第5話 やっぱり伝えたい
俺が体育祭の1500m走という超鬼畜種目に出ることになった経緯から説明しよう。
俺と星蘿が小っ恥ずかしい会話を繰り広げるなか、教室内では1500m走に出場する人数が足りないという話がされていた。
そこで誰かを出場させなくてはならないのたが、ここで一つ問題がありまして。
個人競技に出場する際の決まりというものが二つある。一つは参加できる種目は一人につき二つまで。もう一つは、200m走と1500m走は掛け持ちできないというもの(なんだそのルール)。
つまり、掛け持ちをするなら、100m走と200m走か、100m走と1500m走に絞られる。
この時点で、200m走に出場するのが決定している人は地獄から抜け出せている。
残るは100m走で掛け持ちをしていない人
……………その数はかなり少なく、俺を含めてたったの四人しかいない。
普通ならばここでじゃんけんをしたり話し合ったりするのだが、あろうことか俺以外の三人は自分から『足怪我してま~す』『運動苦手で~す』『代表リレーに出ま~す』という見事に三者三様の言い逃れをしたのだ。
運動は俺も苦手だし代表に選ばれるくらい速いなら走れや!
そんなこんなで、
「じゃあ久遠くん、1500走にも出てくれる?」
と、学級委員に言われてしまった。
周囲の視線が俺に集まるなか、断るなど出来るはずもなく俺は…………
「あ、はい。分かりました」
などと言ってしまった………ま、まじでどうしよう。走るの苦手なのに長距離走なんかに出ちゃったら赤っ恥かくに決まってるのに。きっと最後には俺だけグラウンドを走って全校生徒から哀れみの目を向けられるんだ………。
正直、冗談抜きで焦っている。
だが幸いなことに、体育祭までは約一ヶ月間が残されてある。毎日走り続ければ少しは速くなるだろう。
とにかく頑張るしかない。
そういうわけで現在五月の中旬に差し掛かった頃。
放課後になり、とっとと家に帰って走ろうと思いながら教室を出る。
しかし、校舎を出て少し歩いた先の水飲み場で先輩の姿を見つけた。
話すチャンスだと思い、駆け寄る。
「先輩」
先輩は蛇口を捻り、後ろに振り返る。
放課後なのにまだ体操服を着ていて、顔にはうっすらと汗が滲んでいる。
「湊くん、今帰り?」
「はい。先輩は何してるんですか?」
「私は、ちょっとダンスの練習を」
なんか、少し元気ない…………?
いつもより大人しいし、不安そうな顔をしている…………気がする。なんとなくだけど。
「女子は全員踊るんでしたよね」
「うん、そうなんだよ………」
やっぱり明らかに元気ないな。この流れからして理由は分かるけど。
「なんか、元気ないですよね、先輩」
「え?」
率直に聴くと、口をポカンと開け、固まる。
あれ? 気のせいだったかな?
「すごい、よく分かったね。いつも通り話してたはずなんだけど」
いや、かなり分かりやすかったですよ?
「ダンスがね~、私全然踊れないんだよ~」
なんか意外だな。なんでも出来る完璧超人だと思ってたけど苦手なこともあるのか。
俺がいると自主練出来ないよな。残念だけど今日はもう帰るか。
「邪魔しちゃ悪いので帰りますね。頑張ってください!」
「え? もう帰っちゃうの?」
心なしか残念そうに聴こえる。
「はい。俺がいると自主練出来ないなと思ったので」
本当はこのチャンスに先輩との距離を縮めたいが、よく考えたら俺も走らないとだし。
「湊くんがいいならだけどさ、話し相手になってくれない? ちょっと疲れてきたし」
少し気持ちが沈んでいたが、先輩のその一言で一気にテンションが上がる。我ながら分かりやすい。
「俺でいいなら、是非」
露骨に嬉しそうにすると引かれるかもしれないので、表面上は平静を装う。
運動部の掛け声が聴こえる響くグラウンドで、日陰になっているベンチに座る。
「話って何ですか?」
というかよく考えたら二人っきりで話すの滅茶苦茶久しぶりだ。そう思うと無駄に緊張してしまう。
「ん~、特に話すことはないよ?」
「え?」
じゃあ何で俺をひき止めたのだろうか。
「ただ何でもいいから湊くんと話したかっただけだよ?」
こちらを向いて悪戯っぽく笑う先輩。
「ちょっとドキッとした?」
「し、してないです」
「ホントかなぁ~?」
実際はこの状況というだけで心臓が破裂しそうなんですけど。
「はははっ! ごめんごめん、私に付き合ってくれてるのにいじめちゃダメだよね」
寧ろもっといじめてほ…………ゴホンッ! 今俺のなかに眠るMの才能が片鱗を見せた気がするが気にしないことにする。
「そうだなぁ~、お詫びとして私のスリーサイズでも教えようか?」
「早速いじめてるじゃないですか!」
「はははっ! 湊くんスリーサイズくらいで動揺しすぎたよ~」
いやいや、健全な男子高校生なら好きな人から『スリーサイズ教えてあげるよ』何て言われたら色々ヤバイですよ。
さっきまでの元気のなさはどうしたのか、いつも通りの先輩に戻っている。
「湊くんが知りたいならホントに教えるよ?
