第9話 姉妹だから

 告白をしてしまったのだから、早く行動するに越したことはない…………でも断られた時が怖いしなぁ…………。


「…………………よし、思いきってデートに誘ってみる」


「おおー」


 どうなるかは分からないけど、とりあえず直進あるのみだ。


「そうなってくるといつ誘うんだ?」


「ん~、二週間後には中間考査があるしなぁ」


 流石にテスト前に誘うのは先輩に申し訳ないし、俺も勉強はしないとだし。


「中間テストが終わってからにしようと思う」


「まあそうなるよな。てかマジで頑張れよ、応援してっから」


 こんなに一緒になって考えてくれるのは、本当にありがたい。


「お、もうそろそろ時間だな」


 昼休憩の終了十分前を知らせるチャイムが鳴り、勝也は弁当を急いで片付ける。


「陸上部の仕事があるんだっけ」


「ああ。面倒だから行きたくないけどな」


「頑張って。それと、相談に乗ってくれてありがとな」


「いいってそんなの。俺でいいならいつでも相談乗るし。ていうか気になるからこれからも俺に相談してくれ」


「分かった、そうするよ」


 本当にいい友達をもったなと思いながら、勝也を見送った。


 それからしばらく経って、女子の100m走が始まった。


 星蘿の出番になり、心のなかで応援する。


 運動があまり得意ではないと言っていたが、走る姿を見る限りそうも思えない。


 結果は六人中の三位だった。




 

 体育祭当日の夜、紺野家。


「姉さん、ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?」


「話したいこと? いいけど」


 お風呂に入ったばかりだからか、姉さんからいい匂いがする。


 髪を乾かしていたドライヤーを止めて、私の話を聞いてくれようとする。


「どうしたの?」


 今から聞こうとしていることは、もしかしたら私自身を傷つけてしまうかもしれない。


 だから、本当は怖い。もしそうだったら、ショックを受けるし、私と姉さんの間に隔たりができてしまうだろうから。


 でも、確かめたい。


 姉さんと湊くんの間に何があったのかを。


「姉さん…………湊くんと、何かあった?」


「湊くんと? ん~、特にないけど」


 本当に何も知らない風に、濡れた髪を手で梳かしながら答える。


 思ってた通りだ。やっぱり姉さんは何か隠してる。


「うそ」


 だって、姉さんは嘘をつくとき必ずと言っていいほど、髪の毛をいじる癖があるから。


「まってまって、急にどうしたの?」


「……………姉さんと湊くん、お互いよそよそしい感じがするから」


 妙に二人とも距離を置いているというか、二人の間に見えない壁があるような気がする。


「そう? 別に何も変わらないよ?」


 姉さんがどれだけ誤魔化したところで、すでに確信は持てた。


 だから、早く言ってほしい…………だって、


「…………姉妹の間で秘密事はなしだよ……」


 それは昔、姉さんが私に言ってくれたことだ。


 大粒の涙を流しながら、震えながら私に言ってくれた……………それが、当時の私にとって、どれほど大きなことだったか、どれほど救われたか

………………。


 だからこそ、私を気遣ってくれているとはいえ、秘密にしてほしくなかった。


「………………」


「………………」


 さっきまでの様子とは違い、真剣な眼差しで私を見る。


「…………そうだったね……………ごめん」


 諦めがついたような、何かを決心したような、そんな顔で申し訳なさそうに謝る。


「でも隠してたのは、私なりに色々考えてのことだから、そこは分かってほしい」


「……………うん」


「……………私ね」


「…………………」


 こんな表情の姉さん、初めて見た。


 色んな感情が混ざりあった複雑な顔。


「私……………湊くんに…………」


『湊くんに』その言葉を聞いただけで、胸が苦しい。


 嫌だ…………聞きたくない………そんなこと

……………だけど、逃げちゃ駄目だ。


 どんな辛い現実からも逃げないって、あの日決めたから。


「私…………告白、されたの…………」


「……………」


 分かっていても、覚悟していても、その言葉は私の心の奥底まで届いて、きつく締め付けた。


「………返事は、どう、したの?」


 鉛のような重みに耐えながら、なんとか声を絞り出す。


「………返事はまだ、いらないって………もう一度告白したときに下さいって…………」


「…………そう、なんだ」


 そのことは予想外だったけど、すぐに納得した。


 湊くんは、伝えられるときに伝えておきたいと思ったのだろう…………姉さんとの間に距離ができてしまうことを分かった上で。


 それほど……姉さんのことがすきなんだ……。


「……………今まで隠してて、本当にごめん」


 違う………姉さんは謝らなくていい…………

だって………全部私が悪いんだから。


 湊くんが苦しい思いをし続けてきたこと。


 その結果たくさん悩んだこと。


 姉さんを心配させていること。


 私のことを気遣うせいで自分の気持ちを抑えていること。


 全部………全部、私が悪いんだ。


 だから…………


「………まだ、隠してるでしょ………姉さん」


 せめて、姉さんの気持ちを、なかったことにはしたくない。


「え? ………」


 今度はさっきみたいに笑って誤魔化さず、本当に訳が分からないといった顔をする。


 ごめんね…………本当に、ごめんね………。


「姉さん………本当は………湊くんのこと、好きなんでしょ?」


 生まれたときから一緒にいる人の気持ちくらい、私だって分かる。それこそ、本人よりも理解していると思えるくらいに。


「………そんなこと……………」


 もう、我慢しなくていいから。


「そんなこと、ないよ…………」


「…………だから、無理しないでよ、姉さん

…………」


 私のことは、気にしなくていいから。


「無理なんて、してないよ…………本当に、私は湊くんのことなんて………好きじゃない……」

 

 それはまるで、自分に言い聞かせているようだった。


「私は…………」


 どうしても自分の気持ちを認めないのなら、もう、手段は限られてる。


「私は………湊くんのこと………好きだよ…」


「……………」

 

「私が奪っちゃってもいいの? …………………それでも、悔しくないの?」


 ここまで言えば、少しは自分の本当の気持ちに気付いてくれるはずだ。


 そう、思っていたのに、姉さんは…………


「うん………私は…………星蘿が幸せになれるなら、それでいいから」


「っ…………」


「本当だよ? 星蘿が笑っていてくれたら私はそれで」


「姉さんっ!」


 私が悪い………私が悪いけど…………姉さんのその顔を見てると、どうしても昔のことを思い出してしまう。


「もう、いいから…………自分の気持ちに、素直になってよ………お願い…………お願いだから

………」


 姉さんがそんなんじゃ、幸せになんてなれないよ………。


「…………でもっ」


「私は! ………姉さんの気持ちを差し置いてまで、湊君に好かれたいとは思わない………」


 そんなのは、絶対に嫌だ。


「星蘿……………」


「………ごめん、少し大声出し過ぎちゃった

………今日はもう寝るね」


 また………逃げた。


 これ以上姉さんの顔を見ていたら、負の感情に押し潰されてしまうから………逃げた………。


 また、姉さんを悲しませた。


 何も変わってない…………あの時と。


 ………現実から逃げたくて、死のうとしたあの時と。





 

 



 

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