第4話 呼び方
「それではこの中から最低でも一つ、出場する種目を選んでください」
学級委員二人が前に立ち、体育祭の出場種目を決めている。
現在四月の下旬。体育祭の開催は丁度一ヶ月後なので、まだあまりそういう気分になれない男子がここに一人。
元々運動が得意ではないということもあるが、それよりもこういうイベントが好きではないのだ。
「久遠君」
そんな感じで神妙な面持ちをしていたところで紺野さんに話しかけられる。
「久遠くんは何に出るの?」
男子は100m走、200m走、1500m走がある。
「100m走にしようかな」
もちろん一番楽なものを選ぶ。1500m走なんて足が遅い人間からすれば地獄のようなものだ。
「紺野さんはどれに出るんですか?」
女子も同じようなラインナップで、1500m走が1000mに変わっているだけだ。
「私も100m走かなぁ」
黒板を見ながらあまり乗り気ではなさそうに答える。
入学式の日から少しずつ話すようになって、今では割りと自然に話せているのではないだろうか。
「運動とか苦手なんですか?」
会話を続けさせようと思い、今度は俺から質問する。
「うん。体育の時ぐらいかなぁ、運動するのは」
「へぇ~、そうなんですね」
「………………」
「………………」
だ、だめだっ! やっぱり会話が続かない!
昔はもう少しコミュ力があったのに…………いつからこんな不治の病を患ってしまったんだ。
「それでは、自分が出たい種目に手を上げてください」
ナイスタイミング! ありがとう委員長!
100m走は人数制限がなく、人数が溢れたり足りなかったりすることはないので、あっさりと決まった。
200m走と長距離は決定に少し時間がかかるので100m走に出る人は暇になる……………ということはまた沈黙が続く…………。
別に話さないといけないわけではないが、なんとなく気まずい。
「あ、あのさ、久遠くん…………」
寝るふりでもしようかと思っていた時、紺野さんが緊張した様子でもじもじしながら話しかけてきた。
「な、何ですか?」
そしてつられる俺。
しばらくの沈黙が流れる。
「その…………敬語はやめにしない?」
何を言われるのかと思えば、あまりに想定外のことで驚く。
「え? あ、ああ敬語…………」
確かに、俺ずっと敬語で話してたな。
言われて初めて気づいた。
「それと…………」
今度はさっき以上に緊張してそうで、うつむいている。耳まで紅くなってる…………そんな照れるようなことを言うのか?
いちいち動きが可愛いから余計に緊張する。
「紺野さんって………呼ばないで」
顔を少しだけ上げて、上目遣いで見つめてくる。
紺野さんって呼ばないで………………どういうことだ………………はっ! ま、まさか………俺に名前で呼ばれたくないってこと?! 俺ってそんなに嫌われてたの?
軽く、というかかなりショックを受けたが、とりあえず何か言わなければ。
「………なんかごめん…………俺、紺野さんの気持ちも知らずに」
「えっ?」
「まさか紺野さんがそんなに俺のこと」
「ちょっ、ちょっと待って私そんなんじゃ」
「嫌ってたなんて知らなかった」
「え……………」
「…………ん?」
あれ? なんか紺野さんの表情から紅みが消えていくな。
「ま・ぎ・ら・わ・し・い!」
?? 真顔になったと思ったら急にプンスカし始めたんだけど。どういうこと?
「そういうことじゃなくて! …………その、姉さんも紺野さんでしょ?」
「…………えっと、つまり?」
まだいまいち紺野さんの言いたいことがわからない。
「だから! 姉さんと一緒にいるとき紺野さんって呼ばれるとなんか変な感じするから」
「あ、ああそういうこと………」
下の名前で呼べということか。よかったぁ~、嫌われてたわけじゃなかったのか。
「それに、名字で『さん』付けだと距離かんじるし」
「確かにそうですね」
「……………敬語」
少し頬を膨らませて、早速指摘してくる。
「あ、ごめんなさ………ごめん」
いきなり敬語をやめるのも難しい。
「えっと、じゃあなんて呼べばいいの?」
聴くまでもなく答えは一つに限られているが、できるならそれは避けたい。
「…………星蘿」
ですよねー。しかしここで一つ問題があります。俺は同年代の女子を名前で呼んだことがないのです。
「敬語はやめるから、呼び方についてはまた今度ということにしてくれない?」
我ながら情けないが、名前で呼んだりしたら俺の心臓が耐えられるかわからないのでダメ元でお願いしてみる。
「……………星蘿がいい」
やっぱりか。
紺野さ…………星蘿と出会ってまだ一月しか経っていないが、意外と頑固だということが分かってきた。
「…………私も、湊って呼ぶから」
そういう問題じゃない! というかそうなるとさらに恥ずかしくなるから。
これはもう諦めるしかないか…………。
覚悟を決めて深呼吸する。
「分かったよ……………星蘿」
やっぱり恥ずかしいよこれ! なんか顔まで熱くなってる気がする。
星蘿はというと両手で顔を覆い、足をばたつかせている。
名前呼ぶ度にこんな挙動されたらこっちが困るんだけど。
「ありがとう………み、湊」
わざわざ名前言う必要なくない?! しかもつっかえてるし。というかなんだよこの会話………二人して照れて何してるんだ………。
そんなこんなしているうちに出場種目をかけたじゃんけんやら話し合いやらが終わり、教室内が少し落ち着いた。
横を見ると、星蘿はまだ少し緊張してそうだった。
ふとその様子を見て、思うことがある。
星蘿は、俺に対して、他の人より違った感情を抱いているのではないかと。
異性として好意を寄せているということはないだろうが、仲良くしたいくらいは思ってくれているのかもしれない。そうでなければ今みたいな会話もしないだろうし。
俺だって仲良くはしたいが、難しいものだ。男友達とは違って、どういう話をすればいいのか分からないし、距離感も掴みづらい。
女子と友達になるのって、難しいな。
そんな風に辛気くさく考えていると、
「じゃあ久遠くん、1500走にも出てくれる?」
「…………………え?」
学級委員がとんでもないことを言っていた。
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