第16話 デート?

 現在日曜日の午前十時。


 あの電話があった次の日、星蘿と話し合って決めた行き先は水族館だった。


 友達とはいえ、男女で水族館……………まあ、普通かな?


 なんか妙にデートっぽい感じがするが、星蘿が水族館がいいと言ったので仕方がない。


 そんなわけで駅前で星蘿を待っている。


 もうそろそろ来るかな?


 腕時計を見ながらそう思っていると、後方から足音が近づいてくる。


「湊くん、ごめん遅れちゃって」


 後ろを振り向くと、少し息が上がっている星蘿がいた。


 まだ約束の時間じゃないけど、俺の姿を見て少し走ったのかもしれない。


「いや、俺も今来たとこだから」


 言ってしまった後でなんか恋人みたいだなと思い、少し気恥ずかしくなる。


「そ、そうなんだ……………」


「あ、ああ…………」


 ま、まずい、なんだこの空気は?!


 ただ友達と待ち合わせをして合流しただけなのに無駄に緊張してる。


 とりあえずこのままじゃ埒が明かないので、駅の中に入り電車に乗ることにした。 


「……………」


「……………」


 電車のなかでもなんとなく会話がしづらく、意味もなく車窓から見える景色に意識を向けていた。


 何か話題はないだろうかと考え、横目で星蘿を見る。


 星蘿はガッチガチに体が固まっており、俯いている。顔は見えないが、耳まで真っ赤だから顔は相当だろう。


 と、そんなことを思っているといい感じの話題を思いついた。


 言うのが少し躊躇されるが、思いきって振ってみる。


「星蘿の私服、お洒落だね」


「へっ?!」


 体をピクンと揺らして、ゆっくりと顔を上げる。


 俺の顔を見るともじもじし始めるのでこっちの調子も狂ってしまう。


 でも、星蘿の私服がお洒落なのは本当だ。いや、俺はお洒落かどうかなんて全然分からないんだけど。


 ベストとスカートが一体になったような服(ジャンパースカートというらしい)を着ており、それはすごく大人っぽい雰囲気を醸し出していた。


 友達と遊ぶだけだからと思って大して服装に気を遣わなかったことを申し訳なく思うくらいには、その服装は星蘿に似合っていて、可愛いとも思う。


「そ、そうかな…………ありがと………」


 服装は大人っぽいのにその反応や言動は幼い感じがするから、なんというか、すごいギャップを感じる。


 その後は二人とも少しづつ緊張が溶けてきて、他愛もない話をして時間を過ごした。


 電車に揺られること約四十分。


 目的の駅にたどり着き、俺たちは電車を降りる。


 駅の外には思っていた以上に人がごった返していた。人混みに慣れていない身としては、見ただけで疲れてしまいそうだ。


「人多いね」


 星蘿もそう思ったのか、げんなりとした様子で呟く。


「人混みは苦手?」


「う~ん、苦手、かな」


「でも、先輩とよく放課後に遊びに行ってるよな?」


 嫌そうにしている星蘿と、それを無理矢理引っ張っている先輩の姿をよく見る。


「嫌だって言っても聞く耳持たないから、姉さん」


 口調こそ呆れた感じだったが、嬉しそうに口許が綻んでいた。


『あの子めっちゃ可愛くない?』


『うわっ、女優さんみたい!』 


 すれ違う人々が星蘿を見て、そんなことを言っている。


 本人は全く気付いてなさそうだけど。


 まあ確かに、こんな美人な女性が街中を歩いてたらそう思うよな。というか、それこそ先輩と一緒だったら芸能事務所にでもスカウトされそうだけど…………


「なあ、こんな風に街中歩いてるときにスカウトされたこととかないの?」


 単純に知りたかったので聞いてみる。


「えっと、あるよ」


 何でもないことのように平然と答える。


「マジで?」


「う、うん、何回かだけど」


「何回か?!」


 まさかそこまでだったとは。


 星蘿がとんでもない美人だということを改めて確認して、益々お洒落をしなかったことが悔やまれる。


 事実じゃないとはいえ、何も知らない人から見れば年頃の男女二人組はカップルに見えるだろう。


 星蘿の隣にいて恥ずかしくない格好をするべきだったな。


「湊くんは…………」


「ん?」


「湊くんは、可愛いと思う?」


「えっとー、それって……………」


『私のことが』ということか? だとしたら答えられるわけがない!


 確かに可愛いけど、恋人でもない女性に向かって可愛いとはとてもじゃないが言えない。


「どうなの? か、可愛い?」


 足を止めて、ぐいっと顔を近づけて上目遣いで見つめてくる。


 一体どうしてしまったんだ星蘿?! なんかいつもと違う。


 その期待するような瞳を見て、言い逃れをしようという気が起きるはずもない。


 素直に言うしかないのか……………。


「知らない人にスカウトされるより……………み、湊くんの評価の方が、き、気になる」


 何でそういうことを言うんだ?! 余計に伝えづらくなるだろ!


「え、えっとだな、その…………か、かか、可愛いと、思うぞ」


 めちゃくちゃ噛んだー! というか恥ずかしすぎるんだけど、なんだよこのプレイ?!


「あ、ありが…………と」


 頬を紅潮させて呟く。


 その反応を見てさらに恥ずかしくなり、何も言えなくなる。


 そうこうしているうちにやっと水族館にたどり着いた。


 単に気温が高いからか、羞恥心で悶え死ぬようなことを言ったからなのかは分からないが、額にはうっすらと汗をかいている。


「湊くんも………………かっこいいよ」


 水族館に足を踏み入れた瞬間、一歩後ろにいる星蘿が、そんなことを呟いていた…………ものすごく小さな声だったけど。


 目線だけ斜め後ろに向けると、星蘿はまだ俯いており、特に失言をしたという感じではない。


 もしかして、無意識?


 確かめると自らの心臓を破壊してしまいそうなので、あえて聞かないことにした。


 聞き間違い、だよな…………?


 好意のない男友達に『かっこいい』なんて言うはずないし…………。


 頭から無理矢理さっきの星蘿の言葉を追い出し、館内の幻想的な魚たちに意識を向けた。

 




 


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