
そんな風に館内を歩き回っていたら、あっという間に時間が過ぎていった。
「そろそろだな」
「あっ、ホントだ」
星蘿も腕時計を見て確認する。
星蘿がどうしても水族館に来たかった理由は、イルカショーだった。これまで一度も見たことがないらしい。
「湊くんはイルカショー見たことある?」
会場に向かう途中、星蘿がそう聞いてきた。
「ああ…………ある、な」
無意識に声のトーンが下がってしまう。
小さい頃……………俺がまだ小学校低学年だった時に、一度だけ来たことがあったな…………お母さんとお父さんと…………。
「…………湊くん? どうしたの?」
「ん、あ………すまん。ちょっと考え事してた」
星蘿が不思議そうな表情で俺の顔を覗き込む。
「急がないともう始まるぞ」
楽しい雰囲気を壊してしまう前に誤魔化す。
「あ、そうだね、急ごう!」
星蘿もさして気にならなかったのか、それともイルカショーが楽しみなのか、すぐに笑顔になってくれる。
…………駄目だな、いい加減両親のことを思い出す度に暗い気持ちになってたら。
気持ちを切り替えて、星蘿とともに小走りで会場へと向かった。
「わー! すごい! すごい!」
飼育員さんの合図に合わせるように、二匹のイルカが空高くジャンプをする。
隣にいる星蘿はすっかり興奮していて、今にも立ち上がりそうだ。
約十五分ほどのショーはあっという間に終わり、少し名残惜しい気持ちで会場を後にする。
「姉さんに何かプレゼントしたいからお土産屋さん行ってもいい?」
帰り際、可愛らしいアクセサリーやぬいぐるみが置かれてあるお店を発見した。
「全然いいよ」
俺も何か買おうかな、せっかくだし。
適当に店内を見回っていると、普段使いできそうなマグカップを見つけた。
少し可愛いによりすぎている気もしたが、結構気に入ったので買うことにした。
星蘿は大きめのイルカのぬいぐるみの前でなにやら考え込んでいた。
「それにするの?」
何を悩んでいるのだろうかと思いつつ聞いてみる。
「姉さん、喜んでくれるかな? これもらって」
どうやら先輩の好みに合うかどうかを心配していたらしい。
「星蘿が選んだものなら何でも喜ぶと思うよ?」
「そう、かな?」
それからも少し悩んだ後、結局そのぬいぐるみに決定した。
「今日はありがとう、私に付き合ってくれて」
駅へと向かう途中、星蘿が落ち着いた様子でお礼を告げる。
「ううん。すごい楽しかったよ。また遊ぼうな」
素直に自分の気持ちを伝えると、星蘿は俺の顔をじっと見つめる。
その表情はやがて微笑みに変わり、噛みしめるようにこう言った。
「私も、楽しかった」
本当に来てよかったと思う。
星蘿のことをより知れたし、あまりこういう機会がないから新鮮で楽しかったから。
星蘿は疲れてしまったのか、帰りの電車では先ほど購入したイルカのぬいぐるみを抱いてぐっすり眠っていた。
「プレゼントするやつだろ、それ」
微笑ましい姿を見て独り言を呟く。
…………ん? 先輩への、お土産………?!
その時、俺はとんでもないことに気付いてしまった。
あのシスコンな先輩が星蘿が誰と出掛けているか知らないはずはない。
つまり、先輩からすれば告白してきた男子が、妹と休日に水族館に来ているわけで……………。
これ、もしかしてかなりまずいのでは? 心変わりしたとか思われた? 『もう一度告白したときに返事は下さいとか言っておきながら他の女子に心変わりするとか最低~』とか思われてる?!
だとしたら本当にヤバイ!
先輩がそんな風に思っているとは限らないのに、一度気付いてしまえば不安になってくる。
と、とにかく…………機会があればそれとなく弁明しよう…………。
最後の最後で不安な気持ちに駆られてその日を終えた。
◇◇◇◇◇
「姉さん、これ、お土産」
家に帰ると、早速姉さんの自室に行ってぬいぐるみを渡す。
「私に? ありがとう!」
ぬいぐるみと一緒に私の体を抱きしめて喜んでくれる。
「今日からこのぬいぐるみを星蘿だと思って一緒に寝るね!」
「ごめん、それはキモい」
「ひどい!」
ぬいぐるみを膝に置いて楽しそうに話す姉さんを見て、買ってよかったと思った。
悩んでいたのは、自慢していると思われるかもしれないからだった。
姉さんに伝えておいたとはいえ、好きな人が自分以外の人と水族館に行くなんて、気持ちのいいことじゃない。
それなのにお土産を渡したら、嫌な気持ちにならないだろうかと思っていたのだ。
でも、どうしても姉さんに、プレゼントを渡したかったのだ…………水族館の。
昔、家族で水族館に行ったことがあった。
私も姉さんもすごく楽しみにしていた。
でも、当日になって私は体調を崩してしまい、行けなかった。
『星蘿が行かないなら私も行かない!』
そう言って、姉さんは私のそばを離れようとしなかった。あんなに楽しみにしていたのに。
『姉さん、お願いがあるの』
『なに? 何でも言っていいよ』
本当は、私だってすごく行きたかった。体調が悪くても、お母さんが許してくれるなら姉さんと一緒に行きたかった。
でも、お母さんは当然寝てなさいと言うから、姉さんだけでも楽しんできてほしかった。
『イルカのぬいぐるみ、欲しい…………水族館で買ってきてくれない?』
思い付きで言ったことだった。
それでも姉さんは『星蘿と一緒じゃなきゃ嫌だ!』と言っていたけど、私の方もどうしても折れなかったから、結局行くことになった。
予定では私と姉さんとお母さん、お父さんで行くはずだったけど、まだ小さい私を一人にさせるのが心配だったお母さんは家に残った。
水族館から帰ってきた姉さんは、大きなイルカのぬいぐるみを持って、私にこう言った。
『今度は絶対一緒に行こうね!』
と。
今でもそのぬいぐるみは私の部屋に置いてある。
その時のお返しを、どうしてもしたかった。
「気にしなくていいよ」
「え…………」
プレゼントに無邪気に喜ぶ様子はどこへやら、打って変わって挑戦的な口調と表情に変わる。
「お土産を買ってきてくれたことは素直にすごく嬉しいよ」
まるで私の心を読んでいるかのような言葉だ。
「確かに、今日はずっと落ち着かなかった。湊くんが星蘿に心変わりしたらどうしようって」
本当に、どうしてこんなにも私の考えてることが分かるのだろうか。
「でも、正々堂々と闘うって決めたから、星蘿もそんなことは気にしなくていいんだよ」
いつだって、私がほしい言葉を言ってくれる。
そのおかげで、私は私としていられるのかもしれない。
「いつもありがとう、姉さん」
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