第13話 思い

 「飛び降りようとしてたのは………死のうとしてたのは…………私………だったの………」


 あの時の人は………星羅だった…………?


「嘘…………だろ………………」


 そんな間違い…………


 するわけがないと思ったが、実際入学式の時も俺は星羅のことを先輩と見間違えた。


「あの時は、髪型とか、身長とかもほぼ一緒だったから」


「………………」


 それならなんで、自殺なんか……………。


 俺が聞くのを躊躇っていると、星蘿が何てことのないように話し始める。


「私ね、いじめられてたの………理由は多分、私の性格。自分の意見をはっきり言わなくて、いつも作り物の笑顔を浮かべてたから…………それが一部の人には気に入らなかったんだと思う」


「…………そんなことで………………」


 名前も顔も分からない、星羅をいじめた人間に腹が立つが、その怒りはどうすることもできない。


「小学生とか中学生ならそんなものだよ………」


 諦めと悲しみが混じった声音だった。


「最初はそんなにひどいものじゃなかったんだけど………段々激しくなって…………学校に来れなくなった…………」


 星羅と同じ学校で同じ学年なのに知らなかったのは、そういうことだったのか………。


「毎日家にこもって過ごしていくうちに………

私って何のために生きてるんだろうって………

そう、思ってきたの」


 話を聞いているだけなのに、心が痛む。


 だけどそれ以上に、辛い出来事を話している星羅はもっと苦しいだろう。


「姉さんは、毎日私と楽しそうに話をしてくれた…………学校に行かない私を責めたりもせず

………その時間だけは、本当に、楽しかった。

でも…………やっぱり生きることが辛くなって

……………飛び降りようとしたの」


 その時の光景が、昨日のことのように思い出される。


 やつれた頬、虚ろな目、生気のない声。


 そんな状態になるまで、一人で抱え込んでいたのか。


 どれほどの重さだったのかは分からない。


 きっと俺には想像もできないだろう。


 そんな重荷を、中学生になったばかりの子が背負えるはずはない。


 なのに俺は、そんな事情も知らずに、ただ自分の過去を思い出して、感情任せに叫んだ。


「だけど…………湊くんが助けてくれた」


 あの時の俺に、何が分かっていたのだろう。


 見当違いも甚だしい。


「なんか…………びっくりしたよ………あんなに、誰かに生きててほしいって言える人がいて」


 それでも星羅は、まるで良い思い出を懐かしむように言う。


 そんなんじゃない。


 確かに先輩には生きててほしいと思ったけど、結局は自分のためなんだ。


 大切な人が、大好きな人がいなくなるのは、もう、嫌だから………傷つくのを、恐れていただけなんだ。


「湊くんは私に言ってるんじゃないって、姉さんと勘違いしてるんだって分かってたけど………それでも、元気が出た…………私も、誰かにとって大切な存在になりたいって、思ったんだ」


 その言葉は、俺の心に染み渡るように広がり、優しさで包み込む。


「ありがとう」  


 何の憂いもない、澄みきった笑顔。


 その笑顔は眩しくて、先輩にそっくりだった。


 ずっと分からないままで、先輩に尋ねられなかったことが、今やっと分かった。


 今までは、先輩が俺に向けてくれている笑顔に偽りはないのだろうか…………また、何か辛いことを一人で抱え込んでいないだろうかと、そんなことばかり思っていた。


 けど、もうそんな心配はしなくていい……今も昔も、先輩は先輩のままなんだと分かったから。


 それなのに………胸のざわめきは消えない。


「俺……………」


 そのざわめきを意地でも掻き消したくて、今俺が言える最大限の言葉を口にする。


「俺…………星羅の、友達に………なりたいよ」


 嘘偽りのない、本心からの言葉だ。


 口下手で少し冷たいところもあるけど、本当は甘えたがりで、優しくて、自分のお姉さんのことが大好きな星羅と、友達になりたい。


 伝わっただろうか。


 受け入れてくれるだろうか。


「私も………湊君の、友達に…………なりたい」


 ぎこちないその様子を見て初めて、星羅との距離が大きく縮まったような気がした。


「……………」


「……………」


「いや~、若いっていいよねぇ」


 恥ずかしさのあまり二人して俯き、何も言えないでいると、突然後方から呑気そうな声が上がった。


 そ、そうだった………すぐ近くに先生がいることをすっかり忘れてしまっていた。


 友達になりたい……………それを聞かれていたのか………。


 その事を再確認すると、熱くなった頬がさらに熱くなり、顔から火が出そうだ。


 星羅も似たような表情をしており、俺たちは何も言えない。


「まあ、最初の話は聞かなかったことにするよ」



 そう言いつつも、心配そうな顔で星羅を見つめる先生。


「だけどね、辛いことは一人で背負わないで、誰でもいいから周りの人に言わなくちゃダメよ?」


「………はい。でも…………」


 顔を上げた星羅の表情は、さっきまでとは違って真剣だった。


「今は、生きててよかったって、そう思ってます」


「……………そう」


 安心したように頬を緩ませる。


 あの日の出来事は、俺の勘違いから起きたことだったけど、今はこうして星蘿が目の前にいてくれて、本当によかったと思う。


 その時、五時間目の授業の終了を告げるチャイムが鳴った。


「俺は教室に戻るけど、星羅はどうする?」


「私ももう戻ろうかな」


 先生にお礼を言って、二人で保健室を出る。


「私、もう一回姉さんと話してみるね」


「そういえば、喧嘩してた理由ってなに?」


 ふと疑問に思い聞くと、星羅はなぜか意味深な表情を浮かべる。


「秘密」


 まあ、本人が言いたくないなら別にいいのだが、その反応は少し気になる。


「あっ、それとさ」


 なにかを思い出したように、今度は意地悪そうな表情になる。


「さっき、湊君の友達になりたいって言ったけど」


 またもや恥ずかしさが込み上げてきて、思わず顔をそらしてしまう。


「ずっと友達でいる気もないから」


「え?」


 誇張ではなく、本当にその意味が分からなかった。


「それって」


「えっと、悪い方に勘違いしないでほしいんだけど、仲良くしたいっていう気持ちは変わらないから」


 ずっとは友達でいる気がないのに仲良くしたい

……………?


 深く考えてみてもやっぱり分からない。


「鈍感」


 またしても意味深なことを言って、それっきり何も教えてくれなかった。


 今日の星蘿は、なんだかいつもと違った。

 

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