第2話 再会と決意

「久しぶり! 元気にしてた?」


 えっ、う、嘘でしょ? 先輩?! 先輩も黄梅学園の生徒なの?!


 ヤバい………あまりにも急すぎて頭が変になりそうだ。


「は、はい、元気、です」


 とりあえず返事をするが、なぜか敬語になってしまった。


「もー、敬語とかよそよそしいからやめてよ~」


 先輩は中学生の時から変わってなさそうだった

……………主に体以外。


 はっ、い、いかんいかん。いきなり何を考えてるんだ俺は! 先輩に失礼だろ。


「湊くん、なんか顔赤いけど大丈夫?」


「へっ、ちょっ、せ、せんぱい?!」


 先輩は覗き込むようにして俺の顔を至近距離で見る。


 くりくりとした丸い瞳が俺の目をまっすぐ見つめる。


 ちっ、ちかい! 近すぎる! これ以上は俺の心臓が……………


「あれ? もしかして照れてる?」


 意地悪な笑みを浮かべながら、俺の心を見透かす。


「て、照れてません!」


「本当に~? すっごい顔赤いよ」


 昔からそうだが、先輩はいちいち俺のことをいじめてくる……………そんな先輩のことが好きな俺って…………もしかしてMなの?


「相変わらず湊くんはかわいいね~。よしよし」


 そう言って先輩は俺の頭を撫でる。


「姉さん」


 と、そんな見ようによっては勘違いされそうなところで、紺野さんが声をかけてくる。


 先輩は俺の頭から手を離し、代わりに紺野さんに手を振る。


星蘿せいらっ!」


 名前を呼び、先輩は全力で紺野さんに抱きつく。


 そんな微笑ましくも衝撃的な行動に、俺は呆然とする。


「ちょっ、やめてよ姉さん」


「え~、いいじゃん。もう半日も会ってないんだし」


「"もう"じゃなくて、"たったの"半日でしょ?」


「冷たいなあ、星蘿は。お姉ちゃんのこと好きじゃないの?」


「……………好き、だけど」


 好きなんだ?! というか何この会話? 学校でするもんじゃないでしょ。


「そっかあ~、星蘿とみなとくん、一緒のクラスなんだ~」


 先輩は意味深な感じで紺野さんに言う。


「な、何よ」


「別に~。ただ私に教えてくれてもよかったのにって思っただけだよ?」


「ね、姉さんが久遠くんと知り合いだなんて知らなかったから教えるも何もないでしょ」


「え?」


 紺野さん、入学式の日に俺のこと先輩から聞いてたって言ってたような……………。


「あっ…………え、えっと、姉さんもうこんな時間だよ! 早く行かないと」


 紺野さんは一瞬だけ俺に気まずそうな表情を見せた後、慌てた様子でこの場を去ろうとする。


 怪しすぎる………絶対俺に何か隠してるよな。


「あ、ホントだ。もう五時じゃん」


 そして簡単に紺野さんの話に乗る先輩。


 面倒なので俺もさっきの紺野さんの失言は気にしないことにした。


「何か用事でもあるんですか?」


 姉妹揃っての用事というのも中々珍しい気がする。


「これから星蘿と映画を観に行くの!」


 満面の笑みで先輩は答える。


「な、仲が良いんですね」


 高校生の姉妹が一緒に映画を見るなんてあまりないのではなかろうか。


「やっぱり仲良く見える? ほら~、星蘿。私達仲良く見えるんだって!」


「あー、はいはい。もう行くよ」


 微笑む先輩に対して、紺野さんは真顔で適当に返事をする。


「じゃあね~、湊くん」


 紺野さんに腕を引っ張られながら教室を出ていってしまった。


 先輩達がいなくなった後、なんだか急に体の力が抜けた。


 すごくあっさりとした再会だったけど、俺にとっては衝撃的で、その分嬉しかった。もう二度と会えることはないと思ってたから。


 だけど、やっぱり先輩は、俺のことを男として見ていない。


 多分、一つ年下の男子友達という感じなのだろう。昔から変わっていないという意味では安心したが、ちょっと悔しかったりもする。


 だからこそ、先輩を振り向かせたいと、強く思った。


 また、急にいなくなってしまうかもしれないから。

  

 必ずこの気持ちを伝える。何もしないで後悔するのは、もう嫌だから。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 紺野姉妹の家にて。


「姉さん」


 閉めきられた場所だから、声がよく響く。


 こうして私が姉さんと一緒にお風呂に入っているのは、話したいことがあるからだ。


「ん~?」


 体を洗う手をとめて、ゆっくりと深呼吸をする。


「久遠くんのこと………好きなの?」


 姉さんが湯船に浸かったまま、こちらを振り向くのが横目に見えた。


「どうしたの? 突然」


「……………別に。ちょっと気になっただけ」


「ふ~ん。それが話したいこと?」


「………そう、だけど」


 姉さんは少し考える仕草をしてから、「そうだねぇ」と気のない感じで喋りだした。


「恩は感じてるよ。星蘿をんだし………でも、異性としては好きじゃないかなぁ」


 その言葉を聞いて、少し安心する。


「そういう星蘿は好きなの? 湊くんのこと」


「………………」


「好きなんだ~」


「べ、別に、そんなこと言ってない」


「え~、でも見るからに照れてるよ?」


 そう言われて、誤魔化すように体をごしごしと洗う。


「はははっ、分かりやすいなぁ、星蘿は」


 姉さんは突然湯船から立ち上がり、私の後ろに座る。


「ちょっ、な、何するの姉さん?!」


 姉さんは私の体をくすぐって、楽しそうに笑う。


「いやー、ちょっとからかいたくなっちゃって」


「ほ、ホントにやめてって!」


「そんなこと言われても~、こんな可愛いところ見せられたらからかいたくもなるよ~」


 そう言いつつくすぐるのはやめてくれたが、今度は頭を撫でてくる。


「なんか、お姉ちゃん嬉しいよ」


 姉さんは感慨深げに呟いた。


「…………何が?」


「星蘿が好きな人とできて」


 再会………そうは言っても久遠くんは覚えていなかった。いや、覚えてはいるのだろう、あの出来事は。ただ、勘違いをし続けたままなのだ。


「お姉ちゃんは応援するよ。星蘿は絶対湊くんを振り向かせられる。だってこんなにかわいいんだもん!」


「それは姉バカなだけでしょ。私達ほとんど顔一緒だし」


 実際、姉さんと付き合いのある久遠くんも私を姉さんと勘違いしたのだ。


「じゃあ、私たち美少女姉妹だね!」


 そう言ってにこにこと笑う姉さんを見て、私も頬が緩んだ。

 


 

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