第14話 かけがえのない存在
放課後になると、私はすぐに教室を出て階段を駆け上り、姉さんの教室に向かった。
普段は通らない二年生の教室が並ぶ廊下を、早歩きで進む。
姉さんのクラスは、丁度先生の話が終わり、放課になったところで、少しざわついている。
上級生の教室に入るのは緊張するし、憚られたけど、今はそんなことを言っている場合ではない。
今すぐ、姉さんと話がしたい。
話して、仲直りしたい。
「姉さん」
帰り支度をしている後ろ姿に声をかけると、驚いたように振り返る。
この一週間、あまり会話ができていなくて久しぶりに話しかけられたからだろう。
「星蘿…………」
気まずそうに視線をそらす。
喧嘩なんてこれまでしたことなかったから、どうすればいいのか分からない。
その気持ちはきっと、私も姉さんも同じ。
だからこそ、こんな関係は嫌で、早く元通りになりたいという気持ちも一緒。
「一緒に帰ろう?」
少し前までは、この言葉は姉さんが私に言っていた。
毎日、必ず私の教室に来て、意地でも私を連れていく。しかもその後は姉さんの気が済むまで寄り道に付き合わされる。
表面上ではつれない態度をとっていたけど、本当はすごく楽しくて、嬉しかった。
映画を観たり、美味しいと評判のスイーツを食べたり、洋服を見たりすることが。
だからこそ、この一週間は寂しかった。
姉さんと一緒に過ごす時間が、この上なく大好きだって、改めて分かった。
姉さんは突然の私の変化に驚いていたけど、少し嬉しそうにも見えた。
学校を出るまでは、二人とも無言だった。
正門を出て、周りの喧騒が聞こえなくなったところで、口を開く。
「謝りたいことがあるの」
二人の足音以外は何も聞こえないほどの静けさのなか、私の声は妙にはっきりと聞こえた。
「この前は、言いたいことだけ言ってごめん」
姉さんの気持ちは分かっていたのに、頭に血が上って姉さんを傷つけてしまった。
「私、姉さんに気を遣ってほしくなくて………
それだけなの」
おそらく姉さんは、私が自殺をしようとしていたほど追い込まれていたことに気付けなかったことに申し訳なさを感じている。
あの日…………家にたどり着いた後、私は姉さんに全てを伝えた。
いじめられて、本当はすごく辛かったこと、自殺をしようとしたこと、湊くんが私のことを姉さんだと勘違いして助けてくれたこと。
何もかも言ってしまった方が、自分の心も軽くなると思ったから。
それを聞いた後、姉さんは涙を流しながらひたすらに謝った。
『ごめんね…………気付いてあげられなくて、ごめんね…………ごめんね』と。
私の身体を抱き締めながら、震える声でそう言っていた。
まるでそれは、私が目の前にいることを必死に確かめているように感じて、私も思わず泣いてしまった。
ひとしきり泣いた後、姉さんは私と約束を交わした。
『辛いことや悲しいことがあったら、一人で抱え込まないで私に言ってほしい』
『嬉しいこともそうじゃないことも何もかも、星蘿と分かち合いたい』
『姉妹の間に、秘密事はなしだからね』
その言葉に、私はどれだけ救われたか…………本当に、感謝してもしきれない。
だけど今度は、姉さんが無理をするようになった。
私のことを一番に考え、いつだって自分のことは二の次。
今回だってそうだ。
私が湊くんのことを好きだと知っていたから、姉さんは告白されたことを言わなかった。
私の恋を邪魔しないように、自分の気持ちを押し潰してた。
「私こそ………ごめんね」
姉さんは立ち止まり、私の目を見る。
「私………星蘿の気持ちを、無視してた………星蘿が傷つくのが恐くて………自分の気持ちに嘘、ついてた…………」
やっぱり、そうなんだ。
姉さんも………湊くんのことを………
優しくて、私たちの元気がなかったら事情を聞いて励ましてくれようとしたり、努力家だったり、自分の気持ちに素直で、男らしいところもあったりする湊くんのことが…………
「私…………好きだよ、湊くんが……………どうしようもないくらい………好きなんだ」
胸に手を添えて、溢れ出す気持ちを言葉にした。
やっと、言ってくれた。
そんな姉さんの姿を見て、私は無意識に二年前の自分の姿を重ねた。
今までは、私と姉さんは姉妹なのに性格が全く違うなと思ってた。
でも、そうじゃないんだ。
見かけは違っても、根本的なところではすごく似ているんだ。
お互いのことが大好きで、なんだかんだ趣味も合うし、考えすぎるし、一人で抱え込もうとするし…………それに、同じ人を好きになる。
結局は、似た者同士なんだなって。
「私だって、湊君のこと、大好き」
好きな人は一緒でも、その思いの強さだけは負けたくない。
「私の方が好きだもん!」
姉さんもそこだけは譲れないのか、すぐに言い返してきた。
「私は大好きだから」
「なら私は大大好き!」
「それなら私も大大大好き!!」
「大大だーい好きだから!!」
らしくもなくやけになって言い争う。
「ふふっ」
「ははははっ!」
お互い馬鹿らしくなって、耐えきれなくなったように笑いだす。
ほら、やっぱり似た者同士だ、私たち。
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