第6話 蘭花の気持ち

 今はこうして再会して当たり前のように話せているけど…………あの時、俺が……………俺の目の前に、先輩は二度と現れなかったのだから。


 そのことを改めて考えた瞬間には、口が動いていた。


「先輩」


 俺の口調が突然真面目になったからか、先輩はキョトンとしている。


 返事は分かりきっている。だけどもう、なにもしないで後悔をすることだけは、したくない。


 目を閉じて、深呼吸をする。


 覚悟が決まり、先輩の目をしっかり見つめる。


「俺、先輩のことが好きです」


 沈黙が流れる。


 この言葉を、先輩がどう受け止めているのか、その表情から読みとることはできない。


「返事はまだ、言わないでください。突然こんなことを言ってしまってすみません。でも、嘘じゃないです」


 これは、先輩に振られるという現実から逃げているだけなのかもしれない。先輩を動揺させているだけなのも分かっている。だけど、まだ決めないでほしい。


「俺は、先輩のことが好きです…………また改めてこの気持ちを伝えるときに、返事はください」


 頭を下げて、その場を去る。


 このことがきっかけで、先輩は俺のことを避けるかもしれないけど、必ず、振り向かせてみせる。


 先輩は終始無言だったけど、途中から少し驚いてるようだったな。


 鳴り止まない心臓を手のひらで感じながら、いつもの帰り道を歩いた。





『俺、先輩のことが好きです』


 …………すき…………好き……………私が

…………? …………えっ、ええっ?! す、好きって………異性としてってこと? ちょっと待って急すぎない? 湊くん今も何か言ってるけど全然頭に入ってこない…………。


 聞き間違い…………なわけないか。はっきりと聴こえたし。


 ど、どうしよう…………星蘿……………星蘿に、伝えた方がいいのかな………星蘿の気持ちを知ってるから言わない方がいい…………のかな?繊細だから傷つくかもしれないし………いやでも、隠し続けるのも辛いし……………あー! 

どうしよう?!


 はっ! と、とにかく断らないと…………


「って、あれ?」


 あれこれ一人で悶々としていたらいつの間にか湊くんがいなくなってる。


 え? 返事いらないの? もしかして言うだけ言って帰った? だとしたら何で告白したの?


 パニックになりすぎて全然整理できない!


 というか、これからどう接すればいいの? いつも通りとか無理だし、かといって変によそよそしくするのも嫌だし……………


「どうしよう…………」


 その時、下校時間15分前を告げるチャイムが鳴り、自分がまだ体操服を着ていることに気付いた。


 大急ぎで更衣室まで走り、制服に着替えて学校を出る。


 とりあえず、家に着いたら告白の後に何を言っていたのかをメールで聞こう。


 家に辿り着き、すぐに自室に入ってスマホを手に取る。


『さっきのことなんだけど』


『動揺しちゃって最後のほう聴こえてなくて』


『もう一回言ってくれない?』


 勢いで聞いてしまったが、もしかして言いづらいことだったりするかな?


 スマホ画面をじっと見つめていると、しばらくして返信がきた。


『まじですか………』


『また改めて気持ちを伝えるので、返事はその時にください』


『わがままを言っているのは自分でも分かっていますが、お願いします』


「…………じゃあなんで告白したの………?」


 今は返事はいらないってことは、これから振り向かせるってこと? ……………意外と積極的

…………


「姉さん」


 ノックの音とともに、星蘿が私を呼ぶ。


「せ、星蘿」


 思わず手にもっていたスマホを後ろに隠す。


「夕飯できてるよ」


「あ、はーい。すぐ行く~」


 ざわつく胸を手で抑えながら部屋を出る。


 一旦冷静に考えてみよう。


 もし私が湊くんに告白されたことを星蘿に言ったらどうなるのか。


① 星蘿が落ち込む。

② 星蘿が湊くんのことを諦めてしまうかもしれない。

③ 私たち姉妹が気まずくなる。


 これらのことを考えると、やはり言うべきではない気がする。


 星蘿には落ち込んでほしくないし、せっかくの初恋なんだから諦めないでほしいし、いつまでも仲良くしたいし…………やっぱり言わないでおこう。


 とにかく、湊くんが私じゃなくて星蘿に心移りしてくれるのが一番丸く収まる。


 …………そう、思っているんだけど、さっきから胸のざわめきがおさまらない………


「…………そんなわけない」


 これはただ、異性から告白されるという経験が初めてだったから動揺してるだけ。


 明日にでもなれば少しは落ち着いてるはず。


 とにかく今は、星蘿と湊くんをくっつかせることだけを考えよう。


 ◇◇◇◇◇◇


 体育祭当日。


「赤っ恥かかないように頑張れよ」


「おう……………」


「むっちゃ緊張してんじゃん」


「うっせぇ」


 ついに、ついに俺にも、友達ができました

…………俺だってやれば出来るんです!


 いやまあ、そんなに大袈裟なことでもないんだけど。


 今俺が話している高田勝也とは、俺が放課後にランニングをしている時に出会った。いや、同じクラスだから出会って一ヶ月以上は経ってるんだけど。


 急に後ろから声をかけられたときは驚いた。


 失礼な話だが、俺は勝也を見ても誰なのか全く分からなかった。勝也は俺が同じクラスだと知っていて声をかけてくれたのに。


 勝也は陸上部で、その日は部活がなかったから自主練をしていたらしい。


 そんなことがあって、学校でも少しずつ話すようになって、今では友達と呼べる関係になった。


「一ヶ月間頑張ってきたんだろ?」


 その口調から、俺を元気づけようとしてくれているのが分かる。


「……まあ」


「なら大丈夫だって。最下位になることはないと思うぞ、多分」


「それ全然励ましになってないぞ」


「湊が諦めそうになってたら後ろから背中叩いてやるよ」


「俺と一周差以上つける前提じゃん」


「はははっ! まあ何にせよ頑張るしかないってことだ」


 お気楽そうに笑う勝也を見て、少し緊張が和らいだ。


 勝也は長距離が得意らしいので、当然1500m走に出場する。


「よしっ、絶対勝也のペースについていく!」


 自分を鼓舞するように無茶な宣言をする。


「お~、頑張れ頑張れ~」


「できないって思ってるだろ!」


「でも大事だぞ、そういうの。俺も自分より速い人にくっついて走ってたらタイム上がったことあるし」


「まじか」


 口だけで実際にするつもりはなかったが、最初の十秒くらいはついていこうと決意する。


 まあ、1500m走を頑張る理由は恥をかきたくないというよりも、先輩にカッコ悪いところを見せたくないというのが本当だ。


 先輩に失望されるような結果だけは残さないように頑張ろう。


 固く決意をして、運動場へと向かった。

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