どう? 知りたい?」
顔を近づけて妖艶な笑みを浮かべる。
……………正直、知りたい。
知りたいけど、やはりここは自分の気持ちを抑えるべきだろう、男として。
「い、いえ、遠慮しときます」
「そっかぁ~、せっかくのチャンスなのに」
わざとらしく残念そうな表情になり、俺から顔を遠ざける。
「そうだなぁ~、じゃあ質問のしあいっこでもしようよ!」
「質問のしあいっこ、ですか?」
「そう! お互いに一つずつ質問していくだけ! ただし、私は湊くんのことに関する質問しかしないから、湊くんも私のことに関する質問しかしちゃダメ」
先輩は多分、俺と星蘿が会ったことがあるかについて聞かれたくないのだろう。それについてはこの前のこともあり諦めているから別に構わないのだが。
「どう? やる?」
これは先輩のことを知れるいい機会だ。当然するに決まってる。
「楽しそうなのでやります!」
「やった! それじゃあ、湊くんからでいいよ」
ん~、何を聞こうか。
一瞬、脳裏にさっきのことが甦ったが、すぐにかき消す。
「それじゃあ…………先輩が黄梅学園に進学しようと思った理由でお願いします」
「え? そんなんでいいの? 聴いて面白い話じゃないよ?」
「はい、俺は知りたいので」
どんな些細なことでもよかったのだが、咄嗟に思いついたのがこれだっただけ。
「えーっとね、まず家から近かったからで、私の学力でもギリギリ合格できそうだったからかな
………やっぱりつまんなくない?」
「いえ、そんなことはないです」
「遠慮しなくていいんだよ、恋愛のこととかのほうが答える私としても楽しいし」
「恋愛…………」
確かにその話題については色々気になることがある。
「それなら次からはその手の質問していいですか?」
「もちろん! じゃあ次、私ね!」
先輩の表情がニヤつきはじめる。
すごい嫌な予感がするんだけど。
「湊くんが私と再開したとき、どう思った?」
「再開したとき、ですか?」
「具体的には再開して嬉しかったか、ドキッとしたか、可愛いと思ったのか、この三つについて答えてもらいます!」
「いきなりルール破っちゃってるじゃないですか?!」
「いやいや、この三つは"どう思ったか"だから一つの質問だよ?」
「え~」
ものすごい屁理屈だな。こんなところも可愛いと言えなくはないが。
「はい、じゃあまずは嬉しかった? 私とまた会えて」
俺に反論させる隙を与えまいと勢いで畳み掛けてくる。こうなったらさっさと答えてしまおう。
「…………嬉しかったです」
「ほほう! それで、ドキッとした?」
「…………しました」
「ほほほう! 最後、可愛いと思った?」
「……………………思いました」
「キャー! 照れちゃうよ~!」
両手を頬に当てて体をブンブンと振る先輩。照れているというよりかは俺を弄んで楽しんでいるようにしか見えない。
その後の質問で得られた情報は、先輩は男性と付き合ったことがない、異性の好きなタイプは男らしい人、今現在好きな人はいない、というものだった。
『湊くんの好きな女性のタイプ』という先輩からの質問が終わり、日も暮れてきたのでそろそろ帰ることにした。
「先輩のダンス、楽しみにしてますね」
「本番までには絶対上手になるから!」
ガッツポーズをしながら意気揚々と宣言する。
「ありがとね、私のわがままに付き合ってくれて」
ベンチから立ち上がり、俺の目をしっかりと見てお礼を言う。
夕日を背にして眩しい笑顔を向ける先輩を見て、改めて先輩と話しているんだということを痛感した。
これがいつまでも続くとは限らないんだ。
その時、"今伝えておいたほうがいいかもしれない"と、不意に思った。
二人っきりという状況なのもあるが、せっかく再会できたから。
伝えられるときに伝えておかないと、きっとまた後悔する。
今はこうして当たり前のように話せているけど…………あの時、俺が先輩を引き留めなかったら……………俺の目の前に、先輩は二度と現れなかったのだから。
先輩と再会してからまだ日は浅いから驚かれるだろうけど、どうしても言いたい…………………この気持ち。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます