第8話 どれだけ努力しても報われないことってあるよね

 召集場所に着いた後は、体育委員の指示に従って並んだ。


 …………やばい、緊張してきた。周りはみんな速そうに見えるし………運動部でもないのにこんな人たちと競争とか……最下位になったらどうしよう………。


 いや、大丈夫だ。この一ヶ月間、毎日走り続けてきたんだから。自分でも少しは速くなったという自覚がある。きっと大丈夫。


 ネガティブ思考になりつつあったので、無理矢理自分を鼓舞する。


 そうこうしている間に順番がきてしまった。


 運動場に出て、スタート位置に立つ。


 最初の数十秒だけでもいいから勝也についていこう。


 そう思い、勝也の姿を探して見つけると、勝也もこちらを見ていた。


 口パクで『頑張れよ』と言っているのが分かり、頷く。


 よーいの声とともに、左足を出して、少し前屈みになる。


 数秒ほど、緊迫した沈黙が訪れる。


 バンッ!


 スターターピストルの音が鳴り響き、大きく右足を前に踏み出した。



 ◇◇◇◇◇◇




「いや~、すごい走りだったなあ~」


 競技が終わり、喉の乾きをすぐにでも満たしたくて、むさぼるように水を飲む。走り終わって時間は経っているが、いまだに汗が止まらない。


「それ絶対馬鹿にしてるだろ」


 蛇口の水を止めて、タオルで汗をふく。


「いやいや、本当にかっこよかったぞ」


 爽やかな笑顔で俺を称賛する勝也。


 そう言ってくれるのは嬉しいが、実際の俺の順位は最下位…………かっこいいとは到底言えない。


 さらにこのひどい結果に追い討ちをかけるように、俺は途中で転んでしまった………先輩たちがいる応援席の目の前で。


 転んだ俺を見て、先輩も星蘿も声援を送ってくれたが、すごく恥ずかしかったし、相当ダサかっただろう。


「…………はぁ」


「まあまあそんな落ち込むなって。転んでなかったら最下位ではなかっただろうし」


「………ありがとな。慰めてくれて」


 勝也の言葉に元気をもらい、二人で応援席へ戻る。


「お~い」


 後ろから聞き覚えのある声がしたので、振り返る。

 

 少し離れたところから先輩が手を振っている。隣には星蘿もいて、控えめに手を上げている。


「知り合い?」


「まあ」


 近づいてきた先輩はどこか嬉しそうに見える。


「私たちの声聴こえてた? 『湊くん頑張れー!』って」


「聴こえてましたよ、こっちが恥ずかしくなるくらい大きい声でしたし」


「私の声も……………聴こえてた?」


「うん。寧ろ先輩より大きな声だった気がする」


「そ、そうかな?」


 星蘿も、普段の姿からは想像できないほど応援してくれた。


「すごい嬉しかったです、二人の声が」


 本心を告げると、二人は安心したように瓜二つの笑顔をうかべた。


「やっと笑顔になったね~。二人で心配してたんだよ? 走り終わったあとも浮かない顔してたから」


 そうなのか…………。


 その言葉を聞いて、心が温まるのを感じる。


「足、大丈夫?」


「ああ、ちょっと擦りむいただけだから」


「あっ、みんな集まってる。私たちそろそろ行かないと」


 召集場所を見ると、たくさんの女子が集まりはじめていた。


 ダンスは確か、今やってる女子の長距離走の次の次だったかな。


「ダンス、二人とも頑張ってください」


「めちゃくちゃ上達したから、ちゃんと見ててね」


 この様子だと相当自信があるのだろう。


 二人を見送って、ダンスが始まるまで勝也と他愛もない話をした。


 ダンスは、今流行りの韓国アイドルグループの曲を踊っていた。かなり難しそうに見えたが、先輩は本当に苦手なのかと思うほど上手に踊れていた。


 その姿を見ていたら、自分が転んだことなどすぐに忘れてしまっていた。


 午前最後の種目である全学年女子のダンスが終わり、今は勝也と昼飯を食べている。


 勝也は他の友達からも誘われていたが、わざわざそれを断っていた。他に友達がいない俺のことを気遣ったのか、それとも単に俺と食べたかったのかは分からない。


「湊、お前さっきの先輩のこと好きだろ」


 飯を食べはじめて早速そんなことを言ってきたので思わず箸がとまる。


「な、なんだよ急に」


「だってあの先輩と話してる時、なんか顔紅かったし」


 そんなに分かりやすかったのか……………どうしよう、この際だから正直に全部話して相談相手になってもらおうか。勝也に恋愛経験があるのかは知らないが、俺よりは乙女心というものを分かってそうだし。


「で、どうなの? 好きなの?」


「…………まあ」


「マジで?!」


「ああ………というか、実はもう告白してる」


 勝也なら噂することもないだろうと信じ、思いきって言ってみる。


「はっ?! マジで?」


「…………まじ」


「返事は?」


「返事はもらってないけど、多分駄目」


「でもその割にはさっき仲良さそうに話してたよな?」


 まあ確かに、勝也がそう疑問に思うのも不思議ではない。


 告白したのに付き合っていない男女が普通に会話してたら違和感あるよな。気まずくなって話せなくなるっていうパターンがほとんどだろうし

………そう考えるとこれまで通りの態度でいてくれる先輩には感謝だ。


「返事はもらってないというか、俺がまだ返事はしないでくださいって言ったんだ」


「じゃあ何で告ったんだよ?」


「まあ、それは俺も色々と考えてだな。今しかないと思ったんだよ」


 思い返してみても、よくあの時告白する勇気があったなと、自分でも感心する。


「それならいつ返事をもらうんだ?」


「もう一回告白したとき」


「もう一回…………先輩を振り向かせる秘策とかあんの?」


「…………特にないけど」


「ないのかよ」


 なにせあの時は後先考えてなかったからな。


「なんかいい方法ないかな?」


 あれからずっと考えているが、自問自答するばかりで、何も実行に移せていない。


「ん~、そうだなぁ………無難にデートに誘うとかはどうだ?」


 でーと……デート……………デート?!


「デート?!」


「うわっ、なんだよ急に大声出して」


 すぐにでも思いつきそうなものだったが、言われてみてはじめて考えた。


 確かに、デートなら一気に距離を縮めることができそうだが、でも………………


「でででで、デートなんて………誘っても断られそうだし」


「そうかあ? 割りといけるかもだぞ」


「…………なんで?」


 思いがけないことを言うので、恐る恐る理由を聞いてみる。


「だって、好きでもない男子に告白されたらさ、普通は避けるじゃん? でもあの先輩は湊と楽しそうに話してたし。ちょっとは気があるかもしれないじゃん?」


「そ、そうかな?」


 それが本当だったら嬉しいが、実際のところは分からない。


「それにさ、できるだけ早くアタックしたほうがいいと思うぞ。先輩が湊のことを気になってるにしろ、なってないにしろ、待たせ過ぎると困るだろうからな」


「う~ん…………確かに」


 告白をしてしまったのだから、早く行動するに越したことはない…………でも断られた時が怖いしなぁ…………。


 


         


 

 



 

